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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野 鄭
第二章 遭遇

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78話 身から出た錆

特殊読みをする訳ではないですが、固有名詞ということでルビを振っているものがあります。

少々読みづらいかもしれませんが、ご容赦ください。


※権能の一部を改稿しました。物語には直接関係ありません。(2025/12/14)

 ゼインは迷宮都市に戻る前、一度辺境伯(エリオット)の元を訪れていた。

 突然姿を現した彼に、エリオットは驚きつつも、それまで険しかった表情を和らげ、助かったと零す。


「ちょうどいいところに来てくれた、ゼイン君。実はお願いがあって――」

「北の爆発なら俺がやった」


 口早にお願いを告げようとして、彼の言葉で思考が停止した。

 油の差さっていない機械のような動きで彼を見上げるエリオット。

 そんな辺境伯の様子を歯牙にもかけないゼインが、ざっくりとした説明を続けた。


「北にある山の上に昨日、怪(・)物(・)が現れた。それをさっき俺が倒したところだ。被害は盆地が滅茶苦茶になったぐらいで、下への落石やら土砂崩れはない。モ(・)ス(・)何(・)と(・)か(・)っていう魔物の予知の相手も恐らくそいつだ。死体は消えてしまったから証明はできないが、脅威は無くなったとみていい」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなり捲し立てられても飲み込めない!!」


