7話 魔法技術の違い
※2025/11/29 改稿しました
手始めに魔法の説明を始めることにした。
「回復魔法の習得は、魔力循環さえできれば比較的簡単だ。体内の魔力の流れを感じ、損傷部分を魔力で元に戻してやればいいからな」
「元の状態、ですか?」
「そうだ。まずは全身に魔力を巡らせる。すると体の状態を把握することができるが、怪我とか病気とかの損傷があると、その部分だけ魔力の流れが滞ったり、ごちゃごちゃと迷路のように絡まったりする。それを正しい流れに――他の部位と同じ流れに戻してやればいい。回復属性の魔力であれば、流れを弄ろうとするだけで勝手に“活性”されるからな」
アルシアは小首を傾げて未だ呑み込めない様子だった。
「回復魔法か否かの違いはこの魔力による“活性”の有無で変わる。……実際にやってみる前に、とりあえず全身に魔力を循環させて現在の状態を覚えておけ。回復魔法はその後だ」
「わかりました」
頷いた彼女は目を閉じ、神経を集中させる。
静かな吐息を漏らしつつ、ゆっくりと、それでも着実に己の魔力を動かしていた。
しばらく見守っていると、徐々に慣れてきたらしく循環速度が緩やかに上がる。
まだ末端まで行き届いていなかったり、途中の経路をすっ飛ばしたりしていたが、初めてにしては上出来だった。
十分ほど掛けて全身を二週巡らせたアルシアが目を開く。
「どうだ?」
「朧げですが、何か掴めたと思います」
「今はそれでいい。次なんだが、今度は自分に回復魔法を掛けてみろ。それで違いが判るはずだ」
「えっ!?」
驚くアルシア。
老人や侍女も険しい表情で俺を睨みつけていた。
「何か勘違いしているだろうが、別に体にナイフを刺せとは言わない。手っ取り早くできる損傷があるだろ」
「それは如何様でしょう?」
老人が未だ咎めるよう詰問する。
「筋トレだ。あれも肉体の損傷の範疇だからな」
俺の回答で、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする三人。
ややあって気恥ずかしそうに目を逸らしていた。
「……大変失礼いたしました。おっしゃる通り、筋肉痛も怪我のうちですな」
「やるなら手だけ、足だけと絞ったほうがいい。全身筋肉痛だと、始めのうちはどこが正常で、どこが損傷かの判断がつき難い。経験者曰く、手のほうが普段使うからか、割かし分かりやすかったそうだ」
「なるほど。それでは私も手から始めてみます」
納得したアルシアが挑戦する前に場所を移すとのことで、一度部屋から退出した。
◆◆◆
着替えたアルシアと訓練場のような場所に移動した。
ここはダンスとかの稽古に使う場所らしく、広さのわりに何も置かれていない木目の床が広がっていた。
たかが筋トレだけとはいえ準備の柔軟を行うらしく、その傍ら、他の魔法の説明を求められた。
「こっちはどうか知らんが、俺たちの認識では属性には基本となる型のようなものが存在する。己の魔力を属性に対応した型へと変化させて初めて、火の矢だったり、風の刃だったり、水の球だったりが作れる。それぞれの魔法は模様を描くことで発動できる。その模様を崩したり、重ねたり、付け足したりして強化するといった感じだ」
「基本の型とはどういったものですか?」
「説明が難しい。というか、実質不可能だな。基本四属性も特殊属性も、生まれながらの適正に依存しているから、伝えて模倣したところで発動しない」
俺の説明で動きを止めて目をぱちくりとさせていた。
「……魔法って魔法陣に魔力を流せば発動しますよね? 属性が関係するとは知りませんでした」
「いえ、お嬢様。魔法陣は一部を除けば属性は関係あります。しかしながら、どの属性の魔法陣であっても発動はできます、効果は幾分か落ちますが。私共の魔法属性は、得意とする魔法という意味合いが強いです」
となると、端から魔法体系が別物だな。
「こっちは本人の意思一つで扱う属性は変えられるが、得意不得意はまた別の話だな。適性がなければどうしようもない」
「えっと、この場合、私はどうなのでしょうか?」
「分からんが、アルシアの魔法適正は回復魔法だけだ。後は身体強化が使えるぐらいだな」
「残念です」
言葉とは裏腹に、口元は緩み、柔らかな声が返ってくる。
嬉しそうな彼女は再び柔軟を始め、練習への意気込みを見せた。
準備を整え立ち上がる。
目を輝かせ、次の指示を心待ちにしていた。
「とりあえず、疲れが溜まるまで腕立て伏せをしろ。その後、さっきみたく魔力を巡らせて状態を確認し、おかしな部分の流れを戻そうと動かしてみろ。何度かやっていれば感覚を掴めるはずだ」
