章末幕間2 夜明けとともに
※エリオット(辺境伯)視点です。
私たちは王城のとある一室に到着した。
「――陛下がお待ちです」
案内役の女性に従い、後に続く。
ここまで連れて来てくれた彼は、近くのソファーに横になって我関せずといった態度を示した。
その彼を部屋に残し、廊下を歩く。
目の前の女性――影の一人に申し訳なく思っている。
表情には現さなかったけど、一瞬だけ彼を見る目に棘があった。
……気持ちは理解できる。
彼に手紙を届けるようにお願いしたのは私だけど、その渡し方が問題だった。
歩きながらも数刻前のことを思い出す。
◆◆◆
「――あ、切られた」
手紙を転移させたと告げた彼が、すぐさま呟いた。
「……不穏な言葉が聞こえてきたけど、どうやって届けたんだい?」
「どうって、目の前にポンッと」
「……っ」
顔の前で手を開いて当たり前のように告げた彼に、思わず目を瞑ってこめかみを揉む。
非常識すぎないかな?
普通はテーブルとか物の上とか目立つところで構わなかったのに、よりにもよって目の前とは……。
きっとその影は突然現れた不審物に思わず切りかかったのだろう。……攻撃か何かと勘違いして。
顔も知らぬ影に同情しつつ、もう一度手紙の用意をしなければと考えていると、彼が状況報告を続けた。
「――あ、暗号に気付いた。急いでどこかに向かってる」
……頭が痛い。
これはきっと私もお小言を言われるだろうなぁ。
影の人も今頃、顔を青くしているところかな。
心労でお腹をさすりながら彼に尋ねる。
「手紙はバラバラになったのかい? それならもう一度書き直さなきゃいけないんだけど」
「大丈夫、真っ二つになっただけだ」
どこも大丈夫には聞こえないけど、一応メッセージは伝わりそうだ。……ちゃんとした手紙をもう一度書く必要はあるけれど。
私の心中を察した執事が新しい便箋を手渡してきた。
ありがたく受け取って、その場で先ほどの手紙と同じ内容を書き記した。
◆◆◆
「――こちらです」
物思いに耽っている間に到着したようだ。
静かなノックの後、入室する。
部屋には陛下と宰相のダグラス閣下、あとは二人の護衛しかいなかった。
「――ご就寝中のところ申し訳ありません」
「よい。急を要することであろう」
「ありがとうございます」
跪いて挨拶を交わすと、面を上げて座るように命令された。
椅子に座ると陛下が口を開く。
「――今宵はなかなか趣深い手紙を貰ってな。長い人生の中でも、ここまで非常識な手紙は初めてだったぞ」
「……その節は大変申し訳ございませんでした。こちらに同じ内容の手紙がございますのでご照覧いただければと――」
「よいよい。夜中に叩き起こされて不機嫌だったところに笑いをくれたのだ。双方ともに不問とする」
「――ありがとうございます」
予想通りお小言は貰ったけれど、お咎めなしでほっとした。
頭を下げながら静かに胸をなでおろす。
「――しかし、此度の『稀人』は面白い奴よのう」
「そうでございますね。我々の想像を、良い意味で裏切ってきます故」
陛下も宰相も、彼に悪印象がないのは救いだ。
下手に手を出せば火傷では済まされないだろうから、王太子殿下にも言い含めて欲しいものだ。
「――申し訳ありませんが、あまり時間がありませんので手短に」
お二人の会話に水を差すように口を挟む。
「どうしたのか? 早いに越したことは無かろうが、そこまで急ぐ理由も無かろうて」
「……それは、彼が朝になる前に片付けろ、と」
言うか迷ったけど、隠さず正直に伝えたほうがいい。
きっと、そのほうが陛下たちの協力を取り付けやすいから。
案の定、陛下は声を出して笑った後、すぐさま手配してくださった。
「――よかろう。近衛の一部と影の手を貸そう。……丁度よく挽回の機会を望んでおったのでな」
茶目っ気たっぷりの笑顔を見せられて、私はぎこちない笑みを浮かべる。
「――して、どこまでが望みだ?」
真面目な表情を浮かべた陛下が私に問いかける。
言葉の意図は明白だ。――彼がどこまで望んでいるのか、と。
しばらく考えてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――最低でも廃嫡の上、療養。出来れば処刑です」
「ふむ――」
今度は陛下が考え込む。
その傍ら、宰相が私に質問を投げかける。
「追放はいけませんかね」
「ダメではないでしょうが、公爵派閥が助けかねません。そこでまた手を煩わせるようなことになれば、今度は敵対するでしょう」
「それはまずいですね。……とはいえ、処刑ですとあちらが騒ぎかねませんし」
「二人揃って幽閉が丸いですかね。正直、彼は相手の進退に興味はないようです。ただ、次はないとだけ」
「なるほど……」
私たちの会話がひと段落つくと、陛下が沙汰を下す。
「第二王子は廃嫡の上、病気療養とし、第一王妃も病気になってもらうとしよう。エリオット、お前に指揮権を渡す故、二人を生け捕りにしろ。――よいな?」
「かしこまりました」
集めた証拠を陛下に献上し、その場から退出した。
◆◆◆
陛下からお借りした近衛兵と影を伴って城内を進む。
私の隣には陛下の部屋まで案内をしてくれた女性がいた。
一同が無言で歩く中、小声で彼女だけに聞こえるように囁く。
「……うちのゼイン君が申し訳ない。あそこまで非常識だとは思ってもみなかった」
「……いえ、私の鍛錬不足です。突然現れたものを手紙と認識できませんでしたので」
