いつか褒めてくれた髪
私はショッピングモールを出た後に行きつけの美容室へと向かった。
そこは私が社会人になりたての頃から通っている私にとっては唯一と馴染みの店と呼べる場所でもあった。
まぁ、でもここに三ヶ月に一度程のペースで通っているのはこの店が良い。というよりも私をいつも担当してくれる山田さんという私と同じ歳の女性の美容師さんにしてほしいから通っている。
山田さんは可愛らしい丸い目が特徴的な気さくな人だ。
気さくではあるけれど、話過ぎてうるさい訳でもなく話し下手な私の話を親身になって聞いてくれるような落ち着いた女性だ。
カットをしてくれる時もこうしたい!という私の要望をしっかりと細かく聞いてくれる。
そして、その上でもっとこうしたら良くなるんじゃないかと提案してくれたりと繊細な仕事をする信頼できる人だ。
『いらっしゃいませー』
私が美容室の入り口のドアを開けるとそれに気付いた担当の山田さんが私に近寄ってそう言った。
『昼から予約していた鳴海ですが……』
山田さんは私の姿を見て口に手を当てて目を少し見開いて驚いた。
『鳴海さんですよね? いつもと雰囲気が全然違うのでびっくりしちゃいました!』
私はあははと笑って頷いた。
『髪のスカーフとってもお似合いですね! ではこちらへどうぞ』と山田さんは少し混雑している店内の奥の方の一つだけ空いている席に手を向けて私を案内した。
『——今日はカラーとカットと伺っていますが、どのような感じかイメージなどは決まっていますか?』
『いえ、あまり髪を染めたこともないので、どうしようか悩んでたんですが……仕事に支障をきたさない程度に少しだけ明るい感じにしたいなぁと思っていて』
『そうなんですね。 少々お待ちくださいね』と山田さんは私の座っている席の後ろの棚からカラーリングのサンプルを持ってくれた。
『……なんていうか、温かい雰囲気な感じにしたいんです』
と私はカラーのサンプルをジーッと見つめてそう言った。
『オレンジとベージュを合わせた色なんてどうでしょうか? そんなに赤味が強調される訳でもなく、ほんのりとした色で柔らかなイメージになります。 今日のような感じで緩い巻き髪にすれば優しい印象になると思いますよ』
『——それでお願いします!』私は悩みもせずに即答で決めた。
山田さんが丁寧に髪にカラー剤をつけ終わり待ち時間の間、私は何気なくスマホを開いた。
また亮太からメッセージが来ていたが私は開くことなく少し考えた。
ここで返信してしまったらきっとまたズルズルと
現状が変わることなく同じことをきっと繰り返してしまうだろう。
今すぐ返信してしまえば今だけはすごく気持ちが楽になるかもしれないけれど
長い目で見ればきっと後から楽になるのは後者の方だ。
今日誕生日を祝ってくれるとは言っていた。
それはとても嬉しい。
すごく嬉しい。
出来る事なら今すぐ飛んでいきたい。
きっと私がこうして自分磨きを頑張っていたのは。
いや、頑張れたのは。
きっと亮太に見せたかったっていう気持ちも少なからずあるから。
『——カユいところありませんか?』
山田さんはシャワーで私の髪にまとわりついたカラー剤を洗い流した。
私は洗髪中に山田さんが顔に水がかからないようにと顔に覆ってくれたタオルの下で涙が流れた。
目を瞑ったら亮太との思い出をたくさん思い出してしまって。
いつか言ってくれたなぁと思って。
私の黒い髪が好きだって。
私が今まで髪を染めなかったのも
そう言ってくれた言葉が頭の片隅には確かに残っていたからかもしれない。
すごくすごく好き。
2番目でもいいやって思ってしまう程好き。
だから終わらせよう。
山田さんは私の髪を乾かした後にヘアセットをしてくれた。
『とても良い色ですね。 お綺麗ですよ』
鏡に写る赤味がかった髪の私を見て山田さんは微笑んだ。
私は黒髪ではなくなった鏡の中の自分を見て涙が溢れて俯いた。
『……私、少しは変われたでしょうか?』私はそう呟いた。
『鳴海さん? 私、色んなお客様を見ていて思うんです。
これから何か大切な出来事がある方が髪を切りに来たり、
心機一転頑張ろうって思ってこの店に来る方。
様々な方がいます。
オシャレをしたり、その身だしなみを整えるって一見自分の為のようにも思えたりもするですが……
周りを思いやる気持ちだとも思うんです。
だってほら、自分の姿を見ている時間よりも相手に見てもらえる時間の方が多いじゃないですか。
きっと鳴海さんは前よりも少しだけ相手のことを思いやる気持ちが強くなったのではないでしょうか?』
山田さんは両手で優しく私の肩をさすった。
『——鳴海さんは変われると思います!』
私は一つだけ勘違いをしていたのかもしれない。
外見をキレイに取り繕ったから変わるんじゃない。
綺麗になる事が目的ではなくてそれは小さなきっかけにしか過ぎない事なんだ。
今より豊かに過ごしたい。
都合の良い女じゃなくて、ちゃんと愛されたい。
そして素直に好きと伝えたい。
私の為に何日も前から予定を空けてほしい。
私は掛け替えのないたった一人の女性になりたい。




