11話 手土産
段落の先頭下げ機能に今更気付き、活用してみました。
あの後、派遣した部隊から確認が取れたことで、ドラゴン討伐の終了が正式に言い渡された。
一度天幕に戻ると、死体の運搬について相談された。
「素材の変質を気にしなければ俺が運ぼうか」
「――変質するのか?」
「さあ? やってみないと分からないが、魔獣によっては変質するからなあ」
考える時間が欲しいと言われたので、大人しく静観する。
会話を聞いていたアルシアが不思議そうに尋ねる。
「どうやって運ぼうとしていたのですか?」
「運ぶというか転移させるだけだけどな」
「転移で変質することがあるのですね。初めて知りました」
感心したように呟くアルシアの誤解を解くために口を挟んだ。
「普通はしないらしい。……どういう訳か、俺が転移させると変質することがある。特に人を転移させると酷い魔力酔いが起こるらしく、滅多にやらないが」
「え――? 前にもしもの時は転移するとおっしゃっていませんでしたか!?」
衝撃を受けたように勢いよく振り向くアルシア。
なだめるように肩を叩いて声をかける。
「大丈夫、短距離なら支障はない。仮に長距離でも影響を抑える術はあるから」
「……本当ですか?」
ジト目を浮かべて疑わしそうな目が向けられる。
「ほんとほんと。事前に対策用の魔法をかけるから、急な転移でもちょっと酔いが出るぐらいだ。万全を期すなら魔道具を使えればいいがな」
「――信じますよ」
しばらく見つめ合っていたが、アルシアが不意に目を伏せてため息をつく。
険のとれたアルシアの様子を眺めてふと思いついた。
「素材の運搬、変質なく運ぶ方法あるぞ」
まだまだ話し合っていた隊長たちに提案する。
「いくつか素材が必要になるが、目的の場所まで転移させられる」
「……そのような魔道具を作れるだけの素材なぞ、高価すぎて割に合わない」
魔道具を使った方法を提案すると否定的な意見が飛び交う。
「考えてるほど特別な素材は要らない。それに使い捨てにするから素材の要求ランクはもっと下がる」
追加で説明しても懐疑的だ。
結局、必要な素材を聞いてみないことには決められないと言われた。
「必要なのは魔力を蓄える魔石。魔道具の外枠の素材――これは金属でも魔獣の骨でも。多少の衝撃で壊れなければ何でもいい。あとは魔力を流すための触媒ぐらいだ」
「魔道具は専門ではないから詳しくはないが、それだけで”転移”を発動できるほどの魔道具を作れるとは思わないが」
「普通はな。俺のやり方は強引に魔道具として成り立たせてるだけだ。だから使い捨てになるし、分解すると破綻する」
難しそうな顔で隊長は腕を組んで考え込む。
しばらくそうしていたが、おもむろに口を開いて結論を述べた。
「――輸送部隊も編制して運べるようにしておこう。貴殿の案は実際に魔道具を見てから判断させてもらう」
「了解」
「それと、個人的な質問なのだが、触媒というのはどういったものであればいいのだ?」
「魔法薬でも鉱石を溶かしたものでも、何なら魔獣の血でもいい。無ければ魔石を使って作るから、そこまで心配しなくていい」
いまいち腑に落ちていない様子だったが、問題は解消したようでそれ以上の問いかけはなかった。
一先ずは死骸の見張り要員を残して辺境に引き上げることになった。
多少のお節介として、死骸を取り囲むように障壁を張り、盗人対策をしておいた。
そのことを隊長に告げると、甚く感謝された。
代わりに一つ頼み事をした。
「いいのか、本当に」
「ああ。面倒事は避けたいからな」
「――わかった。閣下には私からも口添えしておこう。この場の兵たちにも後で私から通達する」
ちょっとした密談を終えて馬車に乗り込むと、アルシアにどうかしたかと尋ねられたが、何でもないと答えて対面に座る。
準備が整うと、一路辺境に向けて歩みを進めた。
◆◆◆
出発から三日後。
ついに辺境都市スラヴォフに到着した。
辺境伯領にはいくつか街が存在するそうだが、ここが最大の都市で、他の街へと繋ぐ要所でもあるらしい。
早馬で伝令を出していたからか、都市に到着するや否や辺境伯自らの歓迎を受けた。
「ようこそいらっしゃいました、アルシア殿下。長旅にトラブルとお疲れでしょう。準備はさせておりますので、一度ゆっくりと休まれてはいかがですか」
