二章幕間2 便利な魔法使いと野暮な魔法使い
幕間なのに思ったより長くなりました。
太陽が沈み、辺りを赤く染め上げる中、リタたちは野営の準備をしていた。
今回が辺境伯を出発して最初の野宿だった。
普段の野営のように、薪の材料を探そうとするネリーとセルマをキエラが引き留める。
「燃料ならいらないわよ」
「どういうことっすか?」
質問に答える代わりに、指を軽く振ると地面に炎が燃え上がる。ご丁寧に薪に扮した装飾も施して。
「私の魔力で燃え続けるから手間いらずよ。この火も十二時間は持つように魔力を込めたから」
「便利っす」
「……調理も出来るのだろうか」
「えぇ。燃料が魔力ってだけで普通の焚き火と何も変わらないわ」
セルマの独り言を耳ざとく聞いていたキエラが答える。
もっとも、調理に関してはキエラの作った魔道具で、現在リタが作っているのだが。
「私もゼインもいらないのだけれど、夜には光があったほうがいいでしょ? 他の旅人へのアピールにもなるのだし」
普通の感性を持った人なら、暗闇の中、急に人に話しかけられるより、光源近くに人がいると分かってから話しかけられるほうが安心できる。
焚き火を作るという話題になった時、「いるか? それ」と言っていた、どこかの阿呆さんとは違う。
手持無沙汰になったネリーたちはリタの手伝いに向かう。
その背中を見送りながら、キエラはちょっとしたサプライズの用意に取り掛かった。
◆◆◆
夕食を終え、食器の片づけを始めるリタたちにキエラが声を掛ける。
「洗い物なら私がやるわよ」
「いえ、夜番をされるのですから、これぐらいは私たちで行います」
断ろうとするリタに、実演して見せると言って、自分の使った食器を洗い始める。
「おぉ! すごく便利っすね」
「見ていて気持ちいいです」
人差し指を立てた先には顔ぐらいの大きさの水球が浮かんでいた。
その中に食器類が入れられると、泡や水流で食器の汚れが見る見るうちに落ちていく。
ものの数十秒で綺麗になった食器たちがテーブルに並ぶ。
「どうかしら?」
リタが一言断ってから綺麗になった皿を取り上げて確認をする。
「――素晴らしいです」
水垢もなく、洗った後にしっかりと布巾で磨かれたような光沢を放つ食器に、思わずリタの感嘆の声が漏れる。
「繊細な魔法とお見受けするが、疲れないのだろうか?」
「そこまでじゃないわ。デリケートな魔法薬や精錬に比べれば、どうってことないわよ」
魔力もさして使わないし、とセルマの疑問にあっさりと答える。
結局、全員分の食器をキエラに洗ってもらうことにした。
調理器具はどうしたのかと聞くと、ネリーの出した水を桶に入れて洗っていたのだとか。
「今度からはそれも私が洗うわよ」
「よろしくお願いいたします」
手間暇を考えたら当然であった。
キエラの労力を考えて、今後は使用済みの食器や調理器具を水の入った桶に入れておき、溜まったら洗うことにした。
食後のまったりした時間。
寝る前に軽く体を拭くため、お湯の準備に立ち上がったリタにキエラが声を掛ける。
「お湯なら私が出すわよ」
「お湯もご用意できるのですか?」
「えぇ。――皆、ちょっと一緒に来てくれるかしら?」
怪訝な顔をしながら、キエラの後に続く。
木々の間を進んでいくと、その場には似つかわしくない石造りの小さな小屋と壁が現れた。
「まさか……」
誰ともなく驚愕の声が上がったが、キエラは笑みを深くして黙っていた。
小屋の中には幾つかの棚があるだけで、そこまで広くはなかった。
入り口の向かい側、小屋の奥にはもう一つ扉があった。
その扉をくぐりぬけると、そこには小屋の倍ほどの広さの池が広がっていた。
今は水が抜かれていて底が見えていたが、十人以上は足を伸ばして座れるぐらい広々とした浴槽だった。
「お湯はこれから張るけど、ちょっとした浴場を用意したわ」
自慢げに胸を張るキエラに、アルシアたちは感謝を口々に伝える。
旅の最中、大きな街でなければ湯あみは難しい。
いくら貴族や王族といえど、野宿ではお湯で体を拭くことが多かった。
専用の魔道具を取り揃えていても、精々一人がこじんまりと入れる程度。こんなに広々と、ゆったりとした湯船につかることは出来なかった。
