7-2.迷宮で待つ竜ディアガルド
前回竜の分身が家に遊びに来てしまいました。迷宮行きの話はリーディアの残念さでなんとかごまかしましたが、結局竜の迷宮に行くことになってしまいます。そして、トルテラの不幸はどんどん加速してしまいます。
俺は温泉に入っていた。浅くてぬるいが、とりあえず湯に浸かれた。
湯に浸かるのは何か月ぶりだろうか……ここには月という単位は無いのだが。
長年の慣れで、相変わらず俺の中では30日が1月という単位になってるのだ。
……………………
ボス部屋には温泉がある。
前にボス部屋に来た時、硫黄っぽい臭いがすると思ったが、そんな感じの温泉があるのだ。
竜の分身の女は、ゲートを通って迷宮と外を行き来できる。
30秒とか1分くらいですぐに着く。この世界のヘボ魔法より、こっちの方がファンタジーっぽい。
流石に竜の分身と言うだけあって、人間とはレベルが違う。
この竜の分身とか言ってるコイツには、”イグニス”という名が付けられた。
ずいぶん長生きしているのに、名前が無かったという。
こいつの言うことはよくわからないが、とにかく竜は竜に名を付けない。
だからコイツには名前が無い。
まあ、ずっと迷宮に籠っているなら、名前なんて必要ないのかもしれない。
コイツも、迷宮から出てきて名前が付いたのだから、きっとそうなのだろう。
人間は何かに名前を付ける時、だいたい何かしら理由があることが多い。
子供が生まれた場合、実際にどんな子に育つかわからないので、その子に合った名前ではなく、こういう子に育って欲しいとか、期待とかで名前を付ける。
なので、名前と本人の印象がかなり違っていたりする。
……俺の住んでいた国では、文字の1つ1つに意味のある表意文字があった。
表意文字を組み合わせて作る名前には、自動で意味が生まれる。
文字自体に意味があるからだ。ここの文字は表音文字なので、勝手に意味が付くことは無いと思うが、まあ、普通は意味のある名前を付ける。
特に既に有るものに名前を付ける場合、その対象の特徴を反映する場合が多いと思う。
もちろん、”イグニス”にも理由がある。
こいつが、どうしても、俺を迷宮に連れて行くというので、リーディアが戦いを挑んだら、こいつがピンチになったとき口から火を噴いたのだ。
”イグニス”と言うのは火を噴く悪魔の名前で、ダルガンイストでもトート森でも、その名前は火を噴く悪魔の意味で通るようだ。
※トート森では、あまり聞かない名前ですが、通じはします
俺の点火は、レーザー光線だし、竜は火を噴くものなのかもしれない。
でも、イグニスに聞いたら「竜が火など噴くか!」と言った。
俺は人間も火なんか噴かねーよと思った。
たぶんイグニスが勝つとは思ったが、火を噴くとは思わなかった。
ちょっと見た目に反する凄い動きをする。人間では無理そうだ。
だが、リーディアはイグニスにとって予想外に強かったようで、火を噴いた。
たぶん、勝てるけど面倒だったのだと思う。
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前に迷宮で会った時、こいつはまた会うと言った。
俺は、再び迷宮に行くと言う意味だと思っていたのだが、俺のところにこいつが来た。
迷宮に誘いに。俺はフラグとか立てたくないから、迷宮を避けているのだ。
「迷宮に何しに行くんだよ」と聞くと、「見ればわかる。そういうものなのじゃ」と答える。
イグニスは、3日経っても帰らないし、ブラブラするだけで何もしないし邪魔だし、夜になるとくっついて寝るなと言って女たちと戦いになるし、心底嫌になった。
迷宮には遊びに行くだけで、帰すというので、仕方がないので行くことにしたのだ。
もちろん皆反対したが。
俺が行く気になったのには理由がある。
まず、何日も居着かれて、コイツまで同居になってしまうとめんどくさいこと。
次に、どうせ俺が何もしなくても、だいたい災難は向こうからやってくる。
それに、何より一番の理由は、コイツは、バレずに嘘をつくことができないから。
うまく嘘をつけないのだ。
だから、いろいろ聞いて、ボロが出なければ、すぐ帰すと言うのは本当なのだ。
コイツは嘘はつけるが、自分が話したことによって、相手がどう思うかは理解できてないので、嘘がすぐバレる。しかも、何故バレたのかわかってない。
人間らしい思考を持ち合わせていないのだ。コイツはやはり普通の人間ではない。
渋々とは言え一応合意の上で迷宮に来たのだが、衝撃的だった。……迷宮に来る方法が。
