第11話 魔・水蒸気爆発
状況としてはこういうことかな。