44話 冒険者ギルド、カミロ支部
街の中に入ると、領都という割には閑散としていた。
大通りや広場には屋台が軒を連ねていたが、いくらか空きが目立つ。
冒険者ギルドへと向かいながらゼインはアルシアに問いかける。
「この前手に入れた荷物はどうするつもりだ?」
盗賊を狩っていると、時折貴族の紋章が入った荷物が手に入った。
落とし物か、はたまた略奪品か――。
経緯は不明ではあるが、捨て置く訳にもいかずに集めていた。
中にはここゴルジ子爵の物まであった。
「そうですね……。出来れば子爵にお渡ししたいところですが、無用なトラブルは避けたいところです。ひとまず冒険者ギルドで情報を集めてからですね」
手に入れた物資の換金も冒険者ギルドで行うことにしていた。
商業ギルドのほうが高く引き取ってもらえる可能性はあったが、報告やら依頼の確認やらで手間を惜しんだ結果だった。
冒険者ギルドに着くと二手に分かれた。
報告や情報収集班と物資の売買班。
ゼインが荷物のほうへ行こうとすると、アルシアが首根っこを捕まえて報告班に連れて行く。
リタがアルシアの後に従ったことで、必然的に他三人がもう一方の担当となった。
◆◆◆
アルシアたちはまず始めに、受付に顔を出した。
「すみません、少し相談事なのですが――」
担当した受付嬢ははじめ、困惑の表情を浮かべていた。
それもそのはず。
ここから北に一〇〇キロほど離れた場所の討伐依頼について聞かれたのだから。
冗談か冷やかしかと思っていたが、目の前の少女はどこからどう見ても、いい所のお嬢様。下手な対応は出来ないぞ、と内心気を揉んでいると、ギルドカードと合わせて討伐証明をカウンターに出された。
断りを入れてから手に取ると、驚きのあまり手元のカードと少女を何度も見返した。
「し、失礼しましたッ! ご用件についてはすぐにお答え出来かねますので、少々お待ちくださいませ!」
小声で叫ぶという器用な真似をしながら、身をガチガチに固めた受付嬢はそそくさとその場を離れる。
この時、アルシアたちが幸運だったのは、担当した受付嬢がアルシアの名前と身分をたまたま知っていたことだった。
本来であれば、裏面の模様を確認しなければ分からないものだった。その確認も、幹部クラスでなければ出来ないことだったので、もう少し手間がかかっていたはずだ。
待たされること数分。
戻ってきた受付嬢が別室に来てくださいと案内する。
後をついて行くと、部屋には中年の男性が待っていた。
「初めまして、アルシア殿下。私はここカミロ支部の副ギルドマスターを務めております、トラヴィス・レイニーと申します。生憎とギルドマスターは不在でして、代わりに私がご用件をお聞きします」
トラヴィスと名乗った男性は、挨拶の物腰は柔らかく、多少腹が出ている姿からは元冒険者には見えなかった。
「ご挨拶ありがとうございます。ご存じの通りですが、今は一介の冒険者“アルシア”としてこちらに顔を見せただけですので、畏まらなくてよいですよ」
「承知しました。では、アルシア様とお呼びいたします。私のこともトラヴィスと呼び捨てで構いません」
「わかりました。では、トラヴィスさんとお呼びしますね」
挨拶を交わしたところで、アルシアは本題に移る。
「こちらにお邪魔したのは二つお願い事があったためです」
「何でしょう。可能な限り便宜を図ります」
トラヴィスはゼインにちらりと視線を向ける。
どうやらゼインの素性も知っているようだった。
彼の態度に苦笑をしつつ、当人が関わることであったので、話が早くて正直助かっていた。
「ひとつめは討伐依頼の確認です。このカミロから北に約一〇〇キロ離れた森の中で、レッドボアの群れを倒しました。討伐証明は先に提出した通りなのですが、他のギルドで依頼が出されていた場合はどうするべきなのかと伺いたかったです」