急に体が浮いて、すごい速さで空を飛ぶ。よくわからないうちに暗くなってボス部屋に居る。
いきなりやられたら、100人中何人かはショック死するだろうと思うレベルだ。
「死ぬかと思ったぞ!」と言うと、コイツは「なんじゃ、お主ほどの者がだらしないのう」と言った、
お前は慣れてるからだろ!!と思った。
「説明してからやれよ、いきなりやられたら死人が出る」
「気にせずとも良い。お主は、まだ死なぬ」
今、”まだ”って言ったぞ。
「おい、”まだ”ってなんだ」
「お主には使命があるじゃろ。今はまだ死ぬ時ではないわ」
俺には何かやることがあるらしい。
「使命ってなんだ?」
「そのようなこと妾が知るか!」
じゃあ、なんで俺に使命があるってわかるんだよ!と突っ込みを入れた。心の中で。
口には出さなかった。だって、こいつ人間の言葉話すけど、話通じねぇから。
ボス部屋は、入り口から覗いて想像してたよりは狭かった。
盾を持っていた死体については知らないようだった。
端の方は天井が低いが、温泉があった。
わずかに硫黄の臭いがあるが、それほど強くない。
こんな閉鎖空間で硫黄臭が充満してたら死んでしまう気がする。
俺が硫黄の臭いだと思っているあの臭いは、硫黄自体の臭いではなく有毒ガスの臭いだったはずだ。
「ここ温泉有るのか」
「おんせん? 湯の池のことか?」
「そうそう」 そう答えつつ納得する。確かに湯の池だ。
指で温度を確認すると、ちょっとぬるいけどせっかくなので入ってみることにした。
「なんじゃいきなり。湯の池が好きなのか?」
「ああ、この世界に来てはじめて見た」と答えつつ、深いところを探しながら入ってみる。
「どれどれ、ならば、妾も入ってみるか」とか言って、服をいきなりスポーーーンと脱いだ。
お前は漫画のキャラか!とか思いつつも見ないように、見ないようになんとか耐えた。
こいつはそういうことやりそうだな……と思っていたので、なんとか対応できた。
俺は、以前こいつの裸の不意打ちを受けて大変困ったことがあった。
イグニスは、別に俺の体に興味は無いようで、うちの女どものようにジロジロ見たりしないのは助かるが、自分の体にも価値は感じて無いようで、俺がいても気にせず裸になる。
ちょっとぬるいし浅いし、石がごろごろしてて座り心地悪いが、この世界に来てはじめて湯に浸かったので、なんかすごく感動した。
「おお、温泉あると良いな」
「そうか、そんなに温泉が好きか。どうじゃ? ここに住むというのは。美しい妻もおるぞ」
美しい妻というのは、竜の方なのだろう。
イグニスは温泉には興味なかったが、感激している俺を見てから、何かというと温泉あるからここに住めと勧誘してくるようになった。
たまに来るならともかく、真っ暗だし、あんまりここでずっと過ごしたいとか思わないんだよな……と思う。
「どうじゃ? 温泉は良いぞ」
散々温泉は良いぞ……とか言うが、その温泉という言葉すら、ついさっき知ったばかりのくせにと思ったが、今度は突然「湯につかると熱いの」とか言って、いきなり上がる。
コイツは何年人間の格好してるか知らないが、人間の習慣とかは知らないらしく、さっさと服着るという習慣がない。温泉から上がっても、そこらを平気で歩き回る。
「裸で歩き回るの、やめてくれないかな?」と言うと、
「妾は困っておらぬ。気にせずとも問題ない。無礼講じゃ」
そうじゃねーよ!そもそもコイツには裸だと俺が困るってこともまったく理解できないらしい。
無礼講じゃねーよ! その言葉どこで覚えたんだよ!!
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俺は、竜と呼ばれる生き物をはじめて見た。こんなに巨大な生き物は見たことが無い。
こんなものが歩き回れるだけで、十分凄い。
俺も、こういうのの仲間なんだろうか? それとも、以前こういう姿だったのだろうか。
俺は前世が竜かもしれないのだ。
「でかいな」と言うと、「どうじゃ、立派であろう。美しいのう、妻に迎えたくなったか?」とイグニスが言った。
イグニスの本体はディアガルドと呼ばれているが、人間がそう呼んでるだけで、竜に名はないのだそうだ。まあ、俺にもグラディオスという竜の名が付いてるし、勝手に人間が名前を付けるらしい。
ディアガルドは、とにかく、でかかった。アフリカゾウとかそんなレベルじゃなくでかい。
でも、毛が生えてて、犬っぽい。話しかけても無視する。
迷宮の竜は喋れるんじゃなかったのかよ!
