第四話 庭師の仕事
あらかたサンプルを紹介し終わると、マグナさんは口に手を当てて悩んでいた。
「なかなか難しい…どれもいいとは思うんですがねぇ…こう何というか、これだ!ってものがないんですよねぇ。」
「そうなると、庭の出来を逐一マグナ様に見てもらい、お気に召さないところを修正する、というのはどうでしょう?」
「いいですね!じゃあ最初の方はお任せしますので、何かあったらこの番号にかけてください!すぐ駆け付けますから!」
どうやらひと段落ついたようだ。作業内容は至極簡単、ピクニックができる庭を作れ、大まかな部分は俺の美的センスにかかっているけど何か不満があれば容赦なくいうぞ、という感じだ。正直かなり安心した。突拍子のない提案なんかをされると思っていたが、驚くほどあっさりした提案だった。こちらとしてはやりやすくて本当に助かる。
「ああ、そうそう。私はあまり家にいないがその代わり家内が家のことをやってくれるから、なにかあったら家内に相談してくれ。もうすぐ帰って来るから。」
「かしこまりました。では、早速作業取り掛かります。」
出された紅茶を飲みほし、庭へ向かう。
「ピクニックができるそよ風の吹く庭…ね。」
ピクニックと言えば春のイメージが強い。そよ風というところからも、庭のテーマは『春』で間違いない。問題はどのような植物にするか。安直に桜でもいいが、桜の場合ピクニックではなくお花見のイメージが強くなる。ピクニック要素がなくなるのは避けたい。となると…
「やっぱり楠木か。」
ピクニックと言えばやはりメジャーな楠木を使うのが妥当。ピクニックなら近くにブランコなんかを作ってもいい。周りに生やす木はクヌギがいいだろう。秋になればドングリが育ち、子供たちは喜んで拾いに行くだろう。
「大体の構想が練れたから、早いとこ頼んどくか」
俺は腕に埋め込んである端末を起動し、プレジュデンに電話をかける。
「はい、こちらプレジュデン…」
「俺だ。今すぐ楠木とクヌギの苗木を送ってくれ。楠木はでかくなりそうなのを一株、クヌギは20株ほど送ってくれ。」
「リシルか、わかった。今すぐ送る。」
「ありがとなイズラ。」
通話を切り、乗ってきた車に戻る。トランクを開けると、楠木とクヌギの苗木が指定した数入っていた。それをトランクから運び出し、庭に植えていく。苗木を全て植え終わったあと、付属していた液状の成長促進剤を何滴か垂らす。すると、促進剤を吸収した苗木は、あっという間に何十年もたったような巨木になっていた。全ての苗木に促進剤をたらし終わると、更地だった庭は緑豊かな野原へと変わっていた。
「あとは芝生を植えればひとまず形自体はできるな。」
芝生を敷くと、ピクニックをするにはうってつけの場所が出来上がった。これなら結構満足できるんじゃないか、と我ながら感心してしまう。
「なんなのよこれ…」
後ろから声がするので振り向くと、若い黒髪の女が立っていた。
「こんな何のひねりもない庭なんて恥ずかしいわ!!!」
「あの、もしかして奥様でしょうか…?」
「ええ!マグナの妻ですけど?それより、あなたがこのくだらない庭を作った人?」
「ええ…そうですけど…」
そういうとサシーさんはおおきなため息をついた。
「またあの人三流庭師を呼んだのね…バカみたい…」
「えっと…お庭がなにかご不満でしょうか…?」
「“なにか”ですって?全部よ!!決まってるじゃない!!」
サシーさんはぴしゃりと言った。
「植え方、配置、なにより木!!全てつまらないわ!こんなのただの公園と一緒じゃない!私が見たいのは”ピクニックができるようなそよ風の吹く庭”と言ったじゃない!どこにそよ風が吹く要素があるの!!??」
誤算だった。マグナさんがいい人だから奥さんもいい人だと思い込んでいた。火のない所に煙は立たない。クレーマーは旦那さんではなく奥さんの方だったのだ。
