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大秦戯界開拓録  作者: 御食山左近
ある商人の冒険
4/15

夜明けの雑貨商

灰色の空がある。否、石造りの天井か。


軋まぬ体をもぞと動かし起き上がる。


藁束の上に布の切れ端の寄せ集めを敷いたベッドの寝心地は最悪である。


貴族や豪商でもない限り、この世界で綿を詰めた布団で寝られる人間はまだいないだろう。


それでも屋根のある石造りの住宅に住めるようになった分、兵隊として今にも沈みそうな急造のガレー船で寝泊りしているのよりはマシだな。


楽しい海の仲間たちを相手に死闘を繰り広げたのもずいぶん昔の話だ。


ぼうっとした頭に、とんとんとてんと子ウサギの様に軽やかに石階段を駆ける音が響く。



----いい加減に起きるか…。



汚れた木の戸から洩れる朝日が目に染みる。


いまだ慣れぬこの地の潮風が鼻腔を擽り郷愁を感じさせるのはどうしてだろうか?


果たしてこの感覚のどこまでが自分のものなのだろう?



----いかん…眠い。



狭い寝室に居間、食堂と少し気の利いた客間があるだけの小さな部屋がある。


港の方を向いた5階建ての壁の白がまぶしい集合住宅の一室だ。


退役する時に拝領した農地を売り払って手に入れた、狭いながらも愛しの我が家である。


所詮一兵卒の退職金など雀の涙でしかないが、親切な貴族がそれなりの値段で買い取ってくれたのでマンションを買うことができた。


しかもこの集合住宅は自分の軍団で建てた建物なので安心だ。


買うまではローマンコンクリートの集合住宅といえば普通結構な値段だと思っていたが、それはレムルス帝国に限っての話らしい。


現在のセルティア諸国や新帝国では、黎明期に暇な軍団兵がスキル上げの為に無駄に建物を建てたので割とお手頃である。


特に俺の住む要塞都市ルシノーは特に安い。


なんといっても修羅の国と化したニューマイアミ半島から続く街道の要所だからだ。


俺が家を買った植民したての頃は単に辺境だったから安かったのに、新鯖解放後は南西領とヒベルニア諸島は無法地帯と化してしまったのが悪かった。


その煽りを受けて国境であるただでさえ安かった我がルシノーの地価は暴落した。


そのおかげで古くから…といっても初期からいるプレイヤーだけだが、愛郷心が反比例的に強くなりセルティアをニューマイアミの無法者から守っている形になる。


それに加えてセルティア各国から山吹色のお菓子が届いているのは内緒だったりする。


やや落ち着きのないノックの音が響く。



「だんな様。お目覚めですか?」



鈴を転がすような愛らしい声だ。



----おはようアンヌ。いま用意をするからちょっと待っていておくれ。



急いで寂しい限りの箪笥を漁る。


もし勇者なる狼藉者が突然入ってきて我が家の箪笥を調べたとしても、あまりのもの悲しさに何も取っていかないであろう自信はある。

むしろ色々元気になる薬草とか入れてくれそうだ。


…今日はこのズボンにするか。


昔はチュニカ一丁という蛮族スタイルだったが今は違う。ズボンは本当ににすばらしい文化だと思う。


何が楽しくて屈強な男どものパンチラを見なくてはいけないんだ。


たまにはいてないやつもいるが…


五段ガレー船ダメ絶対。



----どうせ見るのならトロサの女侯爵のが見たい。


「あの、だんな様?」


----ああ!なんでもないよ!ところで今日の朝食は何かな?


「はい!今日は大麦の粥と豆の塩漬けです!」


…わぁい家畜のえさだよ?


----先週まで小麦のパンと鰯の塩漬けにチーズだった気がするんだけど?


「どうも今日市場に行きましたら食料品の価格が高騰しておりまして、特に保存のきくものが買えない値段になってました。という訳でおやつのはちみつを買って、ついでにだんな様の為に家畜ギルドでレディーの色香で大麦を豆を譲ってもらった結果こうなったわけです。」


あとで家畜ギルドにお返しにいかねば。


----なんか今日俺の扱い悪くない?