「わかりました」
少し離れて腕立てを開始する。
傍に侍女がついて応援していた。
俺はその様子をぼんやりと眺める。
「……魔力視なるものは、いつ頃会得できるものなのでしょう?」
そっと近づいてきた老人が、小声で俺に尋ねる。
練習風景に目を向けたまま、ぽつりと零していった。
「他人の魔力を感じられるようになってからだ。魔力操作を鍛え、相手から溢れる余剰魔力を感じ取れるようになった状態を指すが……まぁ数か月は掛かるだろうな」
「それは、どなたでも習得可能なのでしょうか?」
「あぁ、よっぽどの魔力操作下手でもできていたからな。もちろん、読み取れる情報の多さや精度は魔力操作力に依存するがな」
「……なるほど。そちらの魔法技術は、大変優れたもののようですね」
「どうだかな」
どちらもアルシアを見つめたまま会話を続ける。
「で、できました!!」
アルシアの喜びの声が響き渡る。
先ほどまでプルプルと震えていた姿が嘘のように、今は回復魔法の成功で飛び上がっていた。
「できましたよ、ゼイン様!! 私、私――」
勢い込んで眼前まで迫ったアルシアだったが、温かく見守っていると、ふと冷静になったようで、顔を真っ赤にして走り出した。
「もう何度か腕で試してからのほうがいいぞ」
走る背中に言葉を掛ける。
なぜかため息をついた老人が椅子をすすめてきたので大人しく座る。
ちょうどいいとばかりに、先ほど老人から手渡された魔法の教本に目を通すことにした。
◆◆◆
どうやら魔法の入門書のようで、巻頭には「魔法とは何か」と記されていた。
ページをぱらぱらとめくっていると、書かれた内容に思わず眉をひそめる。
・・・・・・・・・
――“魔法”とは、魔力を捧げ空想を現実にする行為である。
魔法の発動には主に二つの方法がある。
一つは詠唱。
素早く正確に定められた呪文を唱えることで、より強力に発動が可能である。
もう一つは魔法陣。
呪文を陣に描くことで、数多の魔法を行使可能である。
また、発動者のイメージが最も重要であり、イメージの鮮明さによって魔法の強度が異なる。
・・・・・・・・・
始めから頭の痛いことが書いてあった。
まったく共感できない。
よくこれで魔法が発動できるものだ。
詠唱なんて補助にこそなれ無用の長物だし、魔法陣に至っては理論が破綻したものが多い。魔法文字とかいう変な記号が必要とされ、その解読が魔法の真髄に至るとか訳の分からないことが書かれていた。
正直、ここで読む気は失せていたが、仕方なしに読み進める。
次に目についたのは、魔法の属性についてだ。
・・・・・・・・・
――基本属性である火・水・風・土・無。そこに、上位属性たる光・闇を加えた七属性が魔法の基本となる。
数多の魔法はこの七属性を組み合わせてできる複合属性に分類される。
例として、有名な“転移魔法”は光と闇、風と土の四種複合属性である。
・・・・・・・・・
光と闇が他より優れた書きぶりだった。そして、強力な複合属性はいずれかが必要だとも。
これに関しては失笑を禁じ得ない。
俺は転移を使えるが、光や闇、土、風属性に一切適性はない。
知る限り向こうでも、転移が使えたとしてその四属性すべてに適性がある奴なんてほとんどいなかった。
あっちの属性は基本と上位は四属性ずつ、他はすべて特殊属性として他の属性との関係性はあまりない。
転移は一つの属性ではなく、空間魔法の一部、その中の魔法という位置付けだった。
読み進めても得られるものはあまりない。
一部気になったのはあった。それは「血統魔法」と呼ばれる特殊な魔法。
これは血筋によって扱えるらしく、それ以上のことは載っていなかった。
「如何でしたか?」
読み終え本を閉じたところで、老人から声が掛かる。
「見るに堪えん」
「……そこまでですか」
「正直、期待してはいなかったが、ここまで使えんとは思わなかった。防諜とか足りないだろ、これ」
「そちらは専用の魔道具を使用しております」
「自分たちで作れるのか?」
「……製作した物もございますが、多くは迷宮遺跡で発見された物にございます」
そんなことだろうと思った。
よくこれで今まで生き残れたものだと、呆れ果てる。
魔力視がないことといい、魔法に関してはだいぶ杜撰だと感じた。
「なら、今度はその迷宮遺跡とやらについて書いてある本があると助かる」
「承知いたしました」
向こうの魔境に似たものかと思っていたが、そう単純な話ではないのかもしれない。
なんてったって、魔境で魔道具が見つかることはないのだから。
◆◆◆
考え込んでいる間にも、アルシアの特訓は進む。
最初に比べれば魔法の発動も早くなり、魔力操作も安定している。