 混乱するエリオットは一つ一つ、ゼインに説明を求めた。

 億劫そうな顔をするゼインだったが、素直に彼の質問に答えていった。


「――なるほど。また知らないうちに、君に助けられていたようだ」


 話を聞き終えたエリオットが脱力して、天を仰ぐ。

 彼は、突然現れた巨大な炎の球や、その後の轟音、爆発、雷鳴の原因に対処するため、慌ただしくしているところだった。

 距離が離れているとはいえ、北の山脈はここからでも目視できるほどの大きさだ。

 馬車で二日ほどの距離なのに、辺境都市まで届いたのだから、彼の魔法の大きさや威力は相当なものだった。


「後で報せるつもりだったが、なんかバタバタしていたからな。様子見ついでに伝えたまでだ」

「……帰らず立ち寄ってくれて、嬉しいよ」


 これだけのことをしでかしておいて、何も言わずに立ち去るつもりだったようで、原因の主とはいえ、嫌味の一つ二つは零したくなった。

 とはいえ、感謝しているのは事実だった。

 全く知らないままそんな化け物が都市を襲ったかと思うと、考えるだけでぞっとする。


「じゃあ、俺はこの辺で」

「アルシアたちには内緒にしておくよ」


 怪物が現れゼインが戦ったこと自体はすでに彼女の知るところではあったが、どんな能力を持っていたのかは伝えるつもりはなかった。

 彼の意を汲んだエリオットがそう伝えると、彼は小さく首を縦に振る。

 そのまま無言で目の前から消え去った。

 部屋には静寂が訪れ、外の慌ただしい喧騒が微かに聞こえてくる。


「……またしても、彼に救われてしまったね」


 彼の独白は、誰にも届かなかった。



 ◆◆◆



 お昼過ぎ。

 ゼインが迷宮都市に戻ってきた。

 疲れたように肩を回しながら屋敷に足を踏み入れる。

 そんな彼を、アルシアたちが出迎えた。


「おかえりなさいっ――!」

「ただいま」


 目に涙を湛えたアルシアが飛び込んできた。

 優しく抱き留めて背中をさする。

 顔を上げると、リタたちは一安心した様子を見せていた。

 そんな中、キエラだけが険しい表情を浮かべている。


「どうかしたか?」

「……話があるわ」


 それだけ言って踵(きびす)を返した彼女を、訝(いぶか)しげに見送る。

 ひとまず、アルシアが落ち着くのを待ってから彼女の後を追うことにした。



 ◆◆◆



 キエラの自室に入ると、彼女は部屋の鍵を閉め、魔法で防諜(ぼうちょう)対策も施した。

 徹底した念の入れようを不思議そうに眺める。


「座って」


 有無を言わせぬ態度に、ゼインは素直に従った。

 対面に座った彼女が唐突に問いただす。


「――ねぇ、あ(・)の(・)力(・)は何なの?」


 思わず顔を顰(しか)め、すぐさま己の失態に舌打ちを打つ。


「……何でもない」

「なんでもない訳ないじゃない。遠く離れた私が感じ取れたのよ」


 そっぽを向くゼインの顔を両手で挟み、強制的に振り向かせた。


 しばらく視線が交錯する。

 揺れる紅玉に、毅然とした紫水晶。

 結果は目に見えていた。


 一度目を瞑(つむ)り、力を抜くゼイン。

 小さく息を吐くと、気だるげな瞳を見せた。


「……分かったから、放してくれ。どれのことか確かめる」

「どれって、い(・)く(・)つ(・)候補があるのかしら?」


 彼女の問いかけにゼインは沈黙していたが、肯定しているようなものだった。

 いっそう不機嫌さを滲(にじ)ませつつ、彼女は静かに顔から手を離した。

 適当な石をくれ、というゼインに、魔法で小石を作り出した。


「とりあえず、鉄(・)にするか」


 手の上に乗った小石を見つめ、何てことないように独り言を呟いた。


 瞬間、キエラは悪寒に襲われる。

 思わずゼインを見上げてしまったが、彼は億劫そうに小石を指差すだけだった。

 言いたいことは一旦飲み込んで、指示通り視線を落とした。


 何の変哲もないただの小石。

 キエラが視線を向けると、たちまち紫(・)色(・)の(・)魔(・)力(・)に包まれた。

 炎のように揺らめくその魔力は、波が引くように緩やかに彼の手へ沈んでいった。


 姿を現す小石だ(・)っ(・)た(・)も(・)の(・)。

 形に変化はないが、どこからどう見ても鉄の塊へと変貌を遂げていた。


「――嘘っ!? どういうこと?」

「俺の能力の一つだ。鉄も一部含まれていたようだが、今は純鉄になっている」


 彼の言葉通り、みるみるうちに赤茶色の錆が発生し、その表面を覆い尽くしてしまった。


「あー、失敗したな。脆(もろ)くて処理が面倒だ。――ちょっと変える」


 またしても紫炎に包まれる元小石。

 すぐに晴れると、そこには半透明の水晶が出来上がっていた。