「そんな日もありますよ。ところで今週の新聞です。」


----ありがとう?よし、読み上げてくれ。



しかしなんで主人をテキトーに扱う召使なんて買ってしまったのだろう?


ペリエールの大市だったなぁ…


ルシノー商工会の慰安旅行で久々に行ったけどとんでもない賑わいだった。


セルティア4大自由市は西エウロペー中から品物が集まるから、各地の商人だけでなく俺のような観光客も結構集まる。


セルティア北部の舌の蕩けるように甘い林檎酒や新帝国の芳醇な葡萄酒はもちろん、最高級品の旧帝国の魚醤や旨味がたまらないジュラの岩塩に北方の開拓商人が持ってくる鰊や鱈の塩漬けなどは絶品だ。


鱈の塩漬けは屋台のおっちゃんに焼いてもらったらすごく旨かった。これに米があれば完璧だったな。


米と言えばそうだな…。御用商の友人に聞いた話だと、どうもレムルス北部やマッシリア近郊で発見された米が大市のどこかに並んでいたという。なんか超高級品らしい。お茶碗一杯で家が買えるとか。


このペリエールと言えば海上交通の一大拠点として有名だが、黎明期にセルティア中部を彼の悪名高い死霊王ヴァレリーが略奪の限りを尽くし、ここからレムルス半島に女子供を送ったことで奴隷の集積地としても知られている。


つまるところ奴隷が超安い。


この町の近隣が白亜の家々が並ぶ象牙海岸と名付けられたのとは対照的に、あの町の辺りが奴隷海岸と呼ばれるぐらいではある。


アフリカだよなぁ…


実際中部セルティア諸族の奴隷が驚きの銀貨50枚で買えた。あとなんか偽羽毛布団と高枝切りばさみがついてきた。


いくら12,3歳ぐらいの肋骨の浮いた重労働も出来なさそうな少女だからと言っても安すぎるな。


はっきり言って徒弟が住む部屋の家賃並みである。


そう、安すぎる。


お手伝いさん的な感じで買った俺にはそのあたりがよくわかっていなかったのだ。



「だんな様。今日やたら食料品が高騰していた理由がわかりました。」


----え?はちみつ買った言い訳じゃなかったの?


人魚の群れに輸送船団からの集団ダイブでも起きたのだろうか?


「だんな様は本当にデリカシーの欠片もない方ですね。そんなんだから魚にしかもてないのです。」


この小娘かなり痛いところを抉ってきたな…。


新暦になってからの獣人人口の急激な増加とその原因について勘付いてやがる。


----俺は宗教上の理由で童貞だから問題ないな。神よ日々の小麦に感謝します。


「やはりだんな様は邪教徒だったのですね。ちょっとここで待っていて下さい。買い忘れがあったのでコンビニに行ってきます。」


----待て!神殿に俺が邪教徒だと告発する気だな?!しかし甘いな!パスタ信仰は何年か前に大神殿に加盟したから今は大丈夫だ!


コンビニあんのかよ…


「正直空飛ぶスパゲッティを何が楽しくて信仰しているのかがわからないのですが。」


----知らないのか?あれは大空白時代以前に遡るのだが、とある調理スキルを極めたコックが従軍中に夢で…


「もういいです聞き飽きました。同じように神を信じるならさっきぼやいていたトロサのレイモン卿の真似でもしてはいかがですか?」


ストリップとビールの火山があるのに…


----あの人美人でおっぱいでかいけど確か隠れ聖女信仰なうえに、噂によるとマリウス教団を匿っているって話だし勘弁してほしいな。あと一緒に共同浴場行きたい。


「最低ですね。」


俺もそう思う。


ところで朝ご飯は結局まだなのだろうか?


ふとそう思いながら食堂に戻る彼女から億劫そうに手渡された新聞の一面に目を通すと、美少女に擬人化された都市にからみつくデフォルメされたタコの絵とともにこうあった。



【夏到来!今年もマッシリア陥落!】



ああ、今年はいつもより早いな。というか全く準備をしていなかった。


またアンヌに嫌味を言われてしまう。



----しかしそういうことか、本当に連中も懲りないな。



そうぼやくと俺は食堂へ足を向けることにした。
























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