第三話 人は見かけによらない
車に乗っている間は、運転手であるアマナ=ピエリカムと二人きりになる。必然的に会話も多くなるはずだが、この老年の男はかなりの無口であるため、車内はいつも静寂に包まれている。言葉を交わすのが嫌いというわけではない、ただ静かな空間が好きだと新米のころ聞かされた。そのため音楽どころかラジオすらつけない。聞こえるのは車の走る音と風を切る音ぐらいなものだ。そんな静かな車内で、俺はサシーさんがどんなむちゃぶりを課すのか、そのことだけを考えていた。俺だって一端の庭師だ。お客様のご要望は可能な限り叶えたい。しかし、職場でのサシーさんに対する評価は相当ひどい、最悪といっていいだろう。なんでも、どんな庭も満足せず、必ずどこかにいちゃもんをつけ、庭をつくりなおさせるらしい。なぜルカはこんな人の依頼を引き受けたか甚だ疑問である。
そうこうしているうちにサシー邸に到着した。アマナさんにお礼を言い、サシーさんの暮らす豪邸の前に立つ。竹製の塀に囲まれた、何とも雅な家だ。扉も大きく、檜の香りがかすかにする。大丈夫、そう自分に言い聞かせ、インターホンを押す。インターホン越しに男性の声が聞こえる。
「はい?」
「どうも、庭師のリシルと申します。サシー様のお庭の手入れをしに来ました。」
「プレジュデンの人か!!少々お待ちを!急いで準備しますので、先に中に入っててください!」
そう言い終わると同時に、大きな檜の扉が開いた。俺は言われた通りに中に入ると、そこにはなんとも摩訶不思議な景色が広がっていた。曲がりくねった樹木が互いに絡み合い一本の巨大な木が立っており、その周りを囲むように枯れ葉の川が流れている。一歩踏み出すたびに地面から草が生い茂り、そこから足を話すと瞬く間に枯れてしまう。これほど繊細な植物たちがしおれることなく元気に光を浴びている。前回サシーさんの庭を手入れしたのは確かナタだった。あいつがこれほど美しい庭を作れたのかと思うと、何とも言えない気分になった。家屋に目を向けると、丁度誰かがこちらに向かってきていた。丸メガネをかけ、パリッとしたスーツを着た、いかにも重役のような見た目の男だ。
「これはこれは!よく来てくださった!」
男がこちらに来るなり手をつかみ、ぶんぶんと振り回す。どうやらあちらの星の挨拶らしい。
「ああ!すまないいきなり!癖でね。」
「い、いえ…全然大丈夫です。」
「あらためて、私はマグナ=サシーだ。今日はよろしく頼むよ」
「ええ、よろしくお願いします」
正直、どんな悪辣な顔をした人がくるのか考えていたが、その予想はあっさり裏切られた。どこにでもいるただのおじさん、それがサシーさんいや、マグナさんに対する第一印象だった。こんな気のよさそうな人がいちゃもんをつけまくるだなんて到底思えなかった。実はそんなに悪い人ではないのかもしれないとすら思えるほどだ。
「それで、今日はお庭をどんな感じにいたしましょうか。この雰囲気を残したまま新しい植物を植えたりとかですか?」
「このままでも素晴らしい庭なんだが、妻が雰囲気をガラッと変えたいというんだ。今の庭とは全く違う感じにね」
「では、庭の植物はすべて撤去ということでよろしいでしょうか?」
「ああ、残念だが。すまない、よろしく頼むよ。終わったらリビングに来てくれ、お茶でも飲みながら話そう」
「かしこまりました」
マグナさんはそう言い終わると足早に家の中に入ってしまった。用意していた除草剤とゴミ箱を取り出
す。
「これ全部かぁ…」
気の遠くなるような作業だが、お客様のご要望なら仕方ない。ナタにはわるいが、全て除去するしかない。庭全体に除草剤を散布すると、一瞬で草花は枯れてしまった。俺はグラッシュを地面に置き、枯れ葉を一枚口の中に入れた。
