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 始まりはいつだったのだろう。

 エドガー様が宰相様のご子息であるシュナイダー様にアリーゼ様を紹介されたとき? それともアリーゼ様が光魔法の使い手だとわかり、聖女と讃えられ始めたとき?

 たぶん違う。

 アリーゼ様がエドガー様のご友人たちと仲良くなられたときから始まっていた。


 私は第二王子の婚約者で、王子妃になるものだと思い込んでいた。本当は公爵夫人であるはずなのに。

 おそらくそれはエドガー様が「俺は王子なんだからいいんだ」と口癖のように言っていたから。

 今ではそれがよくないものだとわかるけど、私を引っ張って、私に優しくしてくださるエドガー様を神聖視していたせいか、ただただエドガー様はすごい人なのだと思い込んでいた。


 アリーゼ様が周りから嫌がらせを受けるようになったことは知っていた。

 でも、どうでもよかった。エドガー様に近づかないのなら、どうだって。他の令息を誑かそうが、他のご令嬢から敵視されようが、アリーゼ様なんてどうだって。

 それなのにエドガー様はアリーゼ様に奪われてしまった。


 私の誕生日パーティーだというのに、呼んでもいないアリーゼ様がやってきて、エドガー様とともに私に婚約破棄を宣言したことにはとても驚いた。

 お父様が陛下を呼びにいなくなってしまったことにも驚いたけれど、お父様はお父様だから。

 そしてお父様がいない間に、いまだ公爵家の娘である私を馬車に無理やり乗せ、身一つで魔の森と呼ばれる場所に置いていったことにも驚いた。

 でもそれ以上に……。


 そこまで話して私の口は一文字に閉ざされる。


 前世の記憶、それはカムイ様に言ったほうがいいのかしら。

 ちらりとカムイ様を見ると、眉間にシワを寄せて私の手をむにむにと触りながら話を聞いている。

 私が黙ったことに、カムイ様は私を見て首を傾げた。

 その顔を見て決心がつく。


「前世の記憶が蘇ったんです。それにとても驚いてしまって」

「前世の記憶?!」


 大きな声を出したのはカムイ様ではなく、第一王子殿下。

 前世の記憶がどうかしたのだろうか。不思議に思って殿下を見ると、カムイ様に目を塞がれた。


「我以外の男をその瞳に映すな」


 低音の落ち着く声。耳元で囁かれて顔に熱が溜まるのがわかる。恥ずかしいけど、いつまでも聞いていたい声。

 カムイ様は私の目を手で覆い隠したまま、殿下に向かって声を放った。


「何故そのように声を出す必要がある」

「……我が国、だけではなく我々人族を始め、数多の種族は前世の記憶を持つ人間を重要視いたします。彼らは私たちに未知なる知識をもたらしてくれる神の使いだとして。ですから、驚いてしまったのです。声を荒げてしまい申し訳ございません、白龍様」

「よい、許す」


 優しいカムイ様はそのまま私の目を手で隠したまま、私に話の続き促す。


「前世の記憶に驚いていたら、いつのまにか私は魔の森に捨てられていました。第二王子殿下が私を殺そうとしていることに気が付いたのは愚かにもそのときです。苦しくて、悲しくて、つらくて。前世で同じ思いをしたのに、また繰り返している自分に呆れてしまって。そんな時にカムイ様は私を救ってくださいました」


 カムイ様に拾われていなければ、私はひっそりとあそこで息を引き取っただろう。

 私がここにいるのはカムイ様がいるから。


「カムイ様は、好きって言ってくださります。かわいい、って。愛しい、って。第二王子殿下は言ってくれなかった言葉をカムイ様は与えてくれます。どうして好きにならないでいられるでしょう。優しくて、強くて、ときどき可愛らしくて、そんな方にどうして惹かれないでいられるのでしょう。だから、もう帰らないのです。カムイ様とずっと一緒にいるから」


 ずっと、ずっと。私の命が続く限り。カムイ様が私をいらないと言わない限り。

 私の寿命とカムイ様が飽きるの、どちらが早いだろう。

 そんなことを考えてしまう。カムイ様は私を愛してる、と言ってくださるのに終わりを考える。

 こんな性格はダメだとわかってるのに変えられない。


「んむぅ。そなたが我から離れないでくれるのなら、我は何度だって言葉を口にするぞ?」

「ぁ、」

「──ルビリア、愛してる」


 今、魂名で呼ぶだなんてずるい。

 赤く染まった頬は隠しきれない。隠せるはずがない。だって、心まで揺さぶられる愛の言葉。

 カムイ様は私の魂名が目の前に座るお二人には聴こえないように囁いてくるのだもの。心臓がドキドキと早鐘を打って、どうにも止まらない。クラクラする。

 ここにはお義姉様も第一王子殿下もいるのに。それでもこの気持ちを抑えられそうにない。


「わっ」

「んむ?」

「私も、カムイ様のこと、」


 愛してる。

 そう言おうとして言葉が続かなかった。言いたいのに、怖くて言えない。愛してるだけが言えない。

 愛してる、それを捧げてしまったら私はどうなるの? 裏切られたら? 捨てられたら?

