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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野 鄭
第二章 遭遇

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38話 研究者気質の会話

 馬車がとことこと街道を走る。

 お昼休憩を挟み、今は御者をリタが勤めていた。


「そういえば、その迷宮都市ってどこにあるのかしら?」


 足を組んで紅茶を飲みながらキエラがアルシアに問いかける。


「迷宮都市はルミナート王国の東部地方、南東寄りに位置しています。――今までいた辺境は、王国の北西の端ですね」

「そうなの。どのぐらい離れているのかしら?」


 キエラの質問にすぐ答えられなかったアルシアを助けるよう、後ろに控えていたセルマが答える。


「辺境からは馬車でおよそ一か月ほどです。この馬車は車体が見(・)た(・)目(・)以(・)上(・)に(・)軽(・)い(・)うえ、二頭引きですので、もう少し短くなるかと思われます」


 セルマの言葉通り、この馬車はキエラが重力魔法を付与してさらに快適性を上げていた。

 これ以上魔改造することに難色を示したアルシアだったが、そこは常識人のキエラ。彼女の意図を汲んで、他人には分からないように施した。

 肝は車体に直接付与するのではなく、触れている物体の質量を軽くするようにしたことだ。

 適当な魔石に付与し、魔力を込めて置くだけで発動する。

 今は部屋の隅に置かれていた。


「意外と遠いのね。ゼインの転移で縮められないかしら?」


 確認するように視線を送ると、外を眺めていたゼインが顔だけ振り向いた。


「やってもいいが、魔力酔いを起こすぞ。緊急時以外は転移しないつもりだった」

「あら、そうだったの? ぽんぽんと転移していたけれど、何もなかったわよ」


 辺境伯領でのことを思い出しながらキエラは不思議そうな顔をする。

 そんな彼女に、魔道具を使っていたと説明した。


「ふーん、短距離なら問題ないのね。ちょっと構成見せてもらえないかしら」


 キエラはテーブルに置いたカップを指差しながらゼインにお願いする。

 軽く頷いて、両手で受け皿を作るように指示したゼインが、すぐさま転移を実演した。――普段は構成を探られないよう偽装している部分を省くと言って。


「……呆れた。こ(・)れ(・)じゃ、魔力酔いも起こすわよ」


 責めるように目を細めたキエラはため息を漏らす。

 そんな彼女の言葉にアルシアが疑問を口にする。


「どういうことですか?」

「彼も言っていたけれど、転移魔法の偽装を一部省いていたの。……この技術自体はそこまで珍しいものではないのだけれど、ゼインったら何(・)重(・)に(・)も(・)偽装しているのよ。構成はもちろんのこと、転移元の座標や物体情報、感じる魔力量もね。で、幾重にも偽装するものだから、魔力密度がとんでもないことになっているのよ。そのせいで感じる魔力と実際に受ける魔力差の違いで感覚が狂って、魔力酔いに似た現象を引き起こすみたいね」


 魔力感知に長けていたとしても、偽装を完全に見破らない限りは防げないわ、と嘆息するキエラ。

 実際、感じる魔力は極少量、下手をすれば感知できないほどだったが、受ける魔力はそこそこあり、転移した人は急激に魔力で頭を殴られたような衝撃を受けることになる。それが、ゼインの転移による魔力酔いの正体であった。


 説明を自分の中でかみ砕いたアルシアが、確認するように尋ねた。


「えっと……。つまり、ゼイン様が複雑にし(・)す(・)ぎ(・)た(・)せいってことですか?」

「そういうこと。――簡略化する気はないのかしら?」

「ない」


 キエラの問いかけににべもなく告げるゼイン。


 魔道具で魔力酔いが起こらないのは、感じる魔力と受ける魔力に大きな隔たりがないからだった。

 ゼイン自身は全く同じように偽装付きの転移魔法を使っていたが、単純な機構の魔道具を間に挟むことで、転移対象の感じる魔力と受ける魔力がほぼ一致する。これは、ゼインの作った魔道具のスペックが低かったが故の効果だった。