「ありがとうございます、閣下。お言葉に甘えさせていただきますね」
貴族然とした挨拶を交わすと、閣下と呼ばれた男は途端に態度を崩して柔らかな雰囲気を纏う。
「はっはっは。閣下とは何ともむず痒い。叔父でもあるのだから、もっと気楽に話してくれていいんだよ」
「ふふ、叔父様も殿下と他人行儀な呼び方ではなく、いつものように名前で呼んでくださいませ」
「そうさせてもらおう。で、隣の彼が件のお方かな?」
和やかな雰囲気のままだが、男の目が品定めをするように僅かに細められた。
「はい。この方が私たちを救ってくださった『稀人』のゼイン様です」
「――なるほど」
男は呟くように一言放っただけで、すぐさまアルシアに向き直り
「ちゃんとした自己紹介はまた後ほど。まずは休んで疲れをとってもらいたい」
「そうしますね。――いいですか?」
俺に確認するように小声で尋ねる。
特に異論はないので頷き返す。
男の配下の先導のもと、ひときわ目立つ城に案内された。
要塞のように見える城は、元々要塞の役割があったようで、昔ここが最前線だった頃の名残らしい。
今はもっと先に前線があるらしく、ここよりは劣るが堅牢な砦が築かれているそうだ。
それぞれ別の部屋を宛がわれた。
隣の部屋という訳にはいかないようで、廊下二本通れば辿り着く距離で、少々面倒だがしかたない。
案内された部屋は華美な装飾もなく質素な印象を抱いたが、俺が分からないだけで上等なものを使っているのだろう。
それを証明するように、ソファーやベッドの手触りは王城の部屋と遜色なかった。
お茶や湯あみをすべて断り、ソファーで横になって時間を潰す。
しばらくするとノックとともにアルシアが現れた。
「身支度は整いましたか――って、そのままじゃないですか!」
「ん?ダメだったか」
「だめという訳ではないですが……」
言い淀むアルシアに代わって執事が口を挟む。
「――相手方の意見を受け入れない、と捉えられかねませんので、隔意がなければ尊重するのが常となっております。ゼイン様にそのような意図はないかと存じますが、誤解されかねないとだけお見知り置きくださいませ」
「……ゼイン様は前の世界でも有数の実力者ですよね。歓待されることはなかったのですか?」
アルシアが不意に思いついたようで疑問を投げかける。
控えていた二人も納得気な顔を見せる。
「交渉事や接待とかは全部他人に投げてた。パーティーとかにも出たことないな」
思い出しながら答えていると、三人とも何とも言えない苦笑を浮かべていた。
時間もないということで、手短に着替えだけ済ませ晩餐会に向かった。
◆◆◆
「やあ、よく来てくれたね。今日は身内しかいないから、肩肘張らずにリラックスしてもらえると嬉しいよ。ああ、マナーや言葉遣いも不要だ」
すでに着席していた辺境伯が開口一番に告げた。
その言葉に甘えて、案内された席につく。
晩餐会という名の夕食が始まる。
食事が運ばれている間に自己紹介が始まった。
「さて、改めて挨拶をしよう。私はエリオット。このギルデニア辺境伯領を統べている。こっちが妻のオルガ。その隣が息子のフレデリクと娘のペトロネラだ」
紹介に従って軽く会釈や挨拶を交わす。
食事を運び終えると、使用人を一度部屋から出した。
それを見計らってアルシアが口を開く。
「ご存じかと思いますが、私はアルシア。隣に座るこちらの方がゼイン様です。『稀人』であり、私の窮地を救ってくださった恩人です」
「はっはっは。聞いたよ。なんでもドラゴンを討伐してくれたんだってね。それで言えば我々の恩人でもある。ありがとう」
そう言って辺境伯は頭を下げる。
辺境伯に合わせて他の家族も一様に頭を下げていた。
目の前の光景にアルシアが驚きを見せた。
「気にするな。邪魔だったから倒しただけだ」
俺の言葉に苦笑しながら顔をあげる。
「邪魔だったから、ね。そう思ってもなかなか出来るものでもないんだけどね」
「それよりも、口止めの件、どうなった」
非難するように目を向ける。
「ああ。そのことなら徹底させたよ。知っているのは現場にいた騎士や兵士たち、後はここにいる人と他数名ぐらいだ。他数名についてはうちの騎士団長とかで、さすがに要職のトップに知らせない訳にはいかないからね」
