47話 魔法のお勉強 その2
説明の関係で記号を使っています。
ルビは正式名称ではなく、口頭で伝えるなら、という意図で入れてますので、あしからずご容赦ください。
休憩というには少しばかり長く時間を費やしたことで、魔法の話は馬車の移動中に持ち越しになった。実演や練習はまた今度の休憩にすることにして。
「この魔力量の数字って、どうやって分かるんですか?」
メモを眺めていたアルシアが、おもむろに質問を口にする。
リタやセルマも耳をそばだてていた。
「これ? 少し前に魔道具で魔力量を数値化するっていうのがあったのだけれど、それを基準に体感で判断していたわ。本当は一桁まで表示されるのだけれど、私は百単位ぐらいでしか分からないのよ。――ゼインはどうかしら?」
魔道具と聞いた時点で自分たちの習得は困難だと思った。
一縷の望みにかけてゼインを見るが、彼は首を横に振っていた。
「そもそも俺は、その手の魔道具が使えない。許可証の発行の時はまだ数値化されてなかったが、あの水晶も反応なかったしな」
ゼインの時は水晶の色で魔力量を測っていた。
白がランクD相当、緑がランクC、青がランクB、赤がランクAといったように。
ざっくりと、ランクDが百から、ランクCが一千、ランクBが一万、ランクAが十万と区分されていた。
必ずしもその限りではなかったが、一つの目安として、そうなっていた。
「その割には上級魔法の魔力消費量を知っていたみたいだけれど?」
「情報だけは耳にしていたからな。たしか、初級魔法で数十、中級が数百、上級が数千だったはずだ」
「当たり。まぁ、魔力操作や工夫次第で消費量は減らせるのだけれどね」
二人の会話に感心したような声が零れる。
ふと、好奇心でアルシアが尋ねた。
「お二人はどのぐらい魔力をお持ちなのですか?」
「私? 私はだいたい三〇万ね」
「凄いです、百倍もあるのですね!」
アルシアは目を丸くして感嘆の声を上げた。
その様子を微笑ましく見ながら、ゼインに水を向ける。
「貴方はどうかしら? 偽装しすぎて私じゃ読み取れないのよ」
馬車の中にいる全員の目が集まる。
「ざっくりとだが、俺はネリーの三割程度だぞ」
「「「「えっ!?」」」」
全員が仰天して、大きな声を上げる。
キエラの衝撃が一番大きく、ゼインをまじまじと眺めている。
その言葉が本当であれば、ゼインの魔力量は百程度しかないことになる。
「そんなに驚くことか?」
「……いえ、だって――。えぇ……?」
言葉が見つからず、キエラの口は迷走する。
「その……、あれほどの魔法の数々を見せられると、信じられないのですが……」
おずおずとアルシアも言い淀む。
「あぁ、そういうことか。――前にアルシアには言ったが、俺は工夫して魔法の威力をあげている。その他にも色々あるが、一番は“理力”を使っていることだな」
「理力? 聞いたことないわね」
キエラが知らないのであれば、アルシアたちは知る由もなかった。
「廃れた流派の技術だからな。それで魔力を補ってる」
「そうだったのね。その理力ってどんな力なのかしら?」
「魔力とそこまで違わないが、自然のエネルギーを取り込んで力に変えている。――確か、万理道の謳い文句で“十年真面目に修行に励めば誰でも使えるようになる”とかなんとか言ってたかな」
ゼインの言葉でアルシアたちの目の色が変わる。
「それはどうやったら習得できるのですか?」
「気になるわね」
アルシアやキエラが期待の眼差しを向けるが、ゼインは残念そうに肩を竦めた。
「悪いが、習得方法は分からない。資料も何もかも紛失してたから、知る術も無かったしな」
「あら、貴方なら一度視れば、それなりに推察できると思っていたのだけれど」
これまでの噂や実績から、ゼインであれば出来ると踏んでいたキエラが意外そうに尋ねる。
「今なら分かるかもしれないが、当時はまだ拙くて何されたのかも把握してない。少し甘い匂いのするお香を焚いた部屋で、薄着のまま過ごしてたぐらいしか記憶にない」
「そうなの。でも、自分で使っているんだから、そこから分かったりしないのかしら?」
なおも食い下がるキエラに、少し考えたゼインが唐突な質問をした。
「キエラ、お前魔道車の運転は出来たか?」
「えぇ。免許も持っていたけれど、それがどうかしたのかしら?」
「じゃあ、一から作れるか?」
「あぁ、そういうことね。――もちろん無理だわ。魔法回路は真似できるかもしれないけれど、全く一緒にはならないでしょうし、部品なんかもよく覚えていないから似た物が出来上がっても動かないか、最悪爆発するかもしれないわね」
