章末幕間1 見知らぬ森の美女
※とある人視点です。
――景色が歪む。
それだけで、強制転移させられたのだとすぐに気付いた。
目の前には見知らぬ森が広がっている。
先ほどまでの見慣れた街並みからの落差が酷い。
すぐさま魔力を流し、戦える準備を整えた。
警戒して周囲を見渡す私に、忽然と女性の声が降り注いだ。
「――あぁ、良かった。今度は無事に喚ぶことが出来て」
慌てて声のほうを振り返る。
確認したばかりのはずなのに、突然、何の兆候もなく姿を現した女性。
その怪しさに、緊張で思わず喉を鳴らした。
目の前の女性が敵意はないと示すためか、両手を上げて力を抜く。
害意はないらしいと少しばかり警戒心を下げるが、それ以上にいっそうの疑わしさを抱いた。なぜならば、その女性の顔を窺い知ることが出来なかったからだ。
顔を下げている訳でも、水色の髪が覆い隠している訳でもない。魔法を使っている形跡も感じられなければ、私自身に異常がある訳でもなさそうだった。
それにもかかわらず、どうしても彼女の顔を認識できない不条理に、私は内心頭を抱えていた。
そんな私の心の内を見透かしたように、目の前の女性が問いかけてきた。
「顔、認識できないよね? ちょっと訳ありで、顔が見られなくなっているんだ。ごめんね」
明るい口調で首を傾けた彼女。
本当は手を合わせて謝りたかったらしく、掲げた両手がぴくりと動いた。
あちらもどうしようもないのであれば、仕方ない。
このままだと話しにくそうなので、私も構えを解いて矛を収めた。……もっとも、警戒自体はしたままだが。
私の態度に、女性もゆっくりと腕を下ろしてありがとう、と告げた。
「ごめんね、色々不思議に思っているだろうけど、じゃべれない事ばかりなんだ」
「……何となく、分かりますから」
「ありがと。――とりあえず、自己紹介はしておくね。わたしはユタ・セイボル。訳ありのお姉さんだよ」
何ともな自己紹介に、私は苦笑を返した。
つっこんで欲しそうだったが、ここはあえてスルーする。
「私の名は――」
「あぁ、こっちは把握しているから、紹介は不要だよ」
こちらも名乗り返そうとして、ユタと名乗る女性が口を挟んだ。
……まぁ、私を強制転移させたぐらいだから、知って然るべしなのだろう。
一先ずはこちらから質問を投げかける。
「いくつか尋ねたいことがあります」
「はいどうぞ。答えられる範囲で教えてあげるね」
「まず、ここはどこですか?」
よく森の中に行くとはいえ、似たような光景ではここがどの国なのか判断が付かない。特徴的なものでもあればよかったのだが、生憎と目立つ存在は何一つとしてない、普通の森だった。
場所によっては国に戻るのが大変である。
目の前の女性が送ってくれるなら問題ないのだが、それは不可能だと、己の直感が告げる。
私の質問に、彼女は首を軽く傾けた。
「異世界」
「はい?」
「だから、異世界。ここは、君のいた世界とは別の世界」
「……」
嘘を言っている訳ではないのだろうが、彼女の言葉を飲み込めない。
ゆっくりと首を巡らせても答えは出ない。
あまり得意ではないが、周囲の魔素を調べても結果は変わらず。
ややあって彼女に視線を戻しても、女性は首を反対側に倒すだけ。それ以上、言葉を発しない。
「……本当、ですか?」
ありきたりな疑問が喉を出る。
答えはすでに分かっていた。それでも、吐き出した言葉は戻らない。
「残念だけど、ほんと。証明も、そのうち分かるよとだけで、今は出せないかなぁ」
腕を組んで悩む様子を見せる彼女に、「いえ、大丈夫です」と告げる。
全く大丈夫ではなかったが、これも先に言っていた話せないことに抵触するのだろう。
これ以上掘り下げても時間の無駄にしかならない。
そんなことよりも、核心的な疑問を口にする。
「分かりました。……では、次の質問です。あなたは他の『十傑』の居場所をご存じですか?」
私の質問で、彼女がにやりと笑った気配がした。
顔が見られないのであくまで想像だが、その質問で彼女のひと房だけ異なる髪が揺れた。
もったいぶったように女性が顔に手をあてる。
しばらく視線を交わらせている。
ようやく口を開いた女性が、重々しく告げた。
「……うん、知ってるよ。今いる子たちも、行方不明の子たちも」
――やっぱりそうか。
己の直感に従った質問だったが、間違っていなかったと浅く息を零した。
ともすると、いなくなった四人の行方も、この世界なのかもしれない。
視線を下げながら、どうすればこの情報を友へと届けられるかと思い悩む。
彼らを待つ人々が大勢いるのだから。
「――正解」
彼女の声に思わず目を見張る。
私の心の声を聞いていたかのように告げられた言葉に、身の毛がよだつ。
「あー、ごめんね。怖がらせちゃったかな? でも、君の顔に書いてあっただけだよ」
そう言われて反射的に顔に手をあてる。
その様子が可笑しかったのか、忍び笑いが漏れていた。
揶揄われた……?
