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ことわか  作者: ふらん
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感覚としての優しさ

「あなたはいつも面白い感性を持っているわね。少しセンチメンタルでイノセントでピュアで幻想的な感性を。認知症による周辺症状をヨットや時計のネジに例えて、誰しも記憶の巻き戻しや忘却、消失を繰り返しながら生きているのが当たり前という前提での舞台を用意し、認知症を患ったお年寄りと、そこで生活を共にしている職員を同列の時系列に並べて、そこで感じる事、表現する事、行動する事は同じ環境化ではまったく可笑しくもないし、不思議でもないし、病理学的になんら変わりない普通の人間として捉え、同じ普通の人間としてその感性を共有したいと職員側がある意味歩み寄る構図というのかしら。わたしの言いたい事はわかる?あなたも試験で勉強したようにこれはバイスティックの七原則に基づいているの。個別化、自己決定、受容、非審判的態度、意図的な感情表現、統制された情緒関与、秘密保持。

 あなたは利用者さんの様々な個性、感性、生活観、人生観を其々の利用者さんが積み重ねた過去の苦しみや喜びと共に記憶に蓄積された重石として尊重している。そこで下された利用者さんの判断はその重石として動かざるもの、人生の最終盤を共に過ごす家族的な職員であっても否定できない決定権があると認識する。そして、そのまま受け入れて心の中で制限一杯に受容する。そこには職員自身の生きてきた価値観、人生観、経験、判断基準が横たわっていて、こうした方がいい、ああした方がいいという押し付けがましい価値判断が時として利用者さんに向けられる事がある。

 だけど、制限一杯に、職員自らを自己覚知して、わたしはこういう考えでこういう風に行動し、こんな時はこう言動しがちだけど、利用者さんとの関係では自身自身の価値判断によって利用者さんを批判しないようにすると暗示をかける。暗示をかけ、ギリギリまで受容された空間において、利用者さんが自由に素直に表現される場を創り出す。そして、その環境化で利用者さんの価値判断、行動、感情、表現などを共感を持って理解しようとする。さらに、利用者さんに関する情報は承諾なしに開示できないという秘密保持がついてまわる。

 普段の介護現場ではこうも理路整然とその介護場面を分析してはいられない。咄嗟の判断、呼吸を合わせられずに出てしまう言動、行動、その行いに対する自己反省を繰り返しながら、利用者さんに近づく。

 あなたはネジを巻く。海辺の底にヨットが沈む。幻想的だわ。記憶の狭間で揺れるヨットは脳の海馬かしら?まぁいいわ。そんなことはどうでもいいわ。うふふ。お酒がまわってきたみたい。本当に楽しい。あなたのお話を聞くと胸が熱くなる」


 佐々木さんは雄弁に喋りながら白いバスローブの胸あたりを手で触り、徐々に下の乳房へと自らの手を沈めていく。白いバスローブから波打つような乳房が見え始め、突起した乳首に指が絡まる。愉悦した流し目でぼくを見てゆっくり挑発する。


 言葉遣いに組み込まれてしまった優しさに騙されて、昼間の暑い午後にシャワーを浴びながら言葉ではなく感覚としての優しさが欲しくて乳房に縋りつく。


 滴るシャワーの透明な流れを手で掬いながら、窓から注がれる光の渦と透明な流れが合わさった所がキラキラ光っていて、慈しむような気持ちで触ろうとするけれど、触る瞬間からスルリと溢れ落ちていくばかりでいけない。


 掴めないものに縋り付いていく儚さを哀れなりと嘆きながらも、朽ちていく心模様に一筋の光となるようなら、ぼくらが出来ることは手で掬うことであり、何かを掬うことでぼくらは救われる。


 しかしながら、溢れ落ちる光を前にしてはただ時間ばかりが過ぎていき、その間にも光の流れは手から遠くへ行くばかりで一向に掴めない。


 でも、いいんだ。それでも。


 うん。いいんだ。


 つかの間、身に起こった慈しむ心が何より嬉しいし、ぼくだって暑い午後に淫らな欲望に負けて汗を流そうとしただけで、いい加減な気持ちのみが在るのであって、そこにある優しさには触れられないのは分かってる。


 でもね、優しさという言葉じゃなく感覚として感じてみたいんだよ。


 いつか、きっと。


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