今ので成功は五回目だ。
「そろそろ休憩を挟んでおけ。魔力循環同様、やりすぎも良くないからな」
「わかりました」
素直に頷くアルシアの頬は僅かに赤い。
あと五、六回は挑戦できるだろうが、成功率が三割ぐらいの現状では次の成功までに魔力酔いを起こす可能性があった。
侍女がお茶の用意をする中、俺は次の練習方法について話し始める。
「自分を回復させることに慣れてきたら、今度は小さな傷を治す練習だな。針を指に差してそれを治す、それだけだ」
「初めから針を使わなかったのはどうしてでしょうか?」
「慣れないと小さな損傷が見つけ難いからだ。筋肉痛は損傷が割と大きいからな、分かりやすさを優先しただけだ」
「……他の者が代わりとなってはいけないのでしょうか?」
説明していると、お茶を淹れ終わった侍女が遠慮がちに口を挟む。
「ダメだな。他人の怪我を治すほうが難易度は高い。針の次でその練習をするが、必要になる魔力操作の腕がそこから一段階上になる。下手な癖もつきやすくなって細かな魔力操作ができなくなる恐れがあるな。……病気の治療には、緻密な魔力操作力が必要になってくる」
最後の説明でアルシアは侍女の案を却下した。
「リタ。心配は嬉しいけど、私は上達したいのです。できることならすぐにでも」
「……お嬢様」
決意に満ちた瞳で侍女を見つめるアルシア。
そんな彼女を侍女はどこか思いつめた表情で見つめ返していた。
「とりあえず、今は魔力循環で魔力操作を鍛えることだな。目安はさっき言った通り。そのうち魔力量も増えてできる回数も時間も伸びるだろうから、それまでは我慢することだ」
向き直ったアルシアが微笑みながら返事をする。
そこからはゆったりと雑談をしながら休憩していた。
「……そういえば、教本を読まれていたようですけど、気になることはありましたか?」
ふと、思い出したようにアルシアが疑問を呈する。
「気になったのは血統魔法と迷宮遺跡ぐらいだな。他は興味ない」
「そうですか……。血統魔法を扱える方は少ないですし、迷宮遺跡に至っては研究もされていますが、確かなことはなにも。基本的なことでしたらお教えできるのですが……」
申し訳なさそうに謝るアルシアへ、気にするなと告げる。
「どっちも機会があれば……ぐらいで、そこまで興味がある訳じゃない。本も頼んだことだしな」
曇った表情を変えるべく、魔法技術の差について説明した。
「……そこまで違うのですね」
「あぁ、俺の認識では光も闇も他の属性と大差ない。優位性も特にないし、扱う人間の技量次第で変わるだけだな」
感嘆を漏らすアルシアに肩を竦めて答えた。
「属性の有利、不利はないのですか?」
「しいて言えば程度で技量依存だな」
「魔物相手に立ち回るときに気を付けると聞いたのですが、ゼイン様の世界は違うのですか?」
「魔獣はそんなの関係ないな。向こうの使う魔法も同属性で問題なく相殺できるし、こっちみたく火魔法に風魔法を当てたところで減衰されることもない」
教本には、火は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は火に強いと書かれていた。
弱点の相手には効果は絶大で、反対に弱点を衝かれると効果が低下するとも。
前の世界ではそんな考え方はない。せいぜい二次被害の対策用に物理現象をなぞるぐらいだった。
魔獣に関しても全く関係ない。見た目から属性が分かることもないし、使った魔法に対抗する属性を放ったところで強烈に効いたとは耳にしたことがない。
……こういう差異を突きつけられると、やっぱり別世界なのだという実感が湧いてくる。
「迷宮遺跡なんて代物もないしな」
「えっ!? それでは魔道具はどうされているのですか?」
「自分たちで作った物だけだな。迷宮遺跡から見つかる魔道具がどの程度か知らんが、今まで見た魔道具よりは格段に使い勝手はよかったぞ」
あのヘンテコなガラクタや骨董水晶に比べれば、どれも優秀に思えるものばかりだった。
「ただ、魔力検知に力を入れ過ぎて、割と不自由していたみたいだな」
「そうなのですか? 具体的には――」
魔道具や魔法に関して食いつきのいいアルシアの疑問に答えながら、のんびりとした時間が過ぎていく。
休憩を終え再び練習に戻った後も、時折世間話に興じながら過ごした。
俺の予想に反して、アルシアはその日のうちに回復魔法を七割近く成功させていた。
そのことを伝えると、再び舞い上がり耳まで赤く染めた彼女の姿を見ることができたのだった。
本の内容抜粋って表現、これで伝わりますかね?
試行錯誤中です。




