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ダメな自分を変えたくて、私がした『おいしいパスタの法則』  作者: ハチサロン
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言えない気持ち

 オフィスで自分のデスクに着いて仕事を始めるといつもは挨拶も返してくれないような男性社員からも話しかけられたりした。

いつもより愛想笑いをする事が多いせいか午前中で私の表情筋が悲鳴を上げた。

明日からはマスクを付けてこようかな。

マスクを付けていれば目元しか見えないから口角を上げずに済む。


『鳴海、大人気だなぁ』と岡田先輩は周りに愛想を振りまく私を見てケラケラと笑っていた。


『仕事に集中しようとしたら話しかけられたりするので、お陰で全然仕事が進まないです』と私は小さくため息をついた


『鳴海はそれくらいで良いんだよ。 いつもが仕事頑張り過ぎだからやっと普通のペースになったようなもんだよ』と先輩は笑った。


『——じゃあ俺、腹減ったから昼食べてくるかなぁ』と先輩は両手を広げて体を伸ばしながらそう言った。


『先輩、お弁当ですか?』と私は尋ねた。


『お弁当作ってくれる相手いないから寂しく外で食べてくるよ』と私に背を向けてオフィスの出入り口の方へと向かい始めた。


『ご一緒してもいいですか!?』と言って私は椅子から立ち上がった。


『全然良いけど、珍しいじゃん』と先輩は振り返って少し驚いた表情をした。


『……私もお弁当作る相手いないので』と私は笑った。


 

 オフィスを出て先輩がよく行くという近くの定食屋さんへと入った。

店の中へ入るとそこには私たちと同じ昼休み時間のサラリーマンで溢れていて私たちはカウンターの席へ隣同士で座った。


そして若い女性の店員さんがお冷を持ってこちらへと来た。


『あ、いらっしゃいませ! 今日も暑いですね』とその若い店員さんは先輩に仲良さげな感じでそう話しかけた。


『暑いねー』と先輩は顔を手で仰ぎながらメニュー表を手に取り私の方を向いて『鳴海、何にする?』と私に尋ねた。


その時初めて、若い店員さんが隣の私が先輩の連れである事に気付いたのか一瞬だけ表情が曇ったように見えた。

そして、私がメニューを見ている間に先輩は若い店員さんと何やら世話話をしていた。


私はメニューを見ながら先輩と楽しそうに話す店員さんの顔をチラッと見た。

その女性の店員さんの表情を見て私は察した。

この女性は多分先輩に好意がある。

確証はないけれど、いわゆる私の女の感というヤツだ。

確かに先輩は世間一般でいうイケメンという部類に入ると思う。

そして人見知りという概念がないんじゃないかってくらい人当たりが良い人だ。 たまに自分に好意があるのではないかと錯覚してしまう程のその優しい微笑みはなんというか本能的な部分で惹きつけられるような感じもする。


まぁ、でもそれは表向きなものであって。


先輩の所々に見られる几帳面さを見逃してはいけない。

着ているワイシャツだけを見てもそれが伺える。

30歳手前の一人暮らしの独身男性が毎日シワ一つないワイシャツを着て出社しているんだから、これは同棲し始めたらきっと一般の女性はその先輩のストイックさに耐えられなくなり泣いて実家に帰る事になるだろう。


私は心の中でこの人だけは止めておけ。と呟いた。


『私、焼き魚定食でお願いします』と店員さんに伝えた。


『じゃあ、俺もそれで』と先輩は店員さんにそう言って私からメニュー表を受け取りメニュー立てにそれを戻した。


『——ここの定食屋さんよく来るんですか?』と私は尋ねた。


『うん、割と来るよ。 あの店員さんよくサービスしてくれるからね』


『へぇー』と私は頷いた。


『鳴海、最近は順調? 色々と』


『……うーん。 これから順調にしたいと思ってます』


『そっか』と先輩はおしぼりで手を拭きながら頷いた。


『最近ずっとモヤモヤしてる事があって今日確かめようと思ってるんです。 きっとこの事をうやむやにしていたらいつまで経っても前に進めないから……』


『そっか、気になるんならそのままにはしない方がいいね』と先輩は言った。


私は『はい』と頷いて水を飲み干した。





 私は就業時間が終わると愛沢を連れて駅前の若いお客さんがあまりいないような昔ながらの喫茶店へと入った。

そして、店員さんに奥の二人掛けの席へと案内された。

愛沢は肩からバックを下ろし手に持ったスマートフォンをテーブルの上へと置いて席についた。

テーブルに置かれた愛沢のスマートフォンの画面を見て私は固まった。

間違いない。愛沢さんの恋人は亮太だ。

今までの私の疑念は確信へと変わった。


『鳴海さんどうしたの? 私に話があるって言ってたけど……』


私は頷きながら大きく深呼吸した。

いつもとは違う異様な私の様子に愛沢は少し不安そうな顔をした。


『——私に言いづらいこと?』


私は『うん、とても……』と言って頷いた。


『……なんだろう。 悪い事だったら嫌だな……』と愛沢は少し目線を落とした。


『愛沢さん、私ね——』


『——私鳴海さんに嘘ついてた』


『えっ……』

思いがけない愛沢の言葉に私は固まった。


『彼氏と付き合って三年記念日だ。って言ったのあれ嘘なんだ。 あの日ね彼に別れようって言われたんだ……』


『そうなんだ……』と私は呟いた。


『……こんな話急にしてごめんね。けれど、私どうしていいかわからなくって……』

愛沢はそう言って小さい肩を震わせながら大粒の涙を流した。


泣いている愛沢を見て、私は心臓を縄できつく縛られたように胸が締め付けられた。

どうにかしたいけれど、自分の力ではどうにもらない事。

誰かに助けてほしいけれど、言ったところでどうにもならない事も全部。

とても自分に似ていて、愛沢の涙をどうしても他人事とは思えなかった。


『愛沢さん?』


『……ん?』と、愛沢は目頭に涙を溜めながら私を見つめた。


『亮太くんには、自分の気持ちしっかり伝えた方がいいよ。 後悔しないように……』


本当のことは言えなかった。

弱りきっている彼女をもっと追い込んでしまいそうだったから。

そうしたのは今の彼女が自分にとても似ていたからなのか

それともそうした方が良いと心の中で思っていたのかは自分でもわからない。

けど、やはり私は愛沢を差し置いて亮太と一緒になったとしても本当に心の底から幸せだとはきっと感じられない。


『ありがとう……鳴海さんってホントに優しいね』


『……そんなんじゃないよ』


そんなのじゃないんだ。

優しくなんてない。

私は亮太と一緒に過ごした日々を全く後悔もしていないし

愛沢に悪いことをしたなって気持ちなんてこれっぽっちもない。

世間一般では浮気という言葉で片付けられるかもしれないけれど

それでも私はちゃんと恋をしていたし、無駄だとも思ってない。


だから大切に心の中にしまっておこう。


亮太と一緒にいた日々は誰にも知られることのない日々だけれど

でも誰かに知ってもらう事が重要なのではなくて

大切なのは一緒にいたっていう事実だけだから。


『——ごめんね、自分の話ばっかり。 何か頼もっか』

と愛沢は涙を拭きながらテーブルのメニュー立てからメニューを手に取った。


私は何も言わずに無言で頷いて愛沢の持つメニュー表を見つめた。


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