淡々と語る辺境伯に嘘の気配はない。
無感動に様子を伺っていると、アルシアから疑問の声が上がった。
「口止めって何のことですか?」
「おっと知らせていなかったのかい? てっきりアルシアの指示かと思ったのだけど」
問い詰めるような眼差しをアルシアから感じる。
辺境伯も面白がった様子でこちらを見ていた。
誰も助け船を出してくれないようで、ため息一つついて説明する。
「――俺がドラゴン討伐をしたとなれば、面倒事になりそうだったからな。そっちで倒したことにしてくれと頼んだだけだ」
「なぜ私に内緒にするのですか?」
「……」
無言でそっぽを向くとアルシアは柳眉をひそめて詰め寄る。
険悪な雰囲気が漂う中、辺境伯の声が割って入った。
「まあまあ、落ち着いて。アルシアも少し考えれば分かるだろう? 今の状況で彼が功績を積むことによる弊害が」
「それはそうですが……」
「ゼイン殿、あなたもだ。人は口にしなければ伝わらないこともある。沈黙はすれ違いの元だからね。 信頼関係を築くなら、格好つけずに話し合うべきだ」
諭した物言いに無言で返す。
アルシアは再び俺に向き直り、上目遣いで不安げにお願いをした。
「今度からはちゃんと教えてくださいね?」
「――ああ」
上手く返事をできた気がしない。
それでも肯定したことで溜飲が下がったのか、アルシアは静かに微笑んだ。
「――さて、せっかくの料理が冷めてしまう。頂くとしようか」
今までの雰囲気を断ち切るように、辺境伯の明るい声が響き渡る。
それを皮切りに各々食事を始めた。
食事をしながら雑談に花を咲かせる。
◆◆◆
「そういえば、アルシアの叔母が見当たらないが、起きてこれないほどの病なのか」
何気ない質問で和やかな空気が一変して重苦しい雰囲気になる。
咎めている訳ではないのだろうが、全員の視線がアルシアに集まる。
「コホン。既に知っているから話すが、私の姉マルティナは『老人病』と呼ばれる不治の病を患っていてね。衰弱しきって既に起き上がれないでいる」
わざとらしい咳の後、努めて明るい声で辺境伯は説明した。
「老人病」というのは筋力などが衰え、老人のようになっていく様から呼ばれているだけで、原因も治療法も不明とのこと。
辛うじて進行を遅らせるための魔法薬があるぐらいで、基本は発症したら死ぬしかないそうだ。
叔母の様子を知ったアルシアは唇を噛んで思いつめた表情をする。
そっと頭を叩き微笑んで見せる。
辺境伯に向き直ると、俺は言葉を紡ぐ。
「もしかしたらその病、治せるかもしれないぞ」
「――本当かい?」
一瞬目を見開いた後、冷静な面持ちで疑問を投げかける。
その瞳は嘘であれば容赦しないと物語っていた。
「ああ。完治は今すぐには無理だが、実力を磨いたアルシアであれば治せるだろう」
「それまで待てと? はっきりと言おう。姉の命はもう数か月とない。それまでにアルシアの成長が見込めるとは到底思えない」
「その通り。少なくとも数年は必要だ」
辺境伯の言葉を肯定すると、すっと目を細めて真意を探るように眺めてくる。
隣のアルシアも話の流れをハラハラしながら聞いている。
「一度視ないことには正確なことは言えないが、数年の延命だけなら何とかできる」
「――そんな旨い話、信じ難いね。代償や後遺症があるんじゃないのかい?」
「あるともないとの言い難い」
「何とも煮え切らないね」
言葉を濁すと辺境伯は責めるように見咎めた。
「その『老人病』の症状がわからないからな。最低でも肉体を強化して、以前の状態に近くすれば延命だけはできるだろう」
「……それは同じ苦しみをまた味わえと言っているようなものじゃないか」
「そうだな」
苦々しげに吐き捨てる辺境伯の意見に同意する。
「だから、本人の意思次第だ。治る可能性にかけて延命するか、死を待つか。それしかない」
「……」
辺境伯は俺の言葉を一言一言かみ砕いて咀嚼するように考え込む。
他の人たちも痛ましそうな表情を浮かべて成り行きを見守る。
しばらく黙っていたが、おもむろに目を開いて意志を示す。
「――分かった。明日以降、姉の体調が優れた日を見計らって聞いてみよう。結論はその後だ」
辺境伯の言葉に首肯で答える。
はてさて、叔母とやらはどれを選択するのだろうか。




