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EP 6

沈提督の『超限戦』。官邸地下強襲

 東京都千代田区、永田町。

 日本政治の最高中枢である『総理大臣官邸』もまた、EMPの直撃を受け、完全な沈黙と暗闇の中にあった。

 地下数十メートルに位置する『危機管理センター』。

 核攻撃にも耐えうる分厚いコンクリートと鉛の壁に守られたこの場所は、非常用バッテリーの弱々しい赤色灯だけが点滅し、外部との通信は完全に途絶していた。

「……警備隊より報告! 官邸1階から地下へのルートで、複数の侵入者を捕捉! 現在交戦中ですが……な、何だアイツら……ぐぁッ!?」

 有線ケーブルで辛うじて繋がっていた内線電話から、SP(要人警護)の絶叫と、腹に響くような重い銃声が響き、そしてプツリと切れた。

「……お出まし、というわけか」

 与党幹事長・若林幸隆は、机の上に足を投げ出し、シワくちゃの『ピース』に火をつけながら、紫煙を細く吐き出した。

 怯える閣僚や官僚たちの中で、彼一人だけが、自分の死期を悟ったような冷たい眼差しで、危機管理センターの分厚い『防爆扉』を見つめていた。

「若林先生! 避難シェルターへ!」

「無駄だ。電子ロックが死んだ今、ここはただの巨大な『密室(ネズミ捕り)』に過ぎん。……シェンの野郎、大将の首を直接獲りにきたか」

 若林がタバコの灰を落とした瞬間。

 厚さ五十センチの鋼鉄製防爆扉の表面が、突如として『オレンジ色』にドロドロと溶け始めた。

 凄まじい熱量。軍事用のテルミット焼夷剤による溶断だ。

 ——ドガァァァァァァァァァァンッ!!!!

 溶けかけた防爆扉が、外側からの『とてつもない物理的な衝撃』によって、内側へ向けて蝶番ちょうつがいごと吹き飛ばされた。

 粉塵と煙が舞う中、センター内に踏み込んできたのは、五人の異様な姿をした兵士たちだった。

「……ヒィッ……! バ、バケモノ……!」

 拳銃を構えていたSPたちが、恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさる。

 先頭に立つ男の身長は、優に二メートルを超えていた。

 だが、恐ろしいのはその体格ではない。彼らの全身を覆っているのは、マットブラックに塗装された『強化外骨格パワードスーツ』だった。

 兵士の筋力を人工筋肉で数十倍に増幅し、チタン合金の装甲で全身を覆う、中国軍の最新鋭歩兵装備。沈提督が、EMP下での『確実な物理破壊(暗殺)』のために投入した、最強の歩兵部隊である。

「ダダダダダダダッ!!」

 SPたちが一斉に拳銃を発砲する。だが、9mmパラベラム弾は、外骨格の装甲に当たって甲高い金属音を立てて弾き返されるだけだった。

「無駄だ、原始人ども」

 先頭の男——部隊長が、中国語訛りの日本語で冷酷に吐き捨てた。

 彼が軽く腕を振るうと、外骨格によって増幅された数百キロの打撃がSPの胸部を直撃した。人間の体が、まるでボロ布のように壁まで吹き飛び、即死する。

「……抵抗は無意味だ。日本のトップ、若林幸隆。……お前の命を貰い受ける」

 部隊長が、ガシャリ、ガシャリと重い足音を立てて若林へ歩み寄る。

「……随分と大げさな『死神』だな」

 若林は、逃げも隠れもせず、ピースの煙を部隊長の装甲の顔面に向けて吹きかけた。

「一億人を徴用工にして地獄に叩き込んだ男の最後が、機械人形に首を刎ねられることとはな。……後世の歴史家が喜ぶ、見事な悪役の退場だ。やれ」

 若林が静かに目を閉じた、その時。

 ——プルルルルルルルルッ!!

 危機管理センターの壁に取り付けられていた、旧式の『黒電話』が、突如としてけたたましいベルの音を鳴らした。

 EMPによって完全にシステムが死んでいるはずの地下室で、動力不要のアナログ回線だけが、息を吹き返したのだ。

「……チッ!」

 中国の部隊長が反射的に黒電話へ銃口を向けた、まさにそのコンマ一秒の『隙』。

 ドゴォォォォォォォンッ!!

 危機管理センターの天井の通風孔カバーが爆薬によって吹き飛び、暗闇の中から『数個の黒い影』が、中国兵たちの頭上へ音もなく降ってきた。

「……アナログの糸電話も、捨てたもんじゃないですね、幹事長」

 着地と同時に、標準語の冷たく澄んだ声が響いた。

 力武義正1尉。

 鷹人と蘭が急造したアナログネットワーク(伝令と黒電話網)によって、敵の強襲ルートを完全に先読みし、先回りして天井裏に潜んでいたのだ。

「貴様ら……増援か! 撃てッ!!」

 中国兵たちがアサルトライフルを構える。

「散開! 敵は強化外骨格だ、小銃ハジキの弾は弾かれるぞ! 関節部を狙え!」

 力武の的確な指示で、レンジャー隊員たちが一斉にフラッシュライトを敵の顔面に照射し、装甲の薄い膝や肘の関節部へ向けて集中射撃を浴びせる。

 強固な要塞だった中国兵たちが、初めてたじろいだ。

「……小賢しいネズミどもめ!」

 部隊長が怒り狂い、背中に背負っていた巨大なチェーンソー型の近接武器(電動ノコギリ)を起動させた。外骨格のパワーで振り回される凶悪な刃が、危機管理センターの机や柱をまるでバターのように両断していく。

「危ないッ!!」

 逃げ遅れた部下の佐藤陸士長へ、凶悪な電動ノコギリが振り下ろされる。

 ガキィィィィィィィンッ!!!!

 凄まじい金属の激突音と、飛び散る火花。

 佐藤の目の前に割って入った力武が、自身の小銃(89式)の銃身を横にして、外骨格による数百キロの振り下ろしを『正面』から受け止めていた。

「……1、1尉!!」

 力武の足元のコンクリートが、衝撃でひび割れ、陥没している。

 銃身がひしゃげ、力武の腕の筋肉が限界を超えて悲鳴を上げている。だが、彼は一歩も引かなかった。

「……ほう。生身で私の外骨格パワーを受け止めるとは。だが、その細腕がいつまでもつかな?」

 部隊長が装甲の下で嗤い、さらに力を込める。

「……細腕じゃと?」

 力武の頭が下がり、前髪がその双眸を隠す。

 だが、次の瞬間、その奥から覗いたのは、理知的なエリート幹部の目ではなかった。

 親父から受け継いだ『地獄の底』を知る、飢えた狂犬の目。

「オドレ、機械のオモチャ着たぐらいで……ええ気になっとんじゃねえぞ」

 低く、地の底から這い出るような岡山弁。

 バキッ!!

 力武は、あえて自らの小銃を手放し、電動ノコギリの刃を空振りさせた。敵が体勢を崩したわずかな瞬間、その懐(ゼロ距離)へと潜り込む。

「ハジキが通らんのなら……泥沼の殺し合い(インファイト)に付きおうてやるわボケェッ!!」

 力武の右手に、漆黒のコンバットナイフが握られた。

 強化外骨格の絶対的防御力 vs 親父譲りの狂気と古武術。

 日本の中枢(官邸地下)で、歴史上最も泥臭く、血塗られた死闘が幕を開けた。

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