多少気になって、分解して魔法回路を確認したことのあるキエラであっても、他の細かな機構を覚えていなかった。
アルシアたちにも理解しやすいように、キエラが補足する。
要は、普段使っている魔道具を、何も見ずに一から作れと言われているようなものだ。
専門にしている人でない限り、大抵の人には不可能である。
キエラの説明できちんと理解できたアルシアたちは、残念そうに肩を落とした。
「……さらに強くなれるかと思ったのですが」
「そうね。残念だけど、地道に魔法を極めるしかないわね」
結局はキエラのその一言に尽きた。
「理力は魔力同様、相性もあるからすぐに力を手に出来る訳じゃない。精々が既存の魔力以外に力を溜めて置けるってぐらいだな。……一応、適性があれば空間魔法を扱えるようになるって利点はあるがな」
「空間魔法限定なの? 他はダメなのかしら」
「理力を使った技を“理術”って呼んでいたが、どれも空間魔法に相当するものだけだったはずだ。俺自身、いくつか見せてもらっただけだから、もしかしたら他にもあるのかもしれないが……。知ってる範囲は全部そうだな」
「適性がなければ、その理術は扱えないのですか?」
アルシアの疑問にゼインは首を振った。
そこが魔力と違うところだ、とゼインは説明を重ねる。
「理力は何段階かに分かれているんだが、最初の初期状態にさえ到達できれば一応理術を使える。そこへ到達するまでに人によって長さがばらばらで、長いと十年近くかかるらしい。その初期状態になるかどうかを適性のあるなしと言っていただけだ」
紛らわしくて悪いと告げるゼインに、アルシアも早合点しただけと互いに謝る。
「益々会得出来ないのが残念ね。かなり有用な技術じゃない」
「まぁな。それに、格闘技術も教えていたから、それだけでも十分ためになる」
「ゼイン様の格闘技術もそちらを踏襲されているのですか?」
お茶の用意をしていたリタが、手渡すタイミングで質問を投げかける。
「……いや、俺は基礎の基礎しか習ってない。ベースは万理道の物だが、そこからはほぼ我流だな。いくつかは見よう見真似で再現しているが、正直別物だろうとは思っている」
「……そうだったのですか。――不躾な質問を申し訳ありませんでした」
心苦しそうな表情を浮かべるリタに、「過去のことだ、気にするな」とゼインはぶっきらぼうながらも、優しい声音で告げる。
「そちらの魔法について、もっと教えていただけますか? 以前、ゼイン様には属性によって型があるとお聞きしたのですが、そこからどうやって魔法を発動されているのですか?」
空気を変えるように、明るい声で手を叩くアルシア。
意図を汲んだキエラも説明に乗り出す。
「間違ってはいないけれど、説明不足よ、ゼイン」
そう言って、魔法で黒板を作り出すと、アルシアたちに向かって説明するのであった。
◆◆◆
「――大前提として、魔法を発動させるためには特定の“紋様”を魔力で描く必要があるわ。例として『火球』にするけれど、こんな感じね」
キエラは黒板に「火球」の紋様を書き写す。
白線で描かれたそれは、ちょっとした幾何学模様で、この世界の魔法陣に似た雰囲気があった。
「魔法陣みたいですね」
「あら、似たようなものがあるの?」
「効果は違いますが、こちらでも魔法陣を使って魔法を発動させる技術はあります。今描かれたものに比べると、複雑怪奇でごちゃごちゃとしていますが」
「キエラ殿の描かれた紋様は、整っていて綺麗な印象があります」
魔法談議で盛り上がる女性陣を尻目に、ゼインは窓の外を眺めていた。
こういった話には乗ってきそうだったのに意外だと思いつつ、キエラは説明を続けた。
「なら、話は早いかしらね。後はこの紋様通りに火属性の魔力を流せば発動できるわ。ただし、他の属性の魔力じゃ発動しないわ」
「そうなのですか? 魔法陣は魔力さえ流せば発動できたと思うのですけど――」
アルシアがリタに視線を向けると、肯定するように首を縦に振る。
「そうなの? ……後で魔法陣を調べてみないと何とも言えないわね。――とりあえず、私たちの紋様はそういうものだと思ってもらってもいいかしら?」
「分かりました」
素直に頷くアルシアたちを見て、少しだけ説明を考えることにしたキエラは、一度黒板に書いた紋様を消し去る。
「そもそも、魔力の属性についての考え方から説明するわね。私たちにとって魔力とは、属性によって形の異なった模様をしているって認識なの。例えるなら、火は△、水は〇、土は□、風は~って感じにね。それで、さっきの『火球』の紋様だけど、これは☆を描くようなものね。△五つで描けるでしょ? でも、他じゃどうやっても難しいわよね」