苦い表情で囁く彼女に慰めの言葉をかける。
「誰も気付けないと思うよ。……非常識な人以外は」
「……」
私の言葉に彼女は微妙な表情を浮かべる。
きっと心の中で葛藤しているのであろう。自らの不甲斐なさと、彼との力量差を。
そんな彼女に追い打ちをかけるような情報を渡す。
「……彼、王城にいる君たちの動向、辺境領からでもすべて把握できるそうだよ」
「えっ――?」
勢いよく振り向いた彼女は、衝撃のあまり自分の足に蹴躓いて転びそうになった。
慌てて手を差し出して体を支える。
無言で歩いていた周りの人たちも、一様に驚いて足を止めていた。
さすがに小声でもこの距離だ、私達の会話は筒抜けだった。
他が無言であればなおさらのこと。
私に帯同していた近衛兵も影も、驚愕の表情で私を見つめていた。
「私も一連の件、彼にばれてしまったんだよね」
肩を竦めておちゃらけた物言いをした。
全員には知らされていないだろうが、私達の計画を知っている者もいるはずだ。
この言葉だけで、私が何を言いたいのか伝わっただろう。
全員が厳しい顔をして黙り込む。
「――そういう訳で、力を借りられないだろうか」
私が手を差し伸べると、皆、無言で頷く。
そこからは誰一人言葉を発せず移動した。
◆◆◆
そこからは早かった。
まずは第二王子の部屋に押し入り、彼を確保した。
「――お前たち! こんな事して、ただで済むと思っているのか!!」
喚き散らす彼に縄をかけていく。
「――離せッ! 俺様は次期国王になる男だぞッ!! 貴様ら全員打ち首だ!」
彼の護衛も何人かいたけど、奇襲をかけて最初に制圧していたので、既に床に転がっていた。
夜中に五月蠅すぎたので猿轡を噛ませる。
それでもなお、唸って五月蠅い彼を影の女性が昏倒させて黙らせてくれた。
第二王子の身柄を近衛に託し、第一王妃の部屋に向かう。
部屋に入るとそこはもぬけの殻だった。
窓から逃げ出していたようで、影の一人が痕跡を見つけていた。
よい耳をお持ちのようで、息子を囮に逃げ出していたようだ。
それでも「月の影」には及ばないらしく、窓から出ていった数人の影たちが捕まえてくれた。
「――なんてことをしてくれたのッ! 私は王妃よ! あなた達のような下賤の身が触れていい人間ではなくてよッ!!」
何かに躓いて転んだようにナイトドレスを汚した彼女が、恥ずかしげもなく叫ぶ。
先ほども見たような喚き散らし方をする彼女を影の一人が黙らせてくれた。
荷物のように乱暴に担がれた彼女も陛下の前まで持っていった。
◆◆◆
「――よくやった、エリオット。迅速な対応であった」
「お借りしました近衛と影達のおかげです。私はただ後ろから見ていただけですので」
「ふむ、そうであるか」
陛下は視線を下げてしばらくの間、何か考えるようにしていた。
黙って次のお言葉を待っていると、おもむろに独り言という体で呟きだす。
「……これは独り言だが、第二王子がいなくなり、第二王女も継承権を破棄した。表明していないとはいえ、第三王女もその気はないであろうな。――であれば、王太子は第一王子が順当であろうな。……背景についてはよく聞かせておくとしよう」
「……」
私は無言のまま、さらに頭を下げる。
陛下がわざとらしい咳をすると、全員に聞こえるように声を張った。
「――近衛や影にも褒美を出そう。エリオット、そなたにも僅かばかりだが褒賞を与える。好きに使うといい」
「ありがとうございます」
後日受け取った目録には驚くほどの金額が書かれていた。
口止め料も含まれていると理解はしているけど、きっと彼へ便宜を図れとの意図が含まれているのだろう。
そのことに苦笑しつつも、お金をそのまま預けることに不安を覚えたので彼らの金庫番だけに話を通しておいた。
帳簿上はしっかりと渡し、実際はこちらで管理すると伝えた。
金庫番が顔を引き攣らせていたけど、そっと肩を叩いて慰めておいた。
◆◆◆
外を見ると朝日が昇りかけていた。
彼の待つ部屋に戻ると、出ていった時と変わらない姿勢で寝転がっていた。
本当にただ待っていたらしく、近寄って声を掛ける。
「終わったよ」
「そ」
返ってきた言葉は一言だけ。
素っ気なかったけど、彼っぽく思えて、ふいに笑みが零れる。
ぼうっと天井を向いている彼を見てふと思い出す。
そういえば一つ気になっていることがあった。
「――ずっと見てたのかい?」
「何のことやら」
私の質問をはぐらかして立ち上がる彼。
気だるげに「戻るぞー」と告げると、指を鳴らして出発と変わらぬ場所に戻してくれた。
足元に置かれた魔道具を取り上げると、同じものがもう一本現れた。
きっと王都に置いていたものだろう。
二つを軽く確認した彼は、まるで最初からその手になかったかのように、その魔道具を消し去った。
「じゃ」
それだけ言い残して彼もその場から消え去った。
行きでは手にたくさんの荷物を持っていた私達だったけど、今は手元に証拠も何もない。
後には疲労感と眠気と達成感だけが残っていた。
王族の名前、初出しですかね。以下にまとめておきます。
国王 アイザック
第一王妃 レベッカ
第二王子 ゴドフリー(レベッカの息子)
第一王女 ヘンリエッタ(レベッカの娘、流行り病で他界)
第二王妃 テレシア
第二王女 アルシア(テレシアの娘)
第三王妃 メリンダ
第一王子 リチャード(メリンダの息子)
第三王女 ソフィア(メリンダの娘)




