表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/35

『ルイーズ・オディエ』


 ◇

 

 季節はめぐり、桜の舞い散る季節――。


 木々は一斉に芽吹き始め、気の早いものは小さな若葉を広げている。

 庭の薔薇たちも、次々と新芽を伸ばし、庭にささやかな彩りを添えている。薔薇の新芽は、花色を予感させる朱色でそれだけでも可愛らしい。


 早朝の庭先で紅葉(くれは)は新芽の様子に目を細め、生命力溢れるその姿に日々の生活のエネルギーを分けてもらっていた。


 少し伸びた髪を耳にかけ、朝露を載せた新芽をじーっと見つめる。


「薔薇の若芽って、天ぷらにしたら美味しそうよね」


 薔薇たちが(にわか)にざわついた気がした。


 タラの芽に、ウドの若芽。各種山菜も天ぷらにすると美味しい。山野に囲まれた村の直売所では、さっそく色々な山菜が売られている。それなら薔薇の新芽だってイケるような気がする。瑞々しくて柔らかそう。

 菊の花だって、藤の花だって、天ぷらになるのだから。同じような植物の若芽が食べられないわけがない。

 もしかしたら薔薇のような良い香りがするかもしれない。


 思わず手を伸ばしかけた紅葉だったが、そこで我に返る。


「あ、ごめんねルイくん、冗談だよ冗談」


 鉢植えの『ルイ14世』は怯えていた、と思う。物言えぬ薔薇の若木は、主人の乱心に『……!?』と、顔を青ざめさせていたことだろう。


「さて、朝ごはん食べよ」

 バカな事を考えるのも、お腹が空いているせいだろう。

 春はあけぼの、食欲の春。暖かい陽気に体調も良いし、気力も漲ってくる。

 

 今日も一日、日向園芸の正社員として働かねばならない。

 

 新築のお宅用の庭造りも、いよいよ本格的に始動する。冬の間は外構工事のみを行い、庭木や多年草の苗、そして彩りの主役として薔薇を植えることになっている。

 (アオイ)紅葉(くれは)の合作は、果たして施主さんに喜んでもらえるだろうか。


 うんっ……! と、伸びをして朝の空気を思い切り吸い込む。

 水やりと朝の庭の見回りが、紅葉の大切な日課になっていた。


「あ、新聞とりわすれた」


 庭から玄関の方へと回り、家と外を隔てる生け垣に沿って進む。やがて黒い石畳の通路を経て、時代劇に出てきそうな東屋のような棟門へと至る。

 茅葺屋根は季節を重ねて朽ちつつあり、正面から見ればなるほど、お化け屋敷か廃屋のようだ。

 新聞受けから朝刊を抜き取り、家の玄関へ戻ろうと歩き始めたときだった。

 わずかに差し込む朝日が東屋の根元を照らしていた。

「あら……?」

 そこに明らかに生命の輝きを感じ取る。


 何かの若芽だった。

 枯れた植物の根元から、元気よく朱色の若芽が伸びてきていた。


 紅葉(くれは)は思わず近づいて、しゃがみ込んで若芽を観察する。


「あ……これって」


 枯れた枝はトゲに覆われていた。それは見慣れた薔薇のトゲ、つまり薔薇の枝だ。枯れて灰色に朽ちた株の根元、落ち葉の隙間から地表に残った僅か10センチほどだけが生きている部分だった。そこから左右に新芽が生えつつある。


 そして、この場所は、この薔薇は――


「『ルイーズ・オディエ』だよね、すごい! 生きていたんだ……!」


 確かここには去年までルイーズオディエがあった。半つる性のオールドローズとして、棟門の軒下まで伸びる見事な古株だった。ところが紅葉(くれは)が引っ越しのとき、引っ越し業者のトラックの後輪に踏みつけられて 折れてしまったのだ。

 枯れてしまったと思っていた。


 けれど冬を越えて再び芽吹く生命力の強さに、踏みつけられても復活する強さに心打たれる。


 ――ルイーズを殺したのは、お前か。


 玄関先に現れた青年――(アオイ)が発した言葉が脳裏に甦る。

 あの出会いが、この薔薇が、すべての始まりだった。


「ちゃんと……生きてます」


 紅葉(くれは)はこみ上げてくる喜びをぐっと噛み締める。

 立ち上がり、春風に舞う桜の花弁を見上げる。


 そうだ、写真を撮って葵さんに見せてあげよう。

 ルイーズ・オディエの新しい息吹を。


 <了>


★これで物語は一応の区切りとなります。


 ヒキニートな紅葉、隠れ引き篭もりだった葵。

 二人はひょんなことから出会い、心を通わせることができました。

 藤崎のお婆ちゃんの遺した薔薇という、美しいヘリティジ(遺産)を鍵として。


 紅葉と葵、二人の物語はここから始まるのですが――

 それはまた、どこか別の機会に。


 応援して下さった読者の皆々様、本当にありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