「お湯の温度はこのぐらいでいいかしらね」
すぐさま指を一振りすると、広い浴槽の中にたっぷりのお湯が満たされる。
アルシアたちが手を入れて温度を確認する。
まだまだ暑い季節であったが、お風呂の温度は少し高め。好みの分かれる所であった。
「少し熱い気がします」
「それがいいんっすよ。体が火照っても外に出ればいいっすから」
「はしたないですよ。ぬるめのお湯にゆっくりと浸かったほうが健康にも良いですから」
「……私も熱めの方が好みです」
女性陣が姦しく意見を交わす。
考える仕草をしたキエラがもう一度指を振る。
「それじゃあ、こうしましょうか」
四つに分割された浴槽は、それぞれ違った湯気を立ち上らせる。
手前から低めのお湯が張られ、奥に行くにしたがって温度が高くなっていた。
「キエラさん、器用ですね」
それぞれに手を入れて温度を確認したアルシアが、感心して目を輝かせる。
「ありがと。このぐらいはまだまだ序の口よ」
嬉しそうに頬を染め、相好を崩す。
「嬉しいっすけど、こんな大掛かりな魔法を使って疲れないっすか?」
「大丈夫よ。このぐらいならまだまだ余裕ね。魔力も彼と戦った時の五分の一程度しか使ってないわ」
ここまで興味なさそうに眺めているゼインを引き合いに出しながら答える。
前の世界基準で考えれば、この規模の魔法は上級魔法一発分相当の魔力を消費している。
ゼインとの戦闘でも、キエラは自身の魔力を一割も使っていなかったので、彼女の魔力量は相当あった。
毎日用意しても支障がないと話すと、女性陣の目の色が変わった。
「……しかし、目立つ建物を残す訳にもいかないだろう」
いち早く正気に戻ったセルマが問題点を指摘する。
「あら、使い終わったら崩すつもりだから問題ないわよ。それを見越してそこまで強度は上げてないのだし」
それでも上級魔法を一発ぐらいは防げる強度を持ち合わせているのだから、キエラの技量の高さは伺えた。
あまりピンときてなかったが、その辺の魔物じゃ容易に崩せないと分かると、アルシアたちは安心する。
結局、お風呂の誘惑には勝てず、野営の時は毎回お願いすることになった。
◆◆◆
「ゼイン様、くれぐれも覗かないでくださいねっ!」
「あぁ」
眉を吊り上げて一生懸命に注意を促すアルシア。
素っ気ない態度に本当に聞いているのか怪しくなる。
「絶対ですからね! 分かりましたか?」
「あぁ」
先ほどと変わらぬ返事に、アルシアの目はどんどん据わっていく。
傍から見ると振りにしか見えなかったが、当人は真剣そのものだった。
「とりあえず、ゼインは馬車で待ってなさい」
キエラの忠告に素直に従って、その場から立ち去っていった。
「……本当に大丈夫でしょうか?」
「そこは信じるしかないわね。それともお風呂、入らない?」
その問いかけに逡巡するアルシアだったが、流石に入らないという選択肢はなかった。
小屋の中でそれぞれ服を脱いでいく。
魔法で服を作っているため、いち早く脱ぎ去ったキエラに全員の視線が集まる。
この場の誰よりも背が高く、すらりと伸びた手足。
透き通るような黒く長い髪で見え隠れしてるが、溢れんばかりの胸にほっそりとくびれた腰、肉付きのよいお尻と、同じ女性でも目が釘付けになっていた。
「どうかしたのかしら?」
不思議そうに振り返るキエラに、他の面々が気まずそうに目をそらす。
「……キエラさんの体型が羨ましいです」
自分の体に目を落としたアルシアの悲痛な呟きが零れる。
「お嬢様はこれからですよ」
慰めの言葉をかけるリタ。
脱ぎ掛けであったが、リタもなかなか整った体つきをしていた。
薄着の上からでも主張する胸に、体に張り付く薄い服が腰の細さを際立たせていた。
「リタも、どうしたらそこまで成長できるのですか?」
悩ましげに一点を凝視するアルシアに言葉を詰まらせる。
「ほら、早くお風呂に入っちゃいましょ。聞きたいことはそこで、ね?」
アルシアを後ろから抱きしめたキエラが言う。
突然のことに驚いたアルシアに、これ幸いとリタがアルシアの服を脱がせてお風呂へと誘った。
