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EP 4

東大生とレンジャーの邂逅

 EMPによってすべての電子の灯火が死に絶え、月明かりと、遠くで燃える火災の赤い光だけが照らし出す東京。

 地下鉄の迷宮から地上(新宿区・市谷付近)へと抜け出した力武義正率いるレンジャー小隊は、変わり果てた首都の光景に息を呑んだ。

 暴徒の叫び声、ガラスが割れる音、そして略奪。

 警察の通信網が死んだことで、街は完全にタガが外れ、弱肉強食のサバンナと化していた。

「……1尉。ひどい有様です。まるで世紀末だ」

「視線を落とすな。俺たちの標的は暴徒ではない。この混乱に紛れて重要施設を狙う、中国の便衣兵(工作員)だ」

 力武は標準語で冷徹に告げ、部隊を前進させた。

 だが、数ブロック進んだところで、力武はスッと右手を挙げ、部隊の足を完全に止めさせた。

 目の前の交差点。

 そこだけが、周囲の狂騒から切り離されたように『不気味な静寂』を保っていた。

 通りへ繋がるすべての道が、ひしゃげた廃車と、トタン板、そして無数の有刺鉄線によって、見事なまでにバリケード封鎖されている。

「……暴徒が作った陣地ですか?」

「いや。素人の仕事じゃない」

 力武の理知的な目が、暗闇の中で鋭く光った。

 バリケードの配置には、明確な『キルゾーン(十字砲火の射線)』が計算されている。ただの防衛線ではない。侵入者を誘い込み、効率よく仕留めるための罠だ。

「……止まれ。そこから一歩でも動けば、串刺しになるぞ、偽物の自衛隊さん」

 突然、バリケードの上に組まれたやぐらの暗がりから、ひどく冷たく、透き通った青年の声が響いた。

 同時に、周囲のビルの窓や廃車の陰から、十数人の男たちが一斉に姿を現した。彼らが構えているのは銃ではない。ホームセンターの資材で作られた『改造ボウガン』や、鋭く研がれた鉄パイプの槍だ。

「……偽物だと?」

「本物の自衛隊なら、こんな暗闇をコソコソ歩かない。暴徒を鎮圧するために装甲車で来るはずだ。……あんたたち、中国の特殊部隊だろ。EMPで警察が死んだ隙に、この町を裏から支配しに来たってわけだ」

 声の主——坂上鷹人たかとが、血に染まった金属バットを肩に担ぎ、月明かりの下に姿を現した。

 まだあどけなさの残る18歳の顔。だが、その瞳には、すでに何人もの人間を『処理』してきた者特有の、冷酷な光が宿っている。

(……なるほど)

 力武は、内心で深く感嘆していた。

 通信網が死滅した状況で、迷彩服を着た武装集団を即座に『敵(便衣兵)』と疑うその論理的思考。そして、暴徒ではなく『統制された民兵』を組織し、この巨大な防衛線を構築している手腕。

「……誤解だ、少年。俺たちは陸上自衛隊・第一師団のレンジャーだ。通信が死んで身分を証明するものはないが、敵ではない」

「証明できないなら、敵だ。……撃て」

 鷹人の一切の躊躇ためらいのない号令。

 ビュンッ!!

 闇夜を裂いて、改造ボウガンの太い矢が、力武の眉間めがけて放たれた。

「……ッ!」

 力武は、首をわずかにずらして矢を躱した。矢が背後のアスファルトに突き刺さる。

 話し合いが通じる相手ではない。自らの定めた『ルール(法)』を絶対とし、例外を許さない。それはまさに、力武の愛読するマキャベリの思想——乱世において、君主は愛されるより恐れられなければならない、という鉄則を体現した統治者の姿だった。

「1尉ッ! 応戦しますか!?」

「待て、撃つな! 民間人だ! ……俺が一人で制圧する」

 力武は小銃を背中に回し、コンバットナイフを抜いた。

 ボウガンの矢継ぎ早の射撃を、路上の瓦礫や標識を盾にして、滑るような歩法で躱していく。飛んでくる矢の軌道を、放たれる前の『気配』で読み切る、古武術の神速。

「……速いッ! 前衛、槍で止めろ!」

 鷹人が舌打ちをし、民兵たちに指示を出すが、力武の動きは彼らの動体視力を完全に超えていた。

「悪いが、泥沼の歩き方なら俺の方が年季が入っとる」

 気づけば、力武はバリケードを蹴り上がり、鷹人の立つ櫓の上へと音もなく着地していた。

「……チッ!」

 鷹人が金属バットをフルスイングで力武の側頭部へ叩き込む。

 頭蓋骨を粉砕する、完璧な軌道。だが。

「……オォ、危ねぇなボウズ」

 ガシッ!!