やることも犬っぽい。何しろでかいので、舐められると喰われるかと思う。普通にでかい犬だ。
イグニスとは普通に話ができてるようだが。
「帰るなら送るが、もう帰るか」と言うので、帰ってきた。
帰りも行きと一緒で、飛ぶのだが、ゲートにズボっと入って次の瞬間には空を飛んでる。
着地点が見えるので、帰りの方が怖い。
「良かった。ちゃんと帰ってきた」
「トルテラー!だいじょうぶか」
心配してくれてたようで、女たちが集まってきた。
アイスが「どこも食われてねーか?」とか言ってじろじろ見た後、「良かった。だいじょうぶだ」とか言っていた。
「髪濡れてるけど、どうしたの?」と聞かれたので、ボス部屋に温泉があったことを話すと、イグニスが「妾と一緒に入ったのじゃ。これでもう夫婦も同然じゃ」とか言いやがった。
エスティアの戦闘力が上がって、リーディアは再びイグニスに勝負を挑んだ(イグニスは火吹くの禁止。火事になるから)。実は、こうなるかな……とは思っていた。
ところが予想外だったのはテーラで、また俺に酷いこと言うのかと思ったら、なんかすごい絶望してた。
確かにイグニスと一緒に温泉入ったけど、こいつ人間じゃないし……と思ったのだが、
「大きいおっぱいが好きなんだ」と言いながらアイスのところに行き、またアイスの肩をバンバン叩いた。
もちろんアイスにも伝染した。
「いや、イグニス人間じゃないし、俺は別に大きいのが好きってわけでも……」と言ってる最中に、
「おお!すごいな、トルテラの大好きな奴だ。揺れまくりだぞ」とリナが言った。
リーディアとイグニスの決闘の話だ。
まあ、確かに揺れまくりではあるが、雄たけびあげて豪快に戦ってる姿は、そっちの魅力とは関係ないと俺は思うのだ。
「へー私たちが心配してたのに、おっぱい大きな女と2人でお風呂入ってたんだ」とエスティアが言う。
今晩はエスティアの謎のお説教コースだ……と考えたら、心のエネルギーが枯渇して、俺はその場でへなっと倒れた。
「あ、倒れた! 揺れるおっぱいが好きなんだ!」
だから、そうじゃねーんだよ……と思いつつも、もう言い訳する気力も残ってなかった。
誰も介抱してくれなかったので、俺はこの世からいなくなってしまいたい気持ちでいっぱいになった。
ただ1つわかったことがある。ここには俺の敵しか居ない。
だいぶ経ってから、リーディアとイグニスの決闘が終わったようで、「お主なかなかやるのう。
さすがトルテラの勇者じゃ」、「お前も思った以上の強さだ」とか言いながらやってきた。
なんか戦って仲良くなってるし、お前らは少年漫画のキャラかよ!と思っていると、
「どうした、トルテラ」とか言いながら、一応介抱してくれるつもりだったようだが、
「こっち向きの方が」
「いやいや、それよりこっちの……いや、こっちか?」とか言いながら、ごろごろ転がされて、なんか、ますますダメな気持ちでいっぱいになって気を失ってしまった。
で、起きたのだが、まだイグニスがいる。
「起きたか。お主はなぜすぐに倒れるのじゃ」とか言ってるが無視して、
「すぐ来れるんだから、帰れよ」と言って、なんとか帰らせた。
なんで迷宮に行く必要があるかは、見ればわかると言われて行ったわけだが、温泉入って帰ってきただけだった。
すげぇ、まるで意味がわからねぇ。
そして、エスティアとリナは仁王様みたいになってるし、テーラとアイスは暗黒面に落ちてる顔してるし、リーディアだけが平常運転で……こいつは元から変だから平常運転でもイマイチ、残りは全員バーサクモードに入っていて、俺は心底嫌になった。
俺はついに限界を感じた。
もう、こんな生活は嫌だ。
トイレに行くふりして脱走した。