 複雑な機構でゼインの魔法の効果を余すことなく発揮できたとすると、魔力酔いは起こってしまっていた。


 ゼインの偽装が転移対象を相手ではなく、第三者から見たときの偽装であったため、彼自身、この原因に気付けていなかった。

 傍から見た場合しか想定しておらず、実際、戦闘中に敵を転移させたことが無かったことも原因の一つではあった。


「はぁ。でもこの原因なら、私の結界で防げるかもしれないわね」

「ん、そうなのか?」

「えぇ。だって魔力の誤認が原因なのよ? 貴方が私の結界ごと中の人を転移させれば、解決するんじゃないかしら」


 キエラの見解にしばし考えるゼイン。

 虚空を見つめていたが、「あぁ、なるほど」と一人納得した声を上げる。


「どういうことっすか?」


 ネリーはゼインにカップを差し出しながら、彼の呟きを拾う。ゼインが振り向いたタイミングで彼の分を用意していた。

 一度、ネリーを見上げてから視線をキエラに移す。

 説明を丸投げされたキエラは、仕方ないわねと肩を竦めて話し始めた。


「分かりやすく例を出すと、果物五つを別々に転移させるより、一つの箱に入れて箱を転移させたほうが簡単でしょ、って話よ。結界の中であれば誤認の元である魔力は防げるのだし」


 彼なら別々でも難易度は大差ないでしょうけど、とキエラは内心皮肉った。


「でも、キエラさんの結界でゼイン様の魔力を防げるのですか?」


 結界の説明や「奴隷の首輪」の効果を覚えていたアルシアがもっともな疑問を口にする。


「そこは大丈夫よ。防ぐのはゼインの魔力そのものじゃなくて、魔法を発動した後に生じる残留魔力のほうだから。ゼインのほうで構成を少し弄って、異(・)物(・)扱(・)い(・)にしてもらえれば問題ないわ」