 力武の分厚い左手が、金属バットの芯を的確に捉え、その暴力的なスイングを『素手』でピタリと受け止めた。

 骨がきしむ音がしたが、力武の顔には微塵の苦痛もない。それどころか、狂気じみた獰猛な笑みを浮かべていた。

「ええスイングじゃ。……じゃが、肩に力が入り過ぎとる。守るモンが多すぎて、動きが固ぇんじゃ」

「……ッ、バケモノが……!」

 鷹人がバットを手放し、隠し持っていたナイフで反撃しようとした瞬間。

 力武の右足が鷹人の膝裏を刈り、そのまま床へねじ伏せ、首筋に冷たいコンバットナイフの刃を突きつけた。

「勝負ありだ、若き君主(王様)」

 力武は、標準語に戻り、静かに告げた。

「……殺せよ。だが、俺が死んでも、母さんの作った『ルール(経済圏)』は止まらない。俺の仲間が、必ずあんたたちを毒殺でも何でもして道連れにする」

 首に刃を突きつけられてなお、鷹人の瞳は一切の屈服を見せなかった。

「……お見事だ」

 力武はナイフを収め、鷹人を拘束していた手を離した。そして、無防備に背中を向け、バリケードの奥——鷹人たちが守り抜いてきた『町内』の光景を見下ろした。

 EMPの暗闇と、略奪の嵐が吹き荒れる東京の中で。

 そこだけが、ロウソクの火が整然と灯り、配給の食料が厳格なルールの下で管理され、人々が『秩序』を保って静かに息を潜めていた。

 壁に貼られた『物々交換レート表』と『防衛当番表』。

 国家が崩壊した暗闇の底で、この18歳の少年と、その裏にいる何者か(恵)が、暴力ではなく『知恵と経済』によって、見事なミクロの独立国家を築き上げている証拠だった。

「……暴力による恐怖だけでなく、厳格なルールで民を統治している。……大した頭脳だ。お前のような男がいるなら、この国もまだ捨てたもんじゃない」

 力武は、心からの敬意を込めて、泥だらけの右手を鷹人へ差し出した。

「陸上自衛隊、第1空挺団出身・第一師団所属。力武義正りきたけ・よしまさ1尉だ。……無礼を詫びる」

「……」

 鷹人は、首の痛みをさすりながら、訝しげにその手を握り返した。

 相手の圧倒的な強さ、そして自分たちを殺さないという事実が、彼が本物の自衛隊であることを証明していた。

「……坂上鷹人さかがみ・たかとだ」

 その名を聞いた瞬間、力武の理知的な目が、驚きにわずかに見開かれた。

「……坂上、だと? まさか、あの海で無茶苦茶をやっている出雲艦隊の……ヤクザ将軍(坂上真一)の息子か?」

「……ヤクザは余計だ。ただの、しがない親父だよ」

 鷹人が皮肉げに鼻で笑う。

「……ハハッ! ハハハハハッ!!」

 力武は、夜空を見上げて腹の底から愉快そうに笑い出した。

「なるほどな! 血は争えないというわけか。……親父は海で艦隊を率いて敵のドタマをカチ割り、息子は陸で独自の国家ルールを作って東京を防衛している。……イカれた家族だ」

 力武の胸に、自らの親父から言われた『地獄に浸かれ』という言葉が再び蘇る。

 自分と同じように、偉大で、そして狂気じみた父親の背中を追う若き獅子。

「坂上鷹人。お前たちのこの『要塞ルール』、俺の部隊が間借りしてもいいか? ここを拠点に、東京に潜り込んだ便衣兵ネズミどもを根こそぎ駆逐する」

「……ギブアンドテイクだ。あんたたちがこの町の絶対的な『武力(盾)』になるなら、母さんの経済圏で、最高の飯と寝床を保証する」

 最強の実戦部隊レンジャーと、東京の暗闇を支配する天才の頭脳(東大生)。

 交わるはずのなかった二つの『知性』が、血塗られたコンクリートの街で、強固な同盟を結んだ瞬間だった。

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