「……なるほど。依頼のほうは後ほど確認しますが、依頼が出されていなければ純粋な魔物の討伐となりますので、幾ばくか貢献度のプラスと討伐証明分の賞金をお支払い致します。依頼が出されている場合は、依頼の取り下げ処理をこちらで行います。この場合も貢献度のプラスと報酬をお渡しします。……問題は他の冒険者が受領していた場合ですが、図らずとも依頼を横取りした形となりますので、貢献度のプラスは無し、達成報酬もお渡しできません。罰金等は無いですし気付かれないとは思いますが、元々依頼を受けた冒険者の恨みを買うことがありますのでご注意ください」
アルシアの質問に、トラヴィスは流れるように説明を続ける。
三パターンのいずれかになるとの言葉に、ほっと息を吐く。
「お手数ですが、確認をお願いします」
「すぐ手配しましょう。……もう一つとはどういったご用件でしょう?」
つらつらと指示を書いた紙を先ほどの受付嬢に渡す。
受け取った受付嬢は礼をして退出していった。
それを見届けると、アルシアが用件を切り出す。
「本来であればお門違いとは思いますが、こちらを子爵様にお渡し願えませんか?」
アルシアの合図で、後ろに控えていたリタが剣を一振りテーブルに置く。
柄の部分に子爵家の紋章が入った剣を見たトラヴィスが眉を上げた。
「これはどちらで?」
「盗賊が持っていました。子爵領に入ってからは盗賊によく襲われていたのですが、その中の一団が所持していました」
他家の貴族の物品もあるとアルシアが告げると、僅かにほっとした顔を浮かべたトラヴィス。
慌てて取り繕うも、アルシアたちには嘘をつきたくなかったのか、お恥ずかしいながら……と前置きをしてから語りだした。
「――実はこのところ、子爵家の武器の横流しが相次いでいるのです。代替わりして間もない時分にこうした騒動がある所為もあり、現当主を疑問視する声が上がっておりまして……。そちらの剣を持っていた盗賊はそれだけでしたでしょうか?」
「はい。とはいえ、この剣を持っていた一団は妙に装備が良かったですね。剣はこの一振りだけでしたが、いくつか気になる物を持っていました」
「これは……」
アルシアが差し出した物を見て、険しい顔をするトラヴィス。
十分な時間を置いた後、アルシアが口を開く。
「他の貴族の品々と一緒に、盗賊からの拾得物としてお渡しいただけませんか?」
「私としては構いませんが、よろしいので? アルシア様からお渡しすれば、鞍替えするかもしれませんよ」
トラヴィスの言葉にアルシアは静かに首を振る。
「私はすでに王位継承権を破棄した身。これ以上関わるのはよくないでしょう」
「おや、ご存じないのですか? 先月からゴドフリー殿下が病気で療養することになったそうで、リチャード殿下が王太子最有力となりましたよ」
「そうなのですか!?」
驚きに目を丸くしたアルシアが、振り返ってちらりとリタを見る。
目が合ったリタは小さく頭を振った。
小声でアルシアは「叔父様、隠していたんですね……」と漏らす。
実は、辺境伯は事の顛末をリタたちにも秘密にしていた。
蹴りを付けたとだけ伝え、詳細は教えなかった。
病気療養が噂され始めたのが一か月半ほど前から。
辺境に届いたのはその一か月後の話だった。
アルシアたちが冒険者稼業に勤しんでいたこともあって、情報を耳にする機会が無かった。
「ここの貴族って、派閥的にはどこなんだ?」
今まで黙っていたゼインがおもむろに疑問を口にした。
「ゴルジ子爵は貴族派――第一王子派閥ですよ、ゼインさん」
「……先ほど最有力と言われていたリチャードお兄様のことです」
トラヴィスの説明にぴんとこなかったゼインに、アルシアが小声で耳打ちする。
「あぁ、あのぼんやりとした女の息子、だったか?」
ゼインの表現に微妙な笑いを浮かべるトラヴィス。
アルシアは「ぼんやり……?」と思案顔だった。
「――と、兎に角、アルシア様のご懸念は心配ないかと思われます」
微妙な空気を断ち切るようにトラヴィスが声を上げた。