湯船に浸かりながら、アルシアは恨みがましく侍女たちを睨む。
裸になったことで、否が応にも自分と比較できてしまい、へこんでしまっていた。
先ほどは気付かなかったが、セルマもなかなか大きなものを隠し持っていた。
少しだけ恥ずかしそうに胸を隠したままのセルマは背も高く、引き締まった体つきをしていた。感心して見ていると、後ろから現れたネリーに腕を払われた途端、隠れていたものが飛び出してきた。
リタといい勝負をしそうな大きさが突然現れ、アルシアはしばし固まってしまう。
言及を避けるため、その隙を狙ってアルシアの体を洗ったリタは流石としか言いようがなかったが。
我に返ったアルシアは、すでにリタによって湯船に浸かっていた。
当のリタは自分の体を洗っており、アルシアからは離れていた。
「うぅ……」
はしたないとは思いつつ、湯船に口までつけてぶくぶくと泡立てて拗ねていた。
「ほら、拗ねないの」
隣に座るキエラがアルシアを抱きかかえる。
なんだか子供扱いされて、無性に惨めな気持ちだった。
「アルシア様なら大丈夫っす! まだまだ希望はあるっすから」
隣の湯船にいたネリーが恥ずかしげもなく、堂々と仁王立ちをしていた。
ちらりと体を見たアルシアが申し訳なさそうに口を開く。
「……その、ネリーはどうしてそこまで余裕を持てるのですか?」
自分と大差ないそれを確かめて、その失礼さに自責の念に駆られていた。
「私は諦めたっす! それに、あってもなくても、私を好きって言ってくれる人を探すっす!」
あまりにも前向きな意見に、思わずネリーの顔を見上げるアルシア。
「ふふっ、確かにそうね。見た目だけで好かれても虚しいもの。ちゃんと内面を見てくれる人じゃなきゃね。それに、アルシアは可愛らしいから大丈夫よ。理想の体があるかもしれないけれど、健康が一番よ」
キエラも賛同すると、いつの間にか近寄っていたリタとセルマも同意する。
全員から励まされたアルシアは、これまでの行いを恥じて赤面する。
「気にすることはないわ。年頃の乙女なら誰しも通る道だもの、ねぇ?」
「そうですよ、私も昔は他人を妬みましたから。――今度、発育にいい食事や運動を教えますので」
「私も気にしてないっす」
「私でお力になれることがあれば、微力ながらお助けします」
「……みんな、ありがとう」
それぞれから励まされ、気恥ずかしそうにはにかんだアルシアがお礼を述べる。
そこからは心穏やかに和気あいあいとお風呂を堪能した。
……時折、視線を奪われてはいたが。
◆◆◆
お風呂から上がった一行は、湯冷めしないうちに馬車へと戻る。
着替えでもキエラは大活躍だった。
「やっぱり便利っす!」
魔法で生み出された心地よい冷風を浴びながら、ネリーが叫んでいたのが印象的だった。
「良かったな」
手元の本に目を落としたゼインが開口一番告げる。
始め、誰も何のことを言っているのか理解できていなかった。
ふと、思い至ったキエラが目を細めてゼインを見下ろす。
「……もしかして、貴方ってこの距離なら会話を聞けたりするのかしら?」
「流石に無理だ。ただ、一挙手一投足は把握できるから、落ち込んだアルシアを全員で慰めたのは分かった」
顔をあげず、なんてことないように告げるゼイン。
女性陣の目が季節を先取りしたように、徐々に冷えていった。
ぷるぷると震えていたアルシアだったが、ついに限界を迎えたようで、拳を握りしめてゼインに詰め寄る。
「――ゼイン様! 覗かないでくださいって、あれほど言ったじゃないですか!!」
「直接見てはないだろ。動きを観察しただけだ」
「詭弁です! それもだめです!」
「でも、護衛の必要があるし――」
「護衛ならリタたちがいます! 今後はそれもなしですからねっ!!」
怒り心頭のアルシアの説教は小一時間繰り広げられた。
しばらくの間、ゼインはアルシアに口を聞いてもらえなかったという。
ゼインのことは誰も擁護しなかったです。まぁ、当然ですよね。
一言メモ
女性の身長順は アルシア < ネリー < リタ < セルマ < キエラ です。
格差順は ネリー < アルシア < セルマ < リタ < キエラ です。




