Ep.55
「運命に……呑まれている?」
「そう。だって、こんな事もできちゃう」
そう言って、ルゥは一つの本を創り出す。
「それは……?」
「翻訳の辞書だよ。喉から手が出るほどほしかった、あの文字の」
ルゥは、自身が運命に呑まれていることを証明するかのように、翻訳書を作り出した。
「それって……」
「うん、私の能力は、本来私の知ってる範囲までしか創れない。けどなんでだろうね。創れるようになっちゃったんだよ。たとえ、私が知らなくても、その存在すら証明されていなくても、ね」
明らかに、本来使えていた能力の限度を超えていた。
「でもたしか、運命に呑まれたら死ぬって……」
ユイは、初めてここに来た日のクモの言葉を思い出した。
「ああ、だからそのうち私も死ぬんじゃないかな。でも不思議と、恐怖とかそういうのないんだ」
すでに、ルゥは覚悟していた。
「それに、それを言うならユイだって、運命に呑まれてるんじゃないかな?」
「……たしかに」
ユイも、言われて気づく。
今までは小物の復元しかできなかったのに、今では建物や、過去の記録の復元までできてしまう。
運命が抜け出していると思っていたが、実際は真逆で運命が肥大化しすぎて溢れかえっているのかもしれない。
もしかしたら、サクラもあの場で処刑されなくともこうなっていたのだろうか?
「結局、死ぬ運命かなぁ」
自身も運命に呑まれていたことを知ったユイは、思わず天井を見上げる。もしかしたら十秒後には、自分は生きていないかもしれない。
「結局、ボク達ってお互いのこと何も知らないよね」
「……たしかに」
言われて気づく。ヒナタやサクラ、リリィやキヨ、それ以外にも、共に過ごした少女たち。
その過去も何も、二人は知る機会さえ与えられなかった。
「折角だし、ボクは自分語りするね。昔はね……」
「私も語ろう。小さな頃は……」
お互いがお互いについて話し合う。ここまで過ごしてきて、初めてのことだった。
「サクラとか、過去重そうだよね。聞いただけでもおじいさんや両親亡くしてるし」
「逆にヒナタは、良い家庭を持っていた。だからこそ、相性が良かったのかもな」
やがて、語りは自分以外へと移っていく。しかし、あまり知っていることもないのですぐに終わってしまった。
「……どうする?」
話を終えたユイは、ルゥへ問う。
なぜサヤカが死んだのか、なんのために運命を集めていたのか、もう分かった。
「神様とやらに会いたかったけど、無理だなぁ」
もう運命に呑まれているというのに、どうやってここから運命を集めればいいのか。どれだけ急いでも不可能だろう。
「もしかしたらこの本に、生き残る方法があるかもしれない」
「でも……まぁいいかな」
ユイは、満足していた。
これまでの人生と、今の自分に。
「ルゥ、多分ボクが先に死ぬからさ、その後なら何してもらっても構わないよ。たとえば、ルゥが新しいクモになったり」
吹っ切れたユイは、ルゥとの会話しか残されていない。
「そんなこと……」
「多分、サヤカも神様にすがって、かつて生活を共にした仲間と会いたかったんじゃないかな」
神様は、願いを一つ叶えるらしい。もしかしたら、過去に戻るか、蘇らせるか、そんなことを願って五年以上も運命を集めてきたのかもしれない。
「……ボクも別に、未練がないわけじゃないよ。もっとサクラのことを知らなきゃと思ったし、もっとヒナタときれいな景色を巡りたかった。他にも、考え出したらきりがないくらい」
ルゥはなにも答えない。ユイはそんなルゥの代わりに、ペラペラと自分の気持ちを話していく。
「もう一度、皆で大富豪とかもしたいし、図書館の漫画の話で盛り上がりたかったし……」
「ユイ」
そこで、ルゥはユイの言葉を止める。
「……外に出よう。もう私しか居ないけど、きれいな景色くらいなら、今からでも間に合う」
「そう、だね」
そうして、二人は外に出る。通せんぼをしていた黒いスライムは、既にそこに居なかった。
