8話 積もる不和
あれから毎日のようにアルシアの特訓に付き合った。
針の傷も二日とかからずに跡形もなく治すことが出来るようになっていた。
他人に魔力を流す特訓も、侍女が買って出たおかげでスムーズに進んだ。
「――このくらい何ともありません」
魔力酔いでふらふらしながらも気丈に振る舞う侍女がいい仕事をしたようで、アルシアの魔力操作の腕は思ったよりも早く上達していた。
◆◆◆
「そろそろ一人で魔力を流してみるか」
侍女を挟んで座ったまま提案する。
補助のために触れていた手を離す。
「……大丈夫でしょうか?」
途端に不安が押し寄せたのか、弱気な発言をする。
「流しすぎたらすぐ止める。多少の抵抗はあるだろうが、今までと大差ないから安心しろ」
席も立つつもりだったが、安心させるために座ったままにする。
少し緊張した面持ちで魔力を侍女に流し始めた。
さっきまでよりは流れる魔力が多いが、まあ許容範囲か。
しばらく黙って見守っていると、一通り終えたアルシアが安堵のため息を吐く。
労いの言葉をかけて席を立つ。
お茶の準備をしようとする侍女もその場に留め置き、用意してある水差しを手に戻る。
ちょっとだけ細工してから二人に水を注いだカップを渡す。
「これを飲んでおけば疲れが取れる。とりあえず今日はこれで終わりだ」
「そんな凄いものをお持ちなのですね」
「まあな」
不思議そうにするアルシアと対照的に、侍女は懐疑的な目をしていた。
自分で用意したものだから、俺の言葉が信じられないのだろう。
元はただの水だからさもありなん。
それでも、これまでの行いから害はないと判断されたのか、アルシアが飲むことを止めはしなかった。一応侍女が最初に飲んで毒見をしていたが。
飲み終えた後、しばらく座って今後の予定について話し合う。
「アルシアが回復魔法を使える証明が出来たら、とりあえずは辺境に行くでいいか」
「よろしいのですか? その、調べ物の件は王都のほうが捗ると思うのですが」
「構わない、特段急いでないからな。それに迷宮遺跡にも一度は入ってみたい。この辺りにはないだろ」
俺の言葉に驚きつつも、慣れてきたのかすぐに詳しい説明をしてくれた。
「迷宮遺跡は大小さまざまありますが、多くは街から離れたところにあります。大規模なところには都市が築かれていることもありますが、小規模ですと手が回らなくて管理されていない、ってことも多々あります」
「管理されていないとどうなるんだ」
「すぐに問題がある訳ではないのですが、放置しすぎると内部から魔物が溢れ出てくる大氾濫と呼ばれる現象が起こってしまいます。そうならないよう、冒険者ギルドが定期的に内部の魔物を掃討しているようです」
「と言うことは、小さいのは人気が無いのか」
俺の疑問に少し困ったような表情でアルシアが答える。
「……小さい迷宮遺跡は実入りが少ないため、ギルドの強制依頼として行っているそうです」
「迷宮遺跡は冒険者ギルドが一番把握しているのか」
「いえ、一番は国です。冒険者ギルドは国から委託されて実務を執り行っている形です」
「そうなのか」
情報を国が持ってるとなると少々厄介だ。
この国であれば融通が利くかもしれないが、それも今後次第ではある。
もしくは、人里離れた小さな迷宮遺跡を探すのもいいかもしれない。
この様子であれば移動手段が乏しさ故、そう頻繁に人が来ないだろうから勝手をしてもバレない可能性が高い。
最悪、迷宮遺跡丸ごと消してしまえば問題ないだろう。
そこまで考えていると、アルシアがジト目を浮かべて見つめていた。
「……変なこと、考えてないですよね?」
「大丈夫だ」
即答したにもかかわらず、より一層、疑るような眼を向けてくる。
肩を竦めてどうしたものかと考えていると、扉がノックされて執事の老人が入ってきた。