「失礼しました。すぐに作り直します」
「次こんなつまらない庭を見せてみなさい!?あんたらのところに仕事が来ないようにしてやる!」
そう言い終わると、マグナ夫人は不機嫌そうに家に入っていった。この一瞬の出来事で俺はすべてを悟った。確かにこれはキツイ。とは言え、確かにつまらないと言われればそれまでだ。ナタが作ったあの庭と比べると普通過ぎた。これは俺の技量不足、そう自分に言い聞かせ、湧き上がる怒りを必死に抑えた。
こうして、マグナさんの庭作りをしてから二日間がたった。あれから何度もマグナ夫人からのダメ出しを食らい、精神がかなりすり減っていた。
「こんなはずじゃ…」
マグナさんと話していたことが遠い昔のように、この家での思い出はすべて夫人からの罵倒で埋め尽くされていった。何かいい案はないかと庭で思考をめぐらすが、浮かぶのは一般的なものばかりで、夫人を満足させられるようなものは思いつかなかった。
「いつまで座ってるつもりかしら?」
いつの間にか夫人が目の前にいた。
「只今休憩の方を…」
「言い訳なんて聞きたくないわよ!!」
夫人はこちらの話を一方的に遮った。
「あなた何のためにここにいるの?庭をつくるためよね?それができないなら帰ったらどうかしら?」
嫌味たっぷりの言葉に乗らないように心を落ち着かせる。
「申し訳ございません。何分、お客様のご要望を叶えるお庭の構想が思いつかず…」
そういうと夫人はふん、と鼻を鳴らした。
「あなた、プレジュデンのとこの庭師よね?前回あそこの庭師に”命溢れる庭”にしてほしいと頼んでみたのだけれど…あれはひどかったわ~!品性のかけらもない木に足から生えるあの気持ちの悪い草!”命溢れる庭”がいい~といったのに出てきたのは枯れ葉が流れる川!いったいどこに命があふれてるのかしら!主人が気に入ってたから許したけど、あんなもの庭じゃないわよ~ただのゴミよ!ゴミ!自分にしかわからない庭つくっといて何が庭師よ!きっと主人もお情けであの庭を許したに違いないわ~!」
「なんだと…?」
今まで抑えていた怒りが烈火のごとく燃え上がる。俺は怒りに身を任せ、夫人の胸ぐらにつかみかかっていた。
「あいつの庭がゴミだと!?あいつが丹精を込め、罵声を浴びせられながらつくりあげた庭をゴミというのか!!枯れ葉の川や足から生える草花、どれを取ったって俺じゃ思いつかない傑作だ!!まさに命が芽吹いている!!マグナさんはお情けであの庭にしたんじゃない!!あの庭の意味が分かっていたからだ!!あんなに手入れされている庭が愛されてないというのか!?あんたは一度でも手入れをしたことがあるのか!?それなのに『どこに命が溢れているのか』だと!?笑わせるな!!」
「な、なにy」
「いいか!?俺たち庭師はな!!庭をつくるために必死に考え、汗水を垂らして作業をする!!なぜかわかるか!?家の顔とも呼べる庭を俺たちにつくってくれと言ってくださる依頼人のためだ!!その人のために仕上げた庭にケチをつけ、意味も理解しようとしないようなやつにつくったわけじゃない!!」
掴んでいた手をおもいきり離す。夫人は大きくよろめきながら後ろに下がる。その眼には涙が浮かんでいた。
「こ…こんなこと…!許されていいはずない!!主人に言いつけてやる!!お前らの人生めちゃくちゃにしてやる!!」
夫人はみじめに吐き捨てながら家の中に入っていった。俺は未だ怒りの炎が消えずにいた。手を出さなかっただけましだと思ってほしいぐらいだ。
「あの女…」
これほど誰かに憤怒したのは久々だ。当然だ、仲間のつくった庭を侮辱したのだ。ただ仕事を放棄するのでは割に合わない。俺の中で怒りが徐々に庭師としての決意に変わっていく。
「あの女がぐうの音が出ないほど完璧な庭をつくってやる!!!」




