224話 白日に照らされる影
すみません、またしても急用でしばし離れていました。
遅ればせながらの更新です。
「――君たちには、世界の成長を手助けして欲しいんだ」
真面目な口調で告げると、案の定、険しい声が飛ぶ。
「これだけのことをしておいて? 事前の承諾もなし。唐突に連れてこられたと思ったら今の今まで音沙汰なし。こっちが困った時も、なんの手助けもしなかったくせに、よくそんなことが言えたね」
「……」
マヤは嫌悪感を露わにして睨みつける。
ゼインも目を細めていたけど、意外なことに敵意は感じられず、ただ真意を探るような色がのるだけ。
アルシアたちは首を傾げて困惑を見せていた。
「マヤちゃんとキエラちゃんには悪いと思っているよ。特にマヤちゃんは事故の後すぐだったから、想定よりもズレて変なところに出ちゃったからね」
「事故? それにしたって、後から接触すればいいだけのことでしょ」
ごもっともな意見だけれど、それができたら苦労はない。
困りながらも話せるところだけ伝える。
「原則、君たちとの接触は禁止事項なんだ。これも例外中の例外。このままだと世界の存続が危ういから、こうして赴けたって訳なの」
世界の存続との言葉で、マヤの気勢が若干削がれる。
けれど、これだけでは納得いかない様子に少しだけ詳細を続けた。
「本来、君たちと接触できるタイミングは、この世界に転移させた時だけ。そのときにあらましを説明して、馴染めてから事に当たってもらうつもりだったの。それが崩れたのはタリオン君を転移させた時。彼の質量が重すぎて、世界に弾かれちゃったからなのよ」
「馴染む? 弾かれた? まるで世界に意思があるみたいに話すね」
「それはもちろん。すべてとはいかないけど、この世界には意思があるからね。」
半分笑い飛ばすよう話したマヤだったけど、同意してみせると動きを止めた。
他のみんなも怪訝そうに見つめる。
それでもこちらは至って真面目だ。
「……本当なの?」
「事実だからね。これ以上は教えられないから、証明する方法はないのが苦しいところだけど」
苦笑いを浮かべて肩を竦めると、半信半疑のまま黙りこける。
「……それはゼトス教の唯一神様なのでしょうか?」
アルシアの疑問にリタたちがぎょっと目を剥く。
彼女たちは敬虔な信者という訳ではないけれど、聞く人が聞けば血の雨が降るほどの台詞だった。
それでも真摯な面持ちで尋ねるアルシアは、じっと何かに縋るようこちらを見続けている。
「残念だけど、あれは架空の偶像かな。あの子はそれほど人類を気に掛けてはいないからね」
「そう……ですか……」
ゆっくりと目を伏せるアルシアにリタたちもなんとも言えない表情を向ける。
そんな彼女たちを気に掛けることなく、ゼインが突然口を挟む。
「――神の真似事をするお前がそれを言うのか?」
「あははは、別に狙ってやった訳じゃないんだけどね」
じっとりとした目に苦笑を返す。
「どういうことですか?」
アルシアの躊躇う声が上がる。
視線を固定したまま、ゼインはつまらなそうに言葉を落とす。
「こいつがお前らの信奉する神とやらだ。もっとも、大したことはしてないだろうがな」
その答えに八つの視線が一斉に振り返る。
そこには驚愕や猜疑、一つまみの崇敬が入り混じる。
なんとも居心地の悪い空気となってしまった。
「や、強引にこじつければって話だけどね。直接的な介入は何一つやってないしね」
「嘘つけ。神官共の能力を次代へ引き継げるよう画策しただろ。杜撰だが、血統魔法に近い形でな」
「しーっ! しぃーっだってばゼイン君!! これも極秘事項の一つなんだから!!」
慌ててジェスチャーを交えて口封じを図る。
彼は軽く鼻を鳴らすだけで口を閉じてくれた。
「えっ、それって――」
「聞かなかった!! アルシアちゃんたちは何も聞かなかった! ――いいねっ!?」
強い口調で捲し立てると、彼女たちはぎこちなくも首を縦に振る。
怒り心頭といった様子だったマヤも、今は困惑を強めていた。
……まったく、これだからゼイン君とは顔を合わせたくなかったんだ。
どうしても一度顔を合わせる必要はあったけど、こんな状況は想定外だった。
たぶん、セドリック君の元にいる子たちを視て気付かれたんだろうけど、こんなのはあんまりだ。
荒い息を吐きながら椅子に崩れ落ちる。
威厳を出そうとしていたのに、完全に裏目に出てしまった。
もう開き直って楽にするのがいいかもしれない。
頬杖ついて足を組みながら、恨めしげに彼を見上げた。