「で、この力か?」


 混乱冷めやらぬキエラにゼインが尋ねる。

 口元が引き攣(つ)りながらも、こ(・)の(・)魔(・)力(・)だったと告げる。


「――そうか。こ(・)っ(・)ち(・)なら、別に問題ない」

「別の能力も教えてくれないかしら?」

「そっちは嫌だ……」


 渋面を浮かべて拒絶するゼインに、キエラは流石に無理強い出来なかった。

 今までに見たことないほど苦しげな彼の瞳――。

 その暗澹(あんたん)たる最奥が彼女の踏み込む気概を削いでいた。

 代わりに、そっと肩に手を置いて優しい声音で語りかけた。


「ごめんなさい、これ以上は聞かないわ。――でも、一人で抱えきれないと感じたら、いつでも相談に乗るわよ。それだけは覚えておいてね」


 彼女の言葉に、僅かな動きを見せた。

 顎を少しだけ引くような動作だったが、彼の精一杯の肯定だとキエラは受け取った。


「とりあえず、今見せてくれた能力について、教えてもらえるかしら?」


 雰囲気を変えるため、努めて明るい声を出す。

 ゼインも切り替えるために、一度大きく息を吸った。

 静かに瞬きした彼は、いつもの調子で答えた。


「あぁ。――この力は『改変(かいへん)の理(ことわり)』。ものを色々と弄くり回せる能力だ」

「とんでもないじゃない! 対象はどこまでが範囲なのかしら?」

「俺(・)が(・)認(・)識(・)で(・)き(・)る(・)も(・)の(・)すべてだ」

「えっ――?!」


 あまりの衝撃で絶句して動かなくなるキエラ。

 言葉通りの意味なら、この世にあるほ(・)ぼ(・)す(・)べ(・)て(・)の(・)も(・)の(・)が対象になるということだ。

 彼が知覚しえない存在もあるだろうが、それを探すほうが難しいと言えるぐらいには、彼の力の及ぶ範囲は膨大だった。

 流石に規格外どころの話ではなくなる。

 万物の神にでもなるのか……、と愚痴を零したくなった。


「……流石に代償はあるのよね? じゃなきゃ、向こうで苦戦なんかしなかったはずよ」

「まぁそうだな。でも、代償は莫大な魔力だけなんだよなぁ」

「はい……?」


 思わず聞き返すキエラ。

 それほどまでの力の代償が、魔力程度な訳がない。

 ゼインが知らないだけで、他にも代償があるのではないかと疑っていた。

 そんな彼女の心中を察して苦笑する。


「魔力だけとはいえ、その量が天文学的だからな。今、この小石を一回変えるのに、数万は使ったな」


 上級魔法換算で約十発分相当。

 直径三センチほどの小石を変えるだけでそれだけ消費するなら、確かに代償としては大きいかもしれない。

 そうは思いつつも、それだけというのもキエラには違和感があった。


「……確かに消費に見合わないけれど、本当にそれだけなのかしら?」

「あー、俺の場合、代償が少し軽減されているからな」

「どういうこと?」

「この『改変の理』は、文字通り理を再構築する(書き換える)んだが、どれだけ“もの”への理解があるかによって、消費魔力が異なってくる。――今回の場合、石の組成やら重量、あとは形の細部まで把握できていたから、そ(・)れ(・)っ(・)ぽ(・)っ(・)ち(・)の魔力消費で済んだ。これが全く知らないものだと、最低でも桁二つは跳ね上がる。逆に、どれだけ知っていようとも、ある程度の魔力は必要になる」


 彼の説明で、キエラはようやく納得できた。

 ゼインの魔力操作の腕の良さや、魔法に造詣が深い理由も、きっとこのためだろうことも。


「なら、仮に私がやったとしたら――」

「間違いなく死ぬだろうな」


 お前の腕はその程度だと言われたも同然だったが、不思議と悪い気はしなかった。

 彼の瞳が心配そうに細められていたからかもしれない。キエラの知らない部分までしっかりと把握しなくてはいけないのかもしれない――。

 理由はいくつか考えついたが、敢えて聞くようなことはしなかった。

 代わりに、気になった他のことを尋ねる。


「ねぇ、ゼイン。その能力って聞き覚えがないのだけれど、どこで手に入れたのかしら?」

「……前に言った過去の実験の産物だ。――お前だから少し話すが、あ(・)の(・)連(・)中(・)の下部組織があちこちで実験をやっていたのは知っているだろ?」


 ぼかしていたが、キエラも何を指したのかはすぐ理解した。

 そして、話の結末も――。

 僅かに眉をひそめたのを見て、ゼインも彼女が勘づいたと知る。


「でだ。その中の一人が研究していたものが、“偽神(ぎしん)の権能を持った忠実な駒の作成”だったんだ。たまたま俺に適性があったらしく、それが判明してからは俺だけが実験に参加していた。……俺を完成させてからってことで、一人しか最終実験を行わなかったから、権能持ちは俺しかいない」