「……やっぱり、きれいだな」
すでに時刻は夕方だった。夕日が、湖に反射していつものようにきれいに輝いている。
それは、そこが塀の中である事を忘れさせるほどだった。
「結局、ルゥはどうするの?」
「私は……」
ルゥはまだ、何も決めていなかった。
クモになり、黒幕として運命を集めれば、いつか神様に願って皆とともに生きることができるかもしれない。しかしその過程で、どうしても無罪の少年少女が死ぬことになるだろう。
このまま死ねば、クモは生まれず、もう二度とこんなことは起こらないかもしれない。
しかし、そこに残るものはなにもない。
「結局、クモも神様に踊らされてたってだけか。なんかまぁ、恨めないなぁ」
ユイの黒い涙は止まることを知らない。もうすぐ、死ぬという予感がしていた。
「私は、クモになるよ」
そこでようやく、ルゥは決心を固めた。
「私はクモになって、皆を助けて、そしてもう一度……やり直したい」
「……そうか」
ルゥの決意は固かった。
「なら、ボクも応援しよっかな。うん、それがいい。ルゥならできるでしょ! そうだな……再会したときにすることでも決めとく?」
「……何も言わないんだね」
クモになれば、運命を集めることになる。どんな方法であれ、結局は人の害意を利用し、最後は殺すのだ。ルゥはそれに対してなにか言われると思っていた。
「そりゃね。逆に批判されたかった?」
「それは……」
批判されたかったかと言われれば、それも違った。
「ま、とにかく、ボクは応援してるよ。ウミかヒナタあたりはなにかいいそうだけど、まぁ大丈夫でしょ」
「……ふふ」
思わず、くすっと笑顔が出る。
すでにユイは、その先を見ていたからだ。
「それじゃ、ボクはそろそろ死ぬから。またいつか!」
その声を最後に、ユイはもう何も言わなかった。目を閉じ、呼吸を整え、仰向けになって寝ている。
やがて呼吸は止まり、その黒い涙が全身を包んでいった。
「またいつか……」
ルゥも、行動を始める。まずはこの運命に呑まれる過程を止めなければならない。
『愚者』のように、運命から抜け出す方法を知らなければならない。
本漁りから始まりそうだ。
「待っててね」
誰も居ない平原に、ルゥの言葉が風に乗って運ばれていく。
新たなクモとなったルゥは、ルールと秩序を創り、そして屋敷を再建する。
彼女の『創造』をフル活用すれば、簡単なことだった。
地下室の本を読み漁り、知識を蓄えていく。
地下室に残されたサヤカの死体も、地上に運び埋葬した。
「ふあぁ、疲れた」
すでに運命に呑まれてはいない。逆に、運命を操るようになった。
それもこれも、全て地下室の本のおかげだった。
「それじゃ、始めますか」
そこから、ルゥの長い長い旅が始まった。
†
「ここが今回泊まる屋敷かぁ、抽選に当たってよかった!」
名も知らぬ少年少女たちは、抽選に当たった格安観光旅行客として屋敷に来ていた。
「うん、大きいね」
ルゥはそんな少年少女の中の一人である。
「たしかWi-Fiがあるはず……あった!」
少年少女たちは、各々のスマホでWi-Fiをつなぐ。
瞬間、そのスマホからは自動的に動画が流される。
『本日から皆様には、今日からここで暮らしていただきます。着替えや食事もすべて完備されております。着替えは二日ごと、食事は一週間ごとに更新されます。古い着替えは捨ててしまって構いませんよ。あ、先に断っておきますが、ここから逃げることはできませんよ。あなたたちは選ばれた存在ですからね』
その言葉に、少年少女は混乱を隠せない。
ルゥも、もちろん混乱するふりをする。
『最後に、君たちは運命に選ばれました。各々のスマホに選ばれたカードを送ります。そのカードはきっと皆さんの日常を助けてくれるでしょう。ただし、いずれあなた達はカードに呑まれ、死ぬでしょう。その時までのひと時を、大切に過ごしてくださいね』
その一言とともに、動画の再生は終わる。
そうして、新たな運命が始まった。