「……ゼイン君、人の秘密を勝手に暴くの、良くないよ?」
「敵に温情をかける真似はしない」
「敵って……。まぁいっか」
わざとらしくため息をついていると、マヤが奥歯に物が挟まったように疑問を漏らす。
「……仙人って、こっちの世界では介入してもいいものなの? 前の世界はダメだった記憶なんだけど」
流石、長生きしている分、彼女はこっちの事情にも詳しい。
「この世界も同じだよ。それに向こうと違って、明確に私たちの存在を知られていないからなおさら」
「それじゃあ、セイボルさん? の行いは不味いんじゃ?」
「ユタって呼び捨てでいいよ。――ギリギリセーフ、グレーゾーンってところかな。仲間たちも数人気付いているみたいだけど、見逃してくれているし」
見逃す筆頭が集団のトップを張っているから、首の皮一枚繋がっている節はある。
それに加えて過激派に知られていないのも大きい。
それを思えば、ヨグ爺やウルトさんには頭が上がらない。
「だからこの件はオフレコで。この場に呼び寄せたのも、世界から距離を置くだけじゃなくてそういう意味合いもあったからね」
「でも、世界の存続とわた――ゼインとの接触にどんな関係があるの?」
少しだけ申し訳ない気持ちはあったから、別に言い換える必要はなかったけど……。
「早く倒したぐらいで破綻するなんて、おかしいと思う」
「そうだね。マヤちゃんの言う通りだよ」
彼女の言葉を肯定すると、みんな戸惑った表情をする。
できれば伝えたくなかったけど、尋ねられたからには教えるしかなくなった。
はぐらかすのは、こちらの信条に反するのだから。
醸し出す空気が変わったことに気付いた彼女たちは、神妙な面持ちを浮かべて口を噤む。
ゆるりとした笑みを湛えたまま、隣の彼に視線を送りながら静かに言葉を紡いだ。
「一番の理由は、倒し方に問題があったの。摂理の整っていない力で浄化を後押ししちゃったら、更なる歪が生じてしまうのよ。多少の時間的誤差は次回に持ち越されるだけなんだけど、流石にこれは看過できなくてね。だからこうして止めに来たって訳」
全員の視線が一人に集まる。
当人は眉をひそめて問い掛ける。
「確かに理は捻じ曲げているが、摂理にはちゃんと則っているぞ」
「そこは確かに間違ってはないんだけど、この浄化っていくつもの“世界”の因子が必要になるのよ。分かりやすく言えば、ゼイン君一人で倒したこと自体が不味いのよね」
「……っ」
酷い渋面を浮かべるゼイン。
彼にとって、足並みを揃えて戦うのは一番苦手とすることでしょうし。
「キエラちゃんと肩を並べても理由は同じ。内包するものが少なすぎて、想定した効果は望めないの」
「つまり、たくさんの人が必要ってこと? そんなことが重要だなんて、普通気付けない」
「それなら単身強敵に挑むほうが“普通”じゃないでしょ? どれだけの猛者を集めたところで、あの子たちを倒すこと自体難しいのだし」
実際にさっきの戦いを見れば、反論の余地はない。
押し黙ったマヤを横目に、おずおずとアルシアが口を開く。
「ですが、過去にも討伐できたと伺いました。……その記録は消されているようですが」
「倒すこと自体はできるよ? あの子たちの周期の切れ目か倦怠期に合えば、なんとかね。実際、セドリック君たちなんて変わり目だったけど辛勝もいいところだったし。彼らはミスだと思った魔道具の暴走。あれで他を警戒せざるを得なくなったから、ムルは積極的な攻撃を避けていたからね」
他にも要因はあっても、あんな芽のない攻撃を何度も食らう訳にはいかなかったから。
気もそぞろなうちに畳み掛けられたのは大きい。
……まぁ、ちょっとしたお節介や偶然の巡り合わせがあったのは否めないけれど。
ちらりと気付かれないよう横目を振りつつ、彼女の質問に答えた。
「そういえば、どうして奮闘や蹂躙の記憶を消していたの? それもユタたちの仕業?」
アルシアの小声を聞いていたマヤが疑問を零す。
「んー、どちらかといえばそう……かな? 私たちが望んでというよりは、世界のためにって感じだけど」
「……記憶を消されるのは、あまり気持ちのいいものではないのですが」
「当事者たちはそうかもね。でも、残してもそこまでメリットはないからさ。君たちも、嫌な記憶は忘れたいって思うでしょ?」
優しく問い掛けると、考え込むアルシア。
しばらく顔を伏せていた彼女が面を上げた時、その翠玉の瞳は真っ直ぐ前を向いていた。
「確かに、人であれば誰しも忘れた、思い出したくないという記憶はあります。辛いこと、嫌なことでしたらなおのことです」