黒板に描かれたマークを見比べて、アルシアたちは感激したような声を漏らした。
「これが魔法に対する基本的な考え方ね。この『火球』をベースに、色々と手を加えてオリジナリティを出していくと、威力や規模、魔力消費とかが変わっていくのよ」
「手を加えるって、具体的にはどうするのですか?」
「分かりやすいので言えば、重ね掛けや回転、後は形を歪めるかしらね」
お手本を示すように、キエラは☆を少しずらして重ねて描いたり、向きを一八〇度回転させたり、上に引っ張られたようなほっそりとした☆を描いたりして見せる。
「引き伸ばしてもいいんですね」
「原型を保っていれば問題ないわ」
キエラの言う通り、紋様でも同じことが言えた。
基本の型さえ残っていれば、どれだけ原型がないほど改造されていても問題なかった。
アルシアたちが魔法に慣れた後になったが、実はこの紋様、他の紋様と組み合わせることも可能だとキエラは説明した。魔力の属性さえ合っていれば自由度は高い、と。
一度アルシアたちの顔を見渡し、話について来れていることを確認したキエラが説明を続ける。
「――上位属性だけれど、これも似たような考え方なのよ。さっきと同じ例えをするなら、炎は♢、氷は◎、地は▣、嵐は≋ね。♢であれば☆も描こうと思えば出来るでしょ?」
「本当ですね……」
目から鱗が落ちたように、アルシアが感嘆を漏らす。
以前のゼインの説明を聞いていたリタも同様で、初耳のセルマに関しては言うまでもなかった。
どうにかして☆の外枠だけを描こうとしていたセルマに「必要なのは外側の線部分だけだから、中に幾つか線が入っても関係ないのよ」とキエラが補足した。
「で、特殊属性だけれど、これはもう様々。例えられるほど簡単な模様はしてないわね。ゼインの使う空間魔法なんてその最たるもので、魔力の形からしてさっき見せた『火球』くらい複雑よ」
「重力はどうですか? ……あと影も」
食い気味なセルマの気持ちは理解できた。
身体強化しか使えないと思っていただけに、気が急いだのだろう。
アルシアも似たような思いを抱いたことがあったので、微笑ましそうに見つめる。
最後に申し訳程度に添えられた言葉で、余計に気恥ずかしそうにしていた。
「影魔法より重力魔法のほうが難しいけれど、空間魔法ほどではないわ。どっちも見たり感じたりできる分、習得はしやすいもの。私が使えるっていうのも大きいわね」
キエラの説明にセルマはほっと息を吐いた。
「やっぱり使えない魔法を教えるのは難しいものですか?」
「そうよ。どうしても感覚に頼る部分が出てきちゃうから、お手本を見せられないっていうのは難易度が高いのよ」
そういう意味では、ゼインの教え方が上手だったのかとアルシアは思った。
しかし、他の属性の説明は本当にざっくりとしていて、漠然とした理解しかできなかったので、何とも言い難い。
それと比べるとキエラの説明は丁寧で解りやすかった。
「魔力を鍛えるには“魔力循環”がいいって聞いたのですが、他にもありますか?」
「う~ん、他には気絶するまで魔力を使ってもいいけれど、魔力循環のほうがおススメね。量だけあっても仕方ないのよねぇ。操作が覚束ないと、魔法戦はまず負けてしまうわ。一部例外もいるけれど、操作の上手いほうが勝つし、何といっても使える魔法が増えて便利よ」
そこはゼインとキエラは同意見のようだった。
近道はないと知り、少しだけ残念そう眉を曲げる。
「アルシアはまだまだこれからよ」
「……そうだといいですね。魔法が使える回数は増えたのですが、どの程度なのかいまいち分からなくて……」
苦笑するアルシアに、魔法を覚えたてじゃ仕方ないとキエラが慰めの言葉をかけた。
「――アルシアはちゃんと成長しているぞ。初めに会った頃より、魔力量は倍近くになっているからな」
今まで顔を背けていたゼインが、首を回してアルシアを見据える。
突然の称賛の声にアルシアは目を丸くした。
魔法を使えるようになってから、ゼインの教えに従って毎日のように魔力循環をしてきたアルシア。
多少は魔力が増えている実感があったが、ゼインの口から客観的事実として告げられて、徐々に嬉しさがこみ上げる。
「――よかったじゃない」
「はいっ!!」
キエラの穏やかな笑顔に、アルシアは花が綻ぶように笑って答えた。
本当はその2で終わるつもりでしたが、その3までかかりそうです。
まだ書き途中ですが、きっと、恐らく、たぶん……。