 昔のことを語り終えたゼインは肩を竦(すく)めるだけで、表情や声色に変化はなかった。

 対照的に、キエラは痛ましそうな顔を浮かべていた。


「……なるほどね。貴方がお(・)か(・)し(・)か(・)っ(・)た(・)理由を、ちょっとは分かったわ」


 まさか同じ被害者側だとは思いもしなかったキエラ。

 彼女の場合、自我が目覚めたのは実験の最終段階付近で、それも朧(おぼろ)げなものだった。

 そのため、研究者に対してあまり含む所はなかったのだが、ゼインは当事者であり、幼き日の記憶にありありと刻まれていたことだろう。

 その艱難(かんなん)は計り知れない。

 辛そうな顔をするキエラに、だからあまり言いたくなかったんだ、と零す。


「もう終(・)わ(・)っ(・)た(・)話(・)だ。俺の心の中でも、向こうの世界でも、けりは着いた。だから、そんな顔するなって」

「……そうね。貴方がそう言うのなら、私は何も――」


 笑おうとして、キエラは言葉に詰まった。


「あれっ、おかしいわね……。どうしてかしら……」


 溢れる涙を抑えきれず、キエラは狼狽(うろた)える。

 そんな彼女を優しく抱きしめながら、ゼインは落ち着くまでそっと撫でていた。



 ◆◆◆



「……ちょっとだけ、悔しいわ」


 目元を赤くしたキエラが恥ずかしそうに告げる。


「そんな時もあるって」


 肩を竦めるゼインが、何てことないように返した。

 いつもなら、キエラは皆のお姉さんのように振る舞っていた。

 年齢は一番年下のはずなのに、落ち着いた態度に冷静を保てるだけの教養、そして頼りになる戦力を有していたからだ。

 そんな彼女が、問題児扱いされているゼインに慰められるのは、得も言われぬ屈辱感があった。

 気恥ずかしさを紛らわせるために、キエラは質問をした。


「『偽神』って私、知らないのだけれど、どんな存在なのかしら?」

「俺も『偽神』についてはよく知らないな。遥か昔にいた神の成り損ないで、私利私欲のために力を求めた末、封印されたとしか」

「へぇ、そうなのね。じゃあ、権能のほうはどうかしら? 他にどんなものがあるのかは知っているの?」

「そっちは調べた。オーギュストにも裏を取ったから間違いないはずだ」


 前置きをしつつ、ゼインは指を立てる。


「――『偽神』の権能は五つ。

 一つは俺も持っている『改変の理』。

 二つ目は、『寵愛(ちょうあい)の軛(くびき)』――これは死者を従属させる権能らしい。対面した死者を問答無用で下僕に出来るとかなんとか。

 三つ目が、『力(ちから)の恒星(こうせい)』――これは魔力の湧き出す星を作る権能らしい。これがあれば無尽蔵の魔力が手に入る。

 四つ、『模造(もぞう)の器(うつわ)』――これは何でも入れておける容器を作りだす権能らしい。空間魔法に似ているが、それより低コストで世界すら創れるっぽい。

 最後に、『腐呪(ふじゅ)の泥(どろ)』――これは相手を毒で蝕む権能らしい。人間や魔獣に対して圧倒的なまでの相性を誇り、触れた相手を狂わせ腐らせるんだとか」

「どれもこれも、破格の性能ね。封印されるだけのことはあるわ」


 呆れたように言い放つキエラ。

 そこで、小さく「あっ」と呟いて、申し訳なさそうにした。


「ゼイン、先に謝っておくわ。――ごめんなさい」

「急にどうしたんだ?」


 突然の謝罪にゼインは訝しむ。

 キエラはそっと首輪に手を触れながら、事情を説明した。


「私が貴方の魔力に気付けたのは、この首輪のおかげなのだけれど、その場面をアルシアたちに見られたのよ」

「え――」

「具体的なことは分からなかったけれど、ゼインの身に何か良(・)か(・)ら(・)ぬ(・)こ(・)と(・)が(・)起(・)こ(・)っ(・)た(・)ってことは、伝えてしまったのだけれど」

「え……」

「だから彼女たちも、心配で心配で、気が気じゃなかったのよ」

「……」


 ゼインは顔を顰めて黙り込む。

 屋敷に戻った時、彼女たちの反応がや(・)け(・)に(・)大(・)袈(・)裟(・)だと思ったのは、勘違いではなかったらしい。

 キエラとしても、アルシアたちに気を揉ませるのは不本意だったのだが、実情を知らなければ仕方のないことではあった。

 今は、彼女が先に問い詰めると伝えていたので、大人しくしているに過ぎなかった。


「…………秘密にはできないか?」

「流石に無理よ」


 たっぷりと間を置いたゼインの言葉をきっぱりと否定する。

 先ほどとは打って変わり、情けない姿を見せる彼に、思わず笑みが零れた。


「貴方が秘密にしたいのは、過去のことでしょ? なら、能力は教えて、他は素直に話しましょ。それで納得してくれるわ」


 完全には満足しないだろうが、きっとアルシアなら、ゼインが勇(・)気(・)を(・)出(・)す(・)ま(・)で(・)待ってくれるだろう。彼も、少しずつ良好な関係を築いて歩み寄っていけば、いずれ心を開いてくれると願って――。

 そんな心持ちでゼインを眺めていると、縋(すが)るような眼差しを浮かべた。


「……キエラから伝えてくれないか」

「ダメよ。ちゃんと、貴方の口から伝えなきゃ。――隣に居てあげるから。ね?」


 駄々っ子を諭すように優しく語り掛ける。

 しばらく躊躇(ためら)っていたゼインの手を取って、強引に背中を押す。

 弱々しい姿の彼だったが、彼女の姿を目の当たりにすると、意を決して話し始めるのであった。


 そんな二人の間には、淡い紫の光が灯っていた。


これにて第二章は終わりです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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章末幕間を数話挟んでから、第三章に移ります。

章末幕間は毎日0時に更新予定です。

引き続き、よろしくお願いいたします。

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