 ゼインが出来ることを前提に話すキエラ。

 彼からの返事はなかったが、反論もなかったので恐らく出来るのであろう。


「後で実験してみましょ。いざという時が本番は、ちょっと怖いわ」


 キエラの提案にアルシアたちは深く首を縦に振るのであった。



 ◆◆◆



 辺境伯領を出発して三日が経った。

 道中は順調で、天気にも恵まれていた。

 魔物や盗賊の襲撃といったイベントもなく、長閑な旅路だった。


「ん?」


 そんな昼下がり、ゼインがおもむろに声を上げた。


「何かあったっすか?」


 魔物か、はたまた盗賊か――。

 アルシアたちに緊張が走るなか、近くにいたネリーが問いかける。


「大したことじゃないが、道、あってるのか? 王都から離れていってるが」


 ゼインの言葉にほっと胸をなでおろしつつ、アルシアが静かに答えた。


「大丈夫ですよ。こちらからでも迷宮都市には辿り着きますので」

「ふーん。正確な場所を知らないから何とも言えないが、王都って辺境の南東にあるだろ。そこを通るのかと思ってただけだ」

「……そうですね。王都は南東にありますが、こちらのほうが近道ですので」


 気のない声で確認するゼインにアルシアは首肯した。

 その様子を眺めていたキエラが、ほんの少しだけ言い淀んだアルシアを不思議がる。


「何か王都で嫌なことでもあったのかしら? 王都に寄ったほうが便利だと思うのだけれど」

「……そう、ですね。少しだけ顔を出しにくいと言いますか……」


 ぎこちない笑顔を浮かべて視線を彷徨(さまよ)わせるアルシア。

 アルシアの態度を見て、綺麗な笑顔をしたネリーが助け舟を出す。


「そっすね~。ゼインさんのおかげで、アルシア様は(・)王都に行くと気まずいっすよね~」

「――おい、ネリー。口を慎めっ!」


 ……助け船ではなく、背後から味方に刺されたわけだが。


 諫(いさ)めるセルマの声も虚しく、キエラが興味深そうにアルシアを見つめる。

 キエラの視線から逃げるように顔を背ける。


「何があったのか聞かせてもらえるかしら? ――せっかく仲間になったのだもの、一人だけ仲間外れは良くないわ」


 悪戯っぽく微笑み、瞳を輝かせる。


「アルシア様が言い難かったら、私が教えるっすよ」

「ネリーッ!」


 セルマが責める声を上げた。

 しばらく迷いを見せていたアルシアだったが、観念したようにため息をつく。


「……ネリー、お願いしてもいいですか?」

「もちろんっす。面白おかしく――は、さすがに可哀想っすから、事実だけ掻い摘んで話すっす」


 途中まで満面の笑みでふざける気満々のネリーだったが、セルマからの射殺すような眼差しを受けて、冷や汗をかきながら訂正した。


「――へぇ、そんなことがあったのね」


 ネリーの説明を聞いたキエラが面白がるような感嘆を漏らす。

 流石ゼイン、やることが極端だけど派手ね、とキエラは内心褒め称えていた。

 脚色なく事実を羅列されただけでも、居た堪れなくなったアルシアの耳は真っ赤に染まっていた。


 アルシアの王都での風評は、さながら危険な猛獣使い。

 そこまでは流石にネリーは説明しなかったが、腫れもの扱いされていることはキエラも想像がついた。

 アルシアの可愛い様子を横目で見ながら、ゼインにちょっとした疑問をぶつける。


「ねぇ、ゼイン。貴方から視て『血統魔法』はどう映ったのかしら?」


 声を掛けられたゼインはキエラの顔を観察する。

 向けられた瞳には、純粋な好奇心以外にも何かを探る色が見て取れた。

 求めている答えと違うかもしれない、と前置きをして所感を述べる。


「――俺たちの世界の“特殊属性”と何ら変わりない。他もそうだとは限らないがな」

「貴方と戦った相手はどんな魔法を使ったのかしら?」

「始めは闇魔法。最後は闇と空間の複合だった」

「ふーん。珍しいけれど、そこまでおかしな組み合わせじゃないわね」


 ゼインの言葉に頬を触りながらキエラは考える。


「使い手こそ雑魚だったが、魔法の構成自体は悪くなかった」

「そうなのですか? ほとんど表情も変えずに軽くあしらわれていたので、期待外れだったのかと思っていました」


 予想外の誉め言葉に、アルシアは目を丸くして驚いていた。

 キエラも意外そうに眉を上げる。


「期待外れではあるが、こっちの魔法と比べたら目を見張るものがあった。使う奴が無駄ばかりだったのに、魔法があれほど洗練されていたのは違和感があったがな」

「『血統魔法』は血によるところが大きいそうですから、代々培われてきたのかもしれません」

「かもな」


 アルシアの考えに、ゼインは肯定とも否定ともとれる発言をした。


「血、ねぇ……。儀式や継承でもあるのかしら? ――魔法って遺伝するのか知っているかしら、ゼイン?」

「――いや、普通はしないはずだ。遺伝によって生まれやすい適正とかはあるが、全く同じ魔法適正ってのは聞いたことがない。親子や兄弟で似ることはあっても、同じことは稀なはず。一卵性双生児でもそうらしい」


 ダメ元でキエラが尋ねると、思った以上に情報が出てきた。

 そのことに驚きつつ、別の要因かしら、と悩ましげに独り言を漏らす。


「……何か心(・)当(・)た(・)り(・)でもあるのか?」

「いえ、ないわ。ただ、私みたいな魔法生物由来ならどうなのかしらと思っただけ。――でも、全員が全員そういう訳じゃないでしょうし、そもそも種として違うのだから、交配できない可能性もあるのよねぇ」

「魔法生物も種類によるな。……直接交配できなくても、“霊体”を人間に埋め込めば特性を引き継げなくもない」


 興味本位であれこれ考えるキエラに対して、感情の宿っていない瞳をしたゼインが素っ気なく告げる。

 ゼインの様子に気付いたアルシアが、心配そうな目を向けた。


「なんだか二人とも、研究者のお偉いさんっぽいっすね。小難しい話ばかりして、賢そうっす」


 微妙な空気を破るように、ぽかんとして聞いていたネリーが頭の悪い発言をする。


「……ネリー、お前の頭の悪さが露呈しているぞ」


 セルマが頭を抱えてツッコミを入れる。


「大丈夫っす! 私はおバカなんで、ばれても気にしないっす!」


 胸を張って宣言するネリーにアルシアたちは苦笑やため息を漏らした。

 ちょうどよく、馬たちの休憩のため馬車が停止した。


「どうかされましたか?」


 扉を開けたリタがきょとんとした顔を覗かせる。


「私がおバカだと宣言したところっす」

「……はぁ。威張ることじゃないです」

「あたっ」


 盛大にため息を漏らしたリタによる手刀がネリーの頭を襲う。


「これ以上、おバカにしないで欲しいっす!」


 泣きまねをしながら抗議するネリーを尻目に、アルシアたちは馬車を降りた。


 結局、うやむやになった話は掘り返されることは無かった。


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