「――失礼いたします。アルシア様の魔法をお披露目する日程が決まりました。三日後の十時から第二訓練場で行うとのことです」
「ん? 前会った部屋じゃないんだな」
「前回はゼイン様の顔見せの意味もあり、謁見の間でしたが、今回は魔法を行使するということで場所を変更した次第です」
ふとした疑問を口にすると、老人から淀みない説明が返ってきた。
「ふーん、そんなものか」
また何かしらの嫌がらせの類だろうが、正直興味がない。
さっさと用事を済ませてここを発った方がよさそうだ。
期日が間近に迫り、少しだけ緊張した面持ちのアルシアだったが、前見たいな弱気な様子は見られない。
この数日、着実に魔法が上達している実感があるからだろう。
「三日後でも問題ないでしょうか?」
「大丈夫だ」
老人の質問に答えると、アルシア自身も異論はないようで、諸々の指示を出していた。
「それでは、特訓できる日も短いようですし、再開しましょう!」
老人が部屋を出ると、手を合わせていい笑顔をしたアルシアが告げる。
「今日はもうしまいだ」
「むぅ」
その勢いをすっぱりと断ち切りにべもなく答えると、年相応のむくれっ面をしたアルシアが抗議する。
「明日、次の段階にいく。だから今日はしっかりと休め」
「……わかりました」
不承不承ながらも同意したアルシアが侍女を連れて部屋を出る。
備え付けられたバルコニーに出ると、すでに空は赤みを帯びている。
ぼんやりと外を眺め、頬を撫でる風を感じながら、流れる時間に身を委ねていた。
◆◆◆
あれから、侍女にはアルシア一連の流れをなぞってもらった。
筋トレから始まり、針を指に刺して小さな傷を作るところまで。それをアルシアが回復魔法をかけて治す訓練を続けた。
その甲斐もあって、骨折ぐらいなら問題なく治せるようになった。
アルシアにも自身がついたところで、実演の日を迎えることが出来た。
実演当日。
訓練場に到着すると、前と似たような面々が揃っていた。
違うとすれば、少女がいないことと、いくらか護衛のような人間が増えたことぐらいか。
相変わらずねちっこい視線を向ける女と、見下したような視線を向ける少年たちを無視して国王を見る。
「とりあえず、軽傷なら治せるようになった。重症や病気はすぐには無理だ」
「よい。魔法を使えなかったアルシアが使えるようになっただけでも僥倖。そのうえ二週と経たずに回復魔法を会得したとなれば、そなたの言を信じざるを得ぬだろう」
「なら、とっとと始めよう」
周りに言い聞かせるように言葉を紡ぐ国王に催促する。
国王の一声で脇に控えていた男が一人近づいてきた。
「この者が今より剣で傷つける。それを治して見せよ」
「承りました」
アルシアの承諾を得ると、男が佩いた剣を抜き、自らの腕を勢いよく切りつける。
「――っ」
勢いよく流れる血にアルシアが息をのむ。
様子を見守っていた何人かも声にならない音をあげていた。
その様子を冷ややかな目で眺める。
男は腕の腱まで軽く切ったようで、ギリギリ軽傷に収まる範囲だが、下手すると重症化してしまう。
何とも思い切ったことをしたとは思うが、このぐらいであれば問題ない。
ちらちらと不安げに何度も視線を向けるアルシアに頷いて答える。
ちゃんと伝わったようで、落ち着くために目を閉じて深呼吸をする。
「治します!」
目を開いて男の腕に触れると、ゆっくりと魔力を流す。
余計な動きをさせないように男の体を固定する。
「――っ!?」
アルシアが魔法を使ったタイミングで動こうとしたのか、全く動かない自らの体に驚きの表情を浮かべる。
すぐさま俺を睨みつけてきたが、目が合うと体を強張らせて固まる。
その間にもアルシアは回復魔法をかけていく。
すでに血の流れは止まり、そろそろ内部の傷も癒える頃合いだ。
傷を治すとアルシアが長い息を吐いて口を開く。
「終わりました」
その言葉を合図に男の拘束も解く。
