30話 化け猫のダンス
「ゼイン……? 貴方、ゼインじゃない! どうしてここに?」
親しげに話しかける女性の反応に、アルシアたちの視線がゼインに集まる。
眉をひそめて気難しい表情を浮かべるゼインは、頭の中で疑問が渦巻いていた。
数十年に一人の割合でしか現れないはずの異世界人。
それが間を置かず、しかも偶然知り合いという確率が如何ほどのものか……。
作為的な何かを感じずにはいられなかった。
「『孤絶』がなぜここに……」
小さな呟きは女性にも届いたようで、肩を竦めて答えた。
「知らないうちに強制転移を食らったのよ」
「……お前もか」
「え、ゼイン貴方もなの!? 貴方ほどの腕ならすぐ気づけると思ったのに――」
女性の驚嘆の言葉に一層顔を顰める。
「そうなるとかなりの術者ね。そんな人、いたかしら……?」
考え込んで顔を伏せる女性。
長い髪が耳から落ち、顔を覆い隠す。
そんな中、静寂を突き破るようにブリジットが声を上げた。
「――魔物の異常行動はあなたの仕業ですか?」
「魔物? ……ああ、魔獣のことね。見たことないのもそうだけど、不思議な生態しているわよね」
興味深い、とブリジットの疑いを肯定するかのような物言いに、ほとんどの人の目が鋭くなった。
ゼインだけは未だに不可解そうな面持ちだったが。
「重要参考人として、身柄を確保させていただきます」
「――あら、貴方たちに私を捕まえられるのかしら」
挑発するように顔を上にそらして睥睨する女性。
「私たちではなく、ゼイン様があなたのお相手です」
ブリジットの言葉にさっきまでの自信はどこへ行ったのか、嫌そうにゼインを見つめていた。
「お願いします、ゼイン様。……ゼイン様?」
女性を向いたまま黙り込むゼインを心配するように声を掛ける。
ようやく気付いたゼインがブリジットを振り向く。
「どうかしたか?」
「えっと、彼女を捕まえて欲しいんですが……」
「捕まえなきゃダメか?」
「え――?」
突然の発言にブリジットたちは言葉を無くす。
隣にいたアルシアがおずおずと服の裾を引く。
「ゼイン様、どうかされたのですか? 先ほどから、その、様子が変ですよ」
「……少し考え事をしていただけだ」
心配そうにのぞき込むアルシアの目から、すっと逃げるようにゼインは視線を外す。
その行動にアルシアの服を掴む手に力が入る。
「お話を聞くだけです、手荒な真似はしませんから。……お願いできますか?」
「――分かった」
アルシアの再三のお願いに渋々頷くゼイン。
皆から離れ、女性に近づく。
「――そういう訳だ。素直に付いて来ないか」
無表情のまま静かに女性へ提案した。
しばらく腕を組んで考え込む女性。
ちらりと視線をあげてゼインを盗み見ると、おもむろに口を開いた。
「断るわ」
まさかの発言に、アルシアたちは息を呑む。
表情を変えなかったゼインは優しく問いかける。
「なぜ?」
「貴方と一度戦ってみたいと思っていたのよ。――勝てるとは思わないけれど、どこまで通じるのかってね」
不敵に笑う女性。
彼女の主張に、ゼインはゆっくりと瞑目する。
再び瞼を開けると、視線を落としたまま、ぼそりと呟いた。
「……そうか」
そのまま踵を返してゆっくりと距離を取る。
アルシアたちの一歩手前まで来ると、振り返って女性と対峙した。
準備ができたと理解した女性が、ゼインに向かって話しかける。
「合図は扉を閉める音でいいかしら?」
「ああ」
女性は後ろ手に扉を掴む。
静寂の中、扉の軋む音が響く。
ギィィ、バタン――。
閉まる音が鳴ると、魔力が迸った。
◆◆◆
濃密な魔力の奔流に、見守る皆の息が詰まる。
魔力を感知する術を持たない人でさえ、空気が重くなったように錯覚するほどだった。
多くの人が膝をつき、あるいは地面に横たわる中、立ったままの人影が二人あった。
一人はゼイン。
女性から発せられる魔力の波を歯牙にもかけない様子で突っ立っていた。
もう一人はアルシア。
苦悶に顔を歪め、唇を噛みしめながらも必死に立っていた。