 カムイ様をどんどん好きになる。だからこその恐怖。カムイ様がいなくなってしまったとかの反動が大きすぎるものになる。


「すき……」


 結局出た言葉はいつもと変わりない言葉。


「カムイ様のこと、だいすきなの……」


 愛してる。愛してる、愛してる。

 けど、好き以上の大好き以上のこの言葉が絶対的なものではないことを私は知っている。

 もう心の隅にエドガー様への想いはカケラも残ってない。それなのに私は言えない。


「我の番がこんなにもかわいい」


 カムイ様が両手でそんな私を抱き締めてきて、視界が明るくなる。

 私なんかをカムイ様はかわいいかわいいと頭を撫でてギュッてしてくださる。

 触れ合うのは好き。甘い言葉をかけてもらえるのも好き。カムイ様だから。カムイ様になら、なにをされたって好きだと思う。

 私を抱き締めてくれるカムイ様の腕の中で、なるべく第一王子を視界から反らしながら私は途中になってしまった話の続きを話す。


「理解していただけたかとは思いますが、私はカムイ様……白龍様を慕ってここにおります。無理矢理ここにいるわけじゃありません」


 今さらながらに気がついた。

 お義姉様たちが浮かない顔をしていらしたのは、私がカムイ様に無理矢理番にされたと思っていたから。

 カムイ様に撫でられている私を見て、幾分かホッとしているように見えたのはそのせいだと思う。

 お義姉様たちは優しい人だから。エドガー様だけを慕い、エドガー様以外の人とは希薄な関係を培っていた私にも話しかけてくれるような優しい人。だから心配してくださったのだろう。


「そう、そうなの……」

「だから、心配しないで。ミスティア様」


 もうお義姉様とは呼べない。呼ばない。いつかは姉になるのだと、お義姉様として慕ってきたけれど、もう姉妹になる道は絶たれてしまった。そして私はそれでいいと思ってる。

 涙ぐんだミスティア様に私は心の底から笑顔を浮かべる。


「ローズ、あなたが幸せでよかった……。エドガー様の婚約者だったあなたはどこか寂しそうで、とても心配だったの」

「ミスティア様……」

「白龍様に愛されているようで安心したわ。それにあなたも。エドガー様といるときより幸せそうで、それに初めて見る雲が晴れたような晴れやかな笑顔。白龍様に大切にしてもらってるのね。祝福するわ」

「ありがとうございます、ミスティア様。私、カムイ様にお逢いして初めてこんなにも心動かされた気がするの。もう国には戻らないけど、お父様とお母様にはよろしくお伝えしてください」

「……ええ、そうね。そうよね。大丈夫よ。わたくしがしっかりと叔父様と叔母様にお伝えするわ」


 ミスティア様は私の言葉を受けて少し困ったような顔を浮かべるけど、しっかりと頷いてくださった。

 それにホッとする。よかった。お父様とお母様に私の無事だけでもご報告できて。ミスティア様がお伝えしてくださるなら、きっと伝わる。


「……ベル、そなたその娘と少し話すか?」

「カムイ様?」

「我とそこの男……娘の番は席を外そう。女同士の話を邪魔するほど、我は器量が小さいわけではない」


 私を締め付けるように抱き締めていた腕が離れた。

 それに寂しさを覚えてしまう。もうカムイ様なしじゃいられない私みたい。


「でも、」

「よい。我らは違うテーブルに移動していよう。行くぞ、娘の番」

「はい」


 カムイ様は私の返事も聞かずに違うテーブルに移動してしまう。

 広い部屋で、どうして何個もテーブルがあるんだろう。少しだけ恨めしく思ってしまう。

 ミスティア様とお話ししたくないと言ったら嘘になる。けれど、それはカムイ様が近くにいてこそ。


「寂しそうね、ローズ」

「……はい。ずっとカムイ様と一緒だったので」

「仲睦まじいようでなによりだわ。少しだけわたくしとお話しましょう?」

「ええ、もちろんですわ。ミスティア様」


 これだけで寂しくてはこの先カムイ様がいない人生なんて生きてはいけないわ。

 カムイ様のいない人生なんて生きる意味なんてないけれど、これからもしかしたらカムイ様と離れることがあるかもしれない。そのときにカムイ様を煩わせてはいけないのだわ。

 そう思って、ミスティア様の言葉にしっかりと頷いた。

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