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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第一章 邂逅

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章末幕間1 沈まぬ夜

※エリオット(辺境伯)視点です。

 夜も更けてきて、そろそろ寝ようかとぐっと伸びをして固まった体をほぐす。

 仕事とはいえ最近は何かと忙しかった。

 アルシアが()を連れてきてからは特にそうだ。


 ドラゴン退治に迷惑な婚約騒動、姉の延命をしたかと思えば、今度は冒険者ギルドの後片付けまで。

 普段の辺境伯としての業務にプラスして来るものだから、最近はゆっくりと寝られる日が全くない。

 毎日夜遅くまで仕事をして、何とか滞らせないでいる。

 まあそれも、嬉しい悲鳴ではあるけれど。

 少し前までは、どれもこれも気が滅入る事ばかりで気苦労が絶えなかった。

 それを思えば睡眠時間が二、三時間削れるぐらい、どうってことは無い。

 ……愚痴を言わせてもらえれば、もう少し間を置いてやって欲しかったものだけど。


 一息ついてから寝ようかなと考えて、はたと今朝方の報告を思い出す。

 今日は一つ重要な報告が挙げられているんだった。それに目を通してから眠ることにしよう。

 部屋の隅に控えていた私の執事に飲み物の準備を頼みながら尋ねる。


「――今朝の()()、報告書はどこにある?」

「此方にございます」


 カップと一緒に差し出された用紙に目を落とす。

 ――なるほど、よくここまで調べてくれた。

 これだけあれば十分だろう。あとはタイミングと時期を見計らえばいい。

 できれば早いに越したことはないが、さすがにすぐには行けないかな。

 移動や他の仕事を考えると、早くても二、三か月後になりそうだ。

 調べてくれた彼には申し訳ないけど、こちらも手一杯だ。

 概要の書かれた紙を近くの暖炉に投げ捨てる。

 すぐさま執事が()()に火をつけ証拠を消し去った。


「貰った資料はどこにある?」

「厳重に保管しております。必要とあらばご用意いたします」

「十分だ」


 知る者は少ないほうがいい。

 時機が来るまで保管しておくに限る。

 ちょうどよくカップも空になったので寝室に行こうかと席を立ちかけた途端、私の目の前に闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れた。


「――どこに行くんだ」


 目の前の彼は不思議そうに首を傾けて私を見下ろす。

 こんなに時間に行くところはだいたい一つだろうに。

 思わず苦笑して椅子に座りなおした。


「――それで? ()()()()()()()何の用だい、ゼイン君」


 手を組んで朗らかに笑いながら彼に語りかける。

 彼の視線が動く。

 一秒にも満たない間ではあったが部屋の幾つかの場所を見ると、すぐに私へ戻した。

 笑顔のまま内心で冷や汗をかいていると、彼は無表情のままの口を開いた。


「アルシアの執事は殺した」


 その言葉につい目を伏せそうになる。

 僅かに動かした(まぶた)は、目を細めることで誤魔化した。


「……なぜ、そんなことを? 彼に恨みでもあったのかい?」


 驚いた風を装って彼を咎めるように見つめる。

 そんな私の心の内を見透かしたかのように彼は言葉を吐き捨てた。


「いらん小芝居はやめろ。お前があいつの()()()だろ」


 確信を持ったその瞳には僅かに苛立ちを感じられた。

 ふぅ、と息を吐きながら目を伏せて彼の視線を外す。


「答え合わせは必要は――ないか。たぶん、割と最初のほうから気付かれていたんだろうし、ね」


 彼の様子を見ながら自嘲交じりに話す。


「目的は?」

「それを今更聞くのかい? ()()()()()()()()()()()?」


 私の問いかけに無言を貫く。

 彼の瞳も先を促していた。

 力を抜いて椅子に体を預ける。


「……アルシアのためだよ。彼女を邪魔に思う連中の魔の手から守るために」


 彼の目をまっすぐ見据えて真剣に話す。


「盗賊の手配もお前か?」

「そうだね。程よく強く、やられてもおかしくはない程度の盗賊を選んだ。襲撃計画の噂は聞いていたから、その前にってね」

「襲わせてどうする。切り抜けたところで襲撃は止まないだろ?」


 眉をひそめて訝し気な表情を浮かべる彼。

 私は口角を上げて説明する。


「ところがどっこい、()()()()()()()()()()そもそも成立しない」

「……」


 目を細める彼に諭すように続けた。


「何も命を取るだけがいなくなる条件じゃない。――行方不明にしてしまえばいいんだよ。捜索はされるだろうけど、()()()()()()()()()()()()すれば相手が勘違いする」