「……いえ、それでも冒険者ギルドからお願いします。無用な心配事は抱え込みたくはないので」
「承知しました。ご随意に致します」
逡巡を見せたアルシアだったが、すぐに首を横に振って意志を固める。
そんな様子にトラヴィスは恭しく頭を下げた。
◆◆◆
討伐依頼の確認を終えた受付嬢が戻ってきた。
他のギルドに確認を入れたところ、討伐依頼自体はあったそうで、取り下げ申請を行ったという。
念のため確認するので、その分の費用を抜いた報酬になるとのことだった。
「この度は他ギルドの依頼まで、ありがとうございました。この後はどちらに行かれる予定なのですか?」
下で盗賊からの戦利品を売った金額と合算して持ってくるとのことで、一旦受付嬢が席を外す。
待っている間、雑談とばかりにトラヴィスが予定を尋ねる。
「私たちはこのまま東へ進み、迷宮都市を目指すつもりです」
「ほう、迷宮都市ですか。冒険者として一度は行ってみたい場所ですな。――ところで、何かついでの依頼を受けるつもりはありませんか?」
目的地を聞いたトラヴィスが、唐突に話を振ってきた。
意図が読めず、笑みのまま無言を貫くアルシア。
そんな様子にトラヴィスは相好を崩して裏はないと告げた。
「ただのお節介ですよ。仔細はお聞きいたしませんが、相当お荷物を持ち運べるご様子でしたので、運搬系の依頼は如何かと。ランクやお金に困った様子もありませんが、余裕があるのでしたら、受けていただけると当ギルドとしても大助かりなのです」
苦笑しながら内情を告白した。
最近の盗賊被害の所為で流通が滞り気味なのだとか。
食料や日用雑貨などの価値の低い物はそこまで影響はないのだが、貴重品や素材系などの価値の高い物の運搬を渋る傾向があり、なかなかと倉庫を圧迫しているとのこと。
改善される見込みがあるとはいえ、ここまで盗賊から荷物を守れた実績があり、尚且つ大量に運べるならばそれに越したことはない。
下でキエラが偽装したところで、売った量が量である。かなりの積載量だとは勘づかれていた。
笑って誤魔化したアルシアにトラヴィスは全く言及してこなかった。
「……重い物や急ぎの物であれば引き受けます」
「ありがとうございます。こちらとしては大変助かりますので、いくらか色を付けておきますね」
結局、いたたまれなくなったアルシアが運搬の大変そうな物だけと言って、依頼を引き受けることにした。
お金を持ってきた受付嬢に再度指示を出したトラヴィスが、おもむろに口を開く。
「……これは独り言ですが、現当主の人柄は好ましく思っておりまして、そのまま地盤を固められると個人としても冒険者ギルドとしても助かります。……伯父のほうはお金にがめつく、領民を人と思っていない節がありましたので。このまま領内の盗賊がどこかの誰かにでも一掃されればな、と」
独り言と言いながら、ちらりとゼインに視線を寄越したトラヴィス。
「道中の安全確保だけ、だな」
「十分です」
素っ気なく告げるゼインに深々と頭を下げた。
「盗賊は皆殺しでいいか?」
「そうですね……。出来れば生かして捕らえていただけると助かるのですが、ご迷惑になるようでしたらその限りではありません」
「どっちでもいい。――どうする?」
どちらでも大差ないゼインがアルシアに決定を委ねた。
先程の話では無用な厄介ごとを避けたいと話したアルシアに、恩を売るかどうかと尋ねていた。
ゼインの意図を理解したアルシアは悩み顔を見せる。
しばらく黙って見守られていたが、ゆっくりと顔をあげた。
「……証拠はすでにありますが、多いに越したことはありません。恩を売るつもりはありませんが、同じ年頃の顔見知りのよしみでお力添えをお願いできますか?」
「了解。なら、入り口の前にでも転がしておくか。――あぁ、見せしめに何人かは殺す。それでいいな?」
アルシアの言葉に頷いたゼインが、盗賊の扱いを決める。
手を貸してくれる以上、トラヴィスに否はなかった。
「十分です、ありがとうございます」