傍らに控えていた侍女がタオルを持って男に手渡した。
歯噛みしながら男はタオルで腕に残った血を拭き取ると、国王に見せる。
「――ほう。それなりに深い傷がしかと治っておるようだ」
感心したように告げる国王が男に腕を動かすように命令した。
男は黙って腕を握ったりして動かして見せた。
「これまで魔法が使えぬと思われていたアルシアが、ゼインによって芽を開かれた。これは我が国の知る技術とは異なるものである。よってこの男、ゼインを『稀人』と認定することとする。異論のある者はおるか」
国王は満足げに頷くと高らかに宣言した。
異を唱える奴はいないようで、すんなりと認められることになった。
「では、『稀人』ゼインの世話役にアルシアを任命する。よいな?」
「謹んで拝命いたします」
アルシアが優雅に一礼する。
周りからは拍手こそないが、何人かの感嘆と称賛のため息が聞こえた。
「して、この後はどうするつもりだ」
あちらこちらから探るような視線が向けられる。
「適当に旅をする」
「ほう。情報を欲していると聞いたが」
「それを求めてだ。ここにある必要そうな本は後で見に来る。ただ、軽く情報を集めた限り、欲しい情報が載ってないと思っただけだ」
「そうであるか。――準備させておこう」
安堵、警戒、感心、執着……十人十色の視線を浴びながら、用は済んだのでその場を後にする。
俺について来ようとしていたアルシアは、国王に呼び止められて二人で別室に向かったようだ。
一先ずは用意された部屋でアルシアを待つことにした。
◆◆◆
時間を潰しているとようやくアルシアが戻ってきた。
開口一番質問が飛び出てきた。
「旅をするというのは本当ですか?」
「多少の方便は入っているが、あちこち見て回るつもりではある」
「なるほど」
俺の回答に少し悩んだ素振りを見せていたが、すぐさま顔をあげる。
「――わかりました。私も一緒にいきます」
「別に辺境か王都か、居場所さえ言って貰えれば。無理する必要はない」
「いえ、私もついていきます。見識を広げるいい機会ですから。……それに私はあまり貴族同士のやり取りは不慣れですので」
アルシアが自嘲気味に微笑んで答えた。
意志が固まっているなら拒否する理由もない。
少しだけ眉を動かして、後ろに控えている二人をちらりと見る。
先に話し合ったのかもしれない。
どちらも口を挟むつもりはないようで、静観していた。
「なら、とりあえずは辺境に向かうってことでいいか。その後は流れで」
「わかりました。身分証は明日にでも渡せると思いますので、そのあと出発しましょう」
「わかった」
予定を決めると、アルシアが指示を出して出発の準備に取り掛かる。
部屋を出ようとする彼女たちを呼び止める。
「そうだ、一つ言い忘れてた」
「なんでしょうか」
「護衛はいらない。俺もアルシアにも」
俺の言葉に目をぱちくりさせていたが、傍らの侍女と二言三言話すと、おずおずと疑問を投げかけた。
「ゼイン様がお強いのは承知してますが、手が必要になりませんか?」
「いらない、足手まといだ。――ああ、アルシアの供回りは必要か。ならそこの侍女ぐらいの腕を二、三人。それで十分だ」
「私の心配は嬉しいですが、賓客のゼイン様にも世話人をご用意しないと――」
「いらない」
アルシアの言葉に食い気味に答える。
困ったような表情で視線を彷徨わせていた。
しかたなしに妥協案を出す。
「――必要な時はアルシアから借りる。供回りもアルシアのついでに俺が護衛する。だから少ないほうが楽だ」
「……そういうことでしたら」
納得してなさそうな表情だったが、俺の要望ということで何とか飲み込んだようだ。
「それでは準備しますね」
「よろしく」
そう言ってアルシアたちは部屋を出て行った。
とりあえず、面倒事は避けておこう。
俺は扉のほうを見やりながら一人物思いにふけった。