「うん、そうだね」
「ですが、それらを否定することは自分自身を否定することにも繋がります。そこまで私たちは――“人間”は弱い生き物ではありません」
澄んだ眼差しのアルシアは、自分が偏った意見だということは承知しているようだった。
承知の上で、彼女は強く高らかに、そう告げた。
思わず口元が緩む。
目もゆるりと細められる
白銀の光の奥、透き通った深淵に渦巻く色は、朝露の如く輝いていた。
――これだから人間は面白い。
どれだけ自分の足元が脆く崩れそうでも、混じり気のない純真さで歯を食いしばって懸命に立つ。
たとえ現実に打ちのめされても、たとえ醜く足掻いてでも。
全部が全部、同じじゃないから素晴らしい。
清濁入り乱れる――そんなだから、目が離せない。
「……そうかもね。――でもね、人間だけが耐えられても意味がないの。一番は、あの子が――」
そこまで口にして、おもむろに言葉を切る。
これ以上は流石に見つかりそうだったから。
「……ごめんね、これ以上はダメみたい。もう時間がきちゃった」
「――待て! 最後に、俺をこの世界に呼んだのはどこのどいつだ!?」
申し訳なさそうに告げると、勘違いしたゼインが声を荒げる。
そっちは別に後からでもと思ったけど、気になるなら先に教えることにした。
……後からじゃ、受け取れないかもとも思ったし。
「ゼイン君をこの世界に呼び寄せたのはヨグ爺だよ。他の子は私だけれど」
「その割に、なんの気配も残滓も感じなかったが? お前がここに呼び込んだ時でもかなりの違和感があったぞ」
理解できないとばかりにゼインは顔を顰める。
確かに彼の体質を思えば、ヨグ爺ですら一切気付かれずには不可能だった。
さっき強制転移を見せたからか、断言できると追撃もしてきた。
「そうだね。いくら気が抜けて眠っていたからって、まったく痕跡を残さずゼイン君を転移させることはできないよ」
「なら――」
「でもそれが、別の人だったらどう? 君の内に眠る誰かとかさ」
「――っ!?」
あらん限りの瞠目を見せるゼイン。
流石にその発想はなかったのか、口もあんぐりと開けていた。
「どういうことですか?」
「簡単に言うとね、彼の“体の一部”だけをこの世界に呼んだんだよ。それに引きずられる形で彼が異世界に来たの」
この説明でマヤも理解を示して目を見開く。
未だ首を捻っているのは、魔法に明るくないアルシアたちだった。
「ほら、たまにゼイン君がやっていたでしょ? 体の一部を異空間に追いやって、あたかも攻撃を食らったふりをする真似」
「ありましたね、心臓に悪い魔法が。ですがそれでも、ゼイン様のお体というのは変わりないんじゃないですか?」
そこに気付くのは真面目に魔法を学んできた証拠とも言えたけど、もう一つだけ彼の特徴が頭から抜け落ちているようだった。
どうやらリタたち三人組は気付いたようで、疑問符を浮かべるアルシアだけだった。
そんな彼女へ、最後のピースを差し出した。
「彼の一部であって、厳密には違うもの。彼の力の源でもある連綿と受け継がれてきた器。そこにある“誰か”を基点とすることで召喚を可能にしたの。……この方法だと魔力の余韻なんて残るはずもないからね」
あっ、と彼女は小さな気付きを零す。
聞き手全員が納得したところで補足する。
「普段から使うゼイン君には言うまでもないけど、この手法って摂理の修正力に任せて体を元の姿へ引き戻すのよ。魔法自体は基点部分だけにしか影響しないし、それも対象が対象だから勝手に彼の力へ変換されるもの。だから、発動中にさえ気を付けておけば、後はバレないって寸法よ」
……まぁ、かなり繊細な魔力操作と質量誘引の反転による圧を御しきれる能力がなければ成り立たないから、できる人は限られてしまうのが玉に瑕だけれども。
明かしたところで、今のゼイン君じゃ無理なぐらいだし。
案の定、彼は難しい表情で考え込んでいた。
試そうとしているらしく、手が微かにブレたり戻ったりを繰り返していた。
――だからこそ、彼女の登場に気付けていなかった。
「ここはどこ……?」
突然、何もないところから一人の少女がこの場に降り立つ。
彼女はちょうど、ゼインとアルシアの中間地点に音もなく現れた。
地面へ静かに着地すると、しきりに頭を振り霞む目をこする。
ようやく盲目から抜け出せたのか、こちらを振り向き、その一点で視線を止めた。
「――ゼインお兄ちゃん!!」
少女の感極まった鈴の音が、静寂の帳を切り裂いた。