堪えるように服をがっちりと握りしめ、今にも倒れそうな気配があった。
「無理はするな」
肩越しに優しい声が聞こえてきた。
まるでそっと手を差し伸べられたかのように、アルシアはその場にこてんと座り込んでしまった。
緊張の糸が解れたのか、ふぅと息が漏れる。
いつの間にか、先ほどまで感じていた魔力の圧がどこかへと消え去っていた。
改めて女性を見ると、さっきまではよく確認できなかった光景が目に飛び込んできた。
女性の後ろにある塔は、まるでスプーンで掬ったように一部が抉り取られていた。
周囲三メートルほどだろうか。
女性を守るように薄っすらと光る結界が取り囲んでいた。
「――貴方に私の結界が攻略できるかしら?」
不敵に微笑む女性の口は、とても綺麗な三日月を描いていた。
「……」
対峙するゼインは無言で炎の槍を頭上に生み出す。
いや、槍というには無骨で飾り気のない、大きな針を模したそれは、空気を貫いて彼女の結界に侵入する。
「――まあ!」
「――えっ?」
二人の驚きの声が重なり合う。
一人は己の結界を中ほどまで食い破った魔法に対して。
もう一人は強力だと思っていたゼインの魔法を打ち消した結界に対して。
それぞれの思いで声を上げていた。
「やっぱりか」
確かめるように独り言を呟いたゼインは、既に待機させていた次の魔法をかき消した。
「あら、もうおしまい?」
ゼインの頭上に浮かぶ炎が消えたことで、残念そうに問う。
実際、先ほどの攻撃を矢継ぎ早に数百と打ち込まれていたら、焦っていたかもしれない。そのぐらいには驚異的な威力と構成の魔法だった。
「いや、手を替える」
そう宣言したゼインは静かに腰を落として構えを取った。
突然のことに困惑顔を浮かべる女性。
どこからどう見ても、”接近戦を仕掛けます”と言わんばかりの構え。
彼女にしてみれば、その方法は悪手にしか思えなかった。
意図を探るようにゼインを見つめていると、親切にも声掛けをしていた。
「いくぞ。――見逃すなよ」
発言から一拍置いて、ゼインが地面を蹴る。
目で追えるギリギリの速度で走り出したゼイン。
結界に差し掛かると、女性は思わず瞠目した。
それもそのはず。
結界内部に入ったゼインは、あろうことか彼女の目前まで迫っていたからだ。
彼女の結界は三層に分かれている。
効果はどれも同じだが、中心に近づくほど強力に異物を拒絶する。
彼女の許可しないものは、悉く塵と魔素へと還ってしまう。
普段はせいぜい二層仕立て。
今回はあのゼインが相手とみて、彼女が全力の三層を展開していたのだった。
先ほどのゼインの魔法でさえ二層目に阻まれていたのに、当人が目前まで迫る光景に、女性は驚きを隠せないでいた。
咄嗟に風魔法を放つと、ゼインは距離を取って最初の位置まで戻っていった。
「くっ、どうやったのかしら……?」
「教える訳ないだろ」
「それもそうよねっ」
内心冷や汗をかきながら、冷静に分析を始める。
先ほどのように、女性が捉えられるギリギリの速度で駆けだすゼイン。
今度は好き勝手させないように、女性が魔法を次々と打ち込んでいく。
火、水、風、土……。
色とりどりの魔法がゼインを襲う。
それらすべてを回避しながら女性に接近していく。
「くっ――」
またしても眼前まで接近をゆるし、今度は炎の壁で行く手を阻む。
ゼインは難なく避け、再び最初の位置まで飛び退いて行った。
明らかにゼインに弄ばれている感覚。
女性は内心臍を噛みながらも、打開するきっかけを探していった。
◆◆◆
ゼインとの攻防を幾度も繰り広げた女性。
何度も同じことを繰り返されたことで、一つの法則を見つけていた。
(次が勝負所ね)
こちらの意図に気付かれないよう、表情は悔しそうに眉間を寄せる。
ゼインが走り出す。
これまで通りに魔法で迎撃する。
今では上位属性も交えながら魔法を繰り出す。
ほっそりとした指が、指揮棒のようにリズミカルに振れる。
ゼインは魔法を置き去りにして、右へ左へと翻弄する動きを見せる。
そして、女性の目の前にゼインが迫った。
(――来たっ!)