「……なるほど、執事と侍女がいれば出来るか」

「そういうこと。後は私のところで匿えばってところだね」

「匿ったらバレないか? 人一人分増えるんだぞ」


 彼、なかなかいい着眼点を持っているね。

 一般人なら確かに一人増えたところでバレはしない。

 でも、今回は王族――貴族の淑女だ。

 いくら年頃の娘がいるとはいえ、もう一人増えればどこかで綻びが生じる。

 それに気付けただけでも大したものだ。

 ……ただ、一つ見落としがあるけれど。


「そうだね。でも、うちには一人()()()()()()()()()……いや、正確には()()かな」

「――あぁ、なるほど」


 そう――、私の姉であり、アルシアの叔母にあたるマルティナがいる。

 彼女の存在をアルシアと入れ替えてしまえばいい。

 多少は不便な思いをさせることにはなるが、”病気が多少回復した”とか、”今日は調子がいい”とか言えば動き回ることは造作もない。

 移動に関しても”医者に診せる”とかと捏造(ねつぞう)すればいい。

 マルティナの自由が無くなるが、彼女もそれを了承していた。――姪の為ならば、と。


 そのうち、アルシアの生存がバレてしまうかもしれないが、()()()()()()()()()()()そこまで心配することも無い。

 今までの暗躍も、結局は王位継承権を巡る争いなのだから、表舞台から降りられれば後は私の腕次第。

 一応、国王陛下にも()()という形で了解を得ていた。

 王太子が決まれば後から蒸し返すほどの事でもない。

 むしろ、”その程度のことを赦せる度量がないのか”と、外から突いてやればいい。王の資質を疑われるようなことはしないだろうからね。

 私の()()と言う名の埋め合わせで事足りる。


 まあ、私達の計画も結局は彼に――ゼイン君にすべてひっくり返されたんだけどね。

 むしろ、私達以上の結果をもたらしてくれた。

 アルシアの自由を損なうことなく、それでいて安全も担保するという――。

 悔しいが、そこまでの事は私達には到底不可能だった。

 国を分断する勇気も、アルシアのために戦う覚悟も、持ち合わせてはいなかった。

 ただただ、現状を甘んじて受け入れ、大勢のために数人を犠牲にする――そんなやり方しか。


 心中で慙愧(ざんき)の念が渦巻いていると、彼に唐突な質問を投げかけられる。


()()()時間はあるか?」

「え――?」


 顔をあげて、思わず素っ頓狂に聞き返してしまった。


「面倒なことをさっさと終わらせる。証拠はあるんだろ? 第二王子(お邪魔虫)の息の根を止めに行くぞ」

「えっ、は……? これから!?」

「そうだ。今ならまだ暢気に寝てるだろ。起きる前に仕留めたほうが手っ取り早い」


 彼のまさかの提案に思考が停止しかけた。

 確かに言う通りではあるけど、王都までどうやって……。

 そこまで考えて、まさかと彼を凝視する。

 すでに扉を向いていた彼が私の視線に気付いて振り返る。


「――移動は手伝ってやる。そこからはお前たちでやれ」

「ははは、頼もしい限りだね」


 軽口を叩けるぐらいには頭が回るようになってきた。

 少しだけ声を落として問うように(ささや)く。


「……私を――私達を恨んでいないのかね?」


 静かに笑いながら、それでいて目には真剣さを滲ませて彼を見つめる。


「恨む? なんで? 別に()()()()()()()()()()()訳じゃないんだろう」


 振り向いて答えた彼は、きょとんとして目を丸くしていた。

 その表情(かお)は年相応のあどけなさを漂わせている。

 返答にアルシアを入れているのが、どこか可笑しく感じるぐらいだ。


「君に不快な思いをさせた、説明もなく疑わしいことをした、君の手を煩わせた……、すぐ思いつくだけでもこれだけあるんだ。場合によっては、恨まれて、殺されても、文句は言えないよ」