「ゴハン!ウマーーーーーー!!!!!」
燃料を入れられたグラッシュは丸い体から細い手足を出すと、さらなる燃料を求めて庭中を駆け回る。グラッシュの燃料はゴミだ。正確には何でもいいが、ゴミのほうが処理も楽だし、本人(機械だけど)も気に入っている。口にものをいれた瞬間に燃料に代わるため、充電が切れることもなく、永久にゴミを食べ続けてくれる。俺はグラッシュが枯れ葉掃除をする間、小さな木を切り倒していった。最後の一本が倒れるのと同時に、グラッシュがそれを飲み込んだ。どうやら全部食い終わったようで、幸せそうな顔をしている。
「ゴハンオイシイ!モットナイノカ!」
「そう焦んな。特大のがあるから楽しみにしとけ。」
そう言うと俺はグラッシュを連れて、あのどでかい木に向かう。除草剤をまいたおかげで、葉はすべて抜け落ちていた。周囲をグルグルと観察したところ、大体全長30m、直径約2.5mほどとわかった。
「大体4等分ってところか…」
「ゴハンマダー!?」
「もうすぐやるからまってろ。それよりお前も一瞬で食えるように準備しとけ」
「ワカッター!」
俺は手にありったけの風を纏わせる。
「鎌風一迅!!」
巨木の中心に向かって手刀を繰り出すと、超圧縮された風の刃が巨木を真っ二つにした。二等分になったことを確認し、すぐにもう二回刃を放つ。巨木は綺麗に四等分となり、切り離された丸太がこちら目掛けて降ってくる。
「やれ!グラッ…」
「ゴハンンンンンンンンンン!!!」
グラッシュが落ちてくる丸太にとびかかる。小さな機械の口が丸太の先端に触れた瞬間、丸太が形をゆがめてグラッシュの口の中に入った。まるで排水口に吸い込まれる枯れ葉のように。そうして残りの丸太もすべて食いつくしてしまった。
「プハッ!!オイシカッタ!!」
「まだ根っこも残ってるからよろしくー」
「デザートダ!!!」
美味しそうに根っこごと切り株を食べると満足したのか、手足を引っ込め、電源が切れた。俺はグラッシュをカバンに詰め込むと、更地になった庭を眺めた。
庭をガラッと変える人は珍しくない。そういう時は、庭に生えているものはすべて取り除くことになる。サシーさん…いや、マグナさんはそういうタイプだと予想したため、予め準備自体はできていた。ただ、庭を更地にするたびに思う、もったいないと。丹精込めて作り上げたものを壊すというのは、気分がいいものではない。それが身内のものならなおさらだ。俺が今見ていた庭は、間違いなく傑作のそれだった。ナタにどんな顔をすればいいのかわからない。仕事とはいえ、あいつの作品を台無しにしたのだ。恨み言の一つや二ついわれたっておかしくない。でも決してそんなことはいわないだろう。一度でも庭を更地にした者にそんなことをいう権利なんてないのだから。
「庭の掃除終わりました」
「おお!!早かったな!ささ、こちらへ」
マグナさんに手招きされ、椅子に座る。一体どんなことを言われるのか皆目見当もつかない。しかし、出発する前にあった不安は消えていた。
「それで、今回どういったお庭にいたしましょうか?」
「実は最近子供が生まれまして、そしたら家内が”ピクニックができるようなそよ風の吹く庭がいい”といったのでそんな感じの庭にしたいと考えているんですが、どうでしょう?」
「素敵ですね!そういったお庭で子供と過ごしたいという方がこの時期かなりおられるんですよ。よろしければサンプルをご覧になりますか?」
「ええ!是非!」
とんとん拍子で話が進んでいく。やはりこの人はいい人だ。ご希望の強い方はサンプルは基本見ない、見せようと提案しても逆に怒られるなんてざらだ。そんなことをしないマグナさんに、俺はすっかり安心しきっていた。この依頼が想像よりも厄介なことに気づかずに。