彼女の言葉の真意が掴めない。
どうすることもできない私は、ただ無力感に苛まれていた。
「ごめんね? 笑うつもりはなかったんだけど、君の反応が面白くて、つい……。代わりに、ちょっとしたヒントをあげるよ。……ほんとは言うつもり、無かったんだけどね」
両手を合わせて謝る彼女がとある情報を口にした。
「それは本当なのかッ!?」
「ほんと、ほんと。嘘はつかないのが、わたしの信条なんだ」
荒げた語気、崩れた口調を気にも留めず、彼女があっけらかんと言いのけた。
しかし、彼女がすぐさま釘を刺す。
「でも、来たる時までは他の人にはナイショね」
「――っ、どうしてですか?」
「口調はそのままでもよかったのに……。まぁ、そんなことは置いといて。――みんなに話しちゃうと、未来が変わっちゃうからね」
まるで見て来たかのように宣う彼女は、小さく肩を竦めていた。
……彼女としても、不本意ではあるのだろう。
やはり顔は窺い知れないが、彼女はきっと物憂げな表情を浮かべているのだろう。
そして、すぐさま私は一つの真理を悟る。
私が知ったところで、望む未来には左右されないということか……。
得も言われぬ敗北感を味わいながらも、静かに首肯した。
◆◆◆
「暗くなっちゃったけど、まだ質問はある?」
あたりはまだ日が照っている。
明るい口調の彼女に、首を縦に振って最後の問いを尋ねる。
「私たちを強制転移させた目的は何ですか? 我々に、何をさせたいというのですか?」
真剣な眼差しで女性を見つめる。
彼女はどうするべきかと悩んでいるようで、腕を組んで、うんうん唸っていた。
しばらく待つと、ようやく答えを見出したのか、先ほどと変わらぬ口調で話した。
「やって欲しい事は、まぁいくつかあるんだけどね。目的のほうは、残念ながら言えないかなぁ」
「どうしてですか?」
「言ったところで理解を得られないからね。どうしても詳しく話せない事情に絡んできちゃうから、おあずけ状態にさせちゃうし」
……今も、含んだ言い方の所為で似た状況に陥っているのだが、如何なものだろうか。
そのことを指摘しても、女性は変わらぬ声で話せないと告げた。
「……はぁ、分かりました。これ以上は聞かないことにします」
「ごめんね、ありがと。話せる状況になったら教えるから、それまでは勘弁してちょうだい」
おどけたように手を合わせて首を傾げる女性に、ため息をつく。
「とりあえず、話せるやって欲しい事は伝えておくね。君たちにやって欲しい事は――」
耳に届いたはずなのに、どうしても彼女の言葉が思い出せない。
顔を顰める私に、「あ、もう時間だ!」と慌てた彼女が手を口に当てて叫ぶ。
「ごめん! たぶんしばらく思い出せないと思うけど、説明する時間がなくて――!」
その言葉を最後に、私は気を失った……。