「ふーん。俺は()()()()()()()()から気にするな」


 気のない返事で私達を赦すと言う彼。

 思わず笑いがこみ上げそうになった。

 どれだけ度量が深いのだろうか。

 始めは他人に興味が薄いのかとも思っていたけど、普段の行動を見ていると特段そういう訳でもなさそうだった。


 気配り上手ではないけれど、他人の行動はよく観察していた。

 それが警戒からくる癖なのか、生来の癖なのかはわからないけれど。

 他の冒険者や使用人へ助言をしている姿が、たまに報告に上がっていた。

 勿論、アルシアからもよく誇らしげに聞かされていた。

 となると、彼の()()()()()()()()は恨みではなく――。

 そこまで考えて小さく頭を振る。


「ありがとう。……こっちで準備するものがあるから、少しだけ待っててくれないかい?」

「……わかった。場所は、そうだな……。前に王都に行ったときと同じでいいか。あの、訓練場みたいなところ」

「了解、準備できたらそこに集まるよ。王都はどこに転移するつもりだい?」

「あー……、大通りとか?」


 そこまでは考えていなかったらしく、視線を彷徨(さまよ)わせた。


「さすがにそれじゃあ相手にも筒抜けになってしまうからね。……()に連絡を入れられれば一番なんだけど」

「なら、適当な奴を捕まえるか」


 私の呟きを拾った彼の言葉に耳を疑った。


「……もしかして、王城にいる()の存在もバレていたのかい?」

「ああ。前行ったときにいた奴は()()()()


 なんとも頼もしい限りだ。

 あまりの頼もしさに涙が出そうだった。


「さすがに捕まえるのは可哀想だから、手紙を届けてくれないかい? 見て分かるように封蝋と合言葉を仕込んでおくから」

「わかった。なら、場所の確保は書いておけ。二度手間になるから、手紙を受け取った奴を目印にする」

「了解」


 彼との打ち合わせは済んだので、急いで準備に取り掛かる。

 控えていた執事に指示を出すと、足早に去っていく。

 私は机に再度向き直り、手紙を書き始めた。

 すると、まだ部屋に残っていた彼が(きびす)を返して扉まで歩く。

 扉を閉める間際、振り返った彼が一言だけ残す。


「――()()()()()()()()にも伝えておけ。“お前にも、恨みも隔意もない”と」


 彼の言葉で手紙を書く手が止まる。

 彼は言いたいことだけ言って、扉を閉めて去っていった。

 おもむろに、私の背後にある窓の外、バルコニーに向かって声をかける。


「――だ、そうだよ」


 月明かりが乏しく、先の見えない闇夜の中から一人の女性が姿を現す。

 ゆっくりと窓を開けて部屋に入ってきたのはアルシアの侍女――リタだ。


「……本日はご無理を聞き入れてくださりありがとうございます」


 泣きそうな顔を堪えて彼女が静かに頭を下げた。


 リタがこの場にいるのは今日の夕食後にお願いされたからだ。

 “今日の夜、陽が昇るまで執務室のバルコニーに居させてくれ”と。

 なんでも、今夜アルシアの執事(クリフ)がゼイン君と会う予定があるからだとか。

 きっと真相を説明するためだということは想像がついた。

 その後、ゼイン君が訪れることも――。

 彼女はゼイン君が恨みで私を手をかけることを防ごうとしたのだろう。――自分を身代わりに差し出すことで。

 彼女の覚悟も伝わってきたか、仕方なく受け入れた。

 結果は彼女の、いや私達の取り越し苦労ではあったけれども。

 きっと彼女のことも、今日この場にいたことも、彼には筒抜けだったんだろう。


「――今日はもう遅い。リタはもうお休み」

「ですが、この後のことが――」


 彼女の言葉を遮るようにゆっくりと首を振る。


「それは私に任せなさい。君はもう休んで明日に備えること。……朝、アルシアに勘ぐられるだろう? 君が姿を見せなければ」


 優しく諭すように告げると、彼女はしばし逡巡したのち静かに項垂れた。


「……申し訳ありません。後のことはお任せいたします」

「ああ、任せてくれたまえ」


 彼女は立ち上がって深々と頭を下げた。

 部屋から出ていくときも、未練がましく、長めにまた礼をしていった。

 そんな態度に思わず苦笑が漏れる。


「さて、と――」


 改めて手紙の続きを書こうとすると、インクの大きな(にじ)みが出来ていた。

 書き損じた手紙を暖炉まで持っていく。

 先ほどの燃えカスの上に置くと静かに火をつける。

 端から炎がゆっくりと動き、燃えカスが儚く落ちる。


 燃え尽きるまで、揺らめく炎を眺めていた。


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