女性はゼインを迎え撃つように魔法の壁を生み出した――彼の背後へ退路を断つように。
すぐさま前方を埋め尽くすほどの嵐が吹き荒れる。
これも彼女が生み出した魔法だった。
「これでどぉ!?」
流石に倒せたとは思っていなかったが、少なくとも傷は負わせたはず。
ゼインの姿を確認できない女性は、嵐が止むのをじっと見届けていた。
彼女が見つけた法則とは、ゼインが結界内に五秒以上留まらないことだった。
どういう理屈かは不明だったが、さしものゼインも常に留まれないと踏んでいた。
実際、何度か繰り返された攻防では、長くても四秒、だいたいが二、三秒しか結界にいなかった。
それを超えそうになると、一度結界を出て仕切り直しをしていた。
今回は壁を生み出した時点でギリギリ四秒。
壁を壊された感触はなかったうえに、嵐の魔法は結界内すべてに充満させた。
足を止めれば時間切れ、壁を避けて仕切り直すにしても魔法を食らったはずだった。
――嵐が止んで視界が晴れる。
そこには、結界内にいるゼインの姿があった。
「うそ!? どうして?」
女性の言葉を無視して悠然と歩きながら結界の外に出たゼイン。
彼が結界に留まっていた時間は十秒にも及んだ。
「どうして? ――手の内を最初から晒すわけないだろう」
その一言で偽情報を掴まされたと悟った。
ゼインの手のひらの上で踊らされていたことに、唇を噛んで悔しがる女性。
くるりと振り返ったゼインは、一瞬のうちに女性の目の前に現れる。
「なっ――!?」
咄嗟のことで身動きの取れない女性に、ゼインが捨て台詞を放つ。
「――俺がお前の結界内で動ける時間は十五秒。見誤ったな」
ゼインは身を低くして掌底をお見舞いする。
女性から息の抜ける音が飛び出ると、体をくの字に曲げて意識を失った。
ゼインに身を預けるようにもたれかかる女性。
そっと受け止めたゼインは、優しく担ぎ上げた。
◆◆◆
「終わったぞ」
アルシアたちの元に戻ったゼインは、女性を静かに地面に寝かせる。
「お疲れさまでした。……その、大丈夫でしたか?」
気遣わしげに見上げるアルシア。
「気絶しているだけだ。そのうち目を覚ます」
そのまま、へたり込んでいるブリジットに向かって淡々と告げる。
「問題なければ、先にこいつから事情を聞きたい。周辺の調査は後回しでいいか?」
移動は俺が転移で運ぶから、とこの後の協力まで申し出ていた。
「そう、ですね。ひとまず彼女から話を聞きましょうか」
他の人も異論はないようで、ブリジットに賛成する。
立ち上がれる者は立ち上がって、まだ力の入らない人に手を貸していた。
未だ気絶している女性はゼインが抱き上げる。
全員が立ったところで、冒険者ギルドまで転移した。
「……そちらのことではなかったのですが」
アルシアの小さな呟きは、隣にいた侍女にしか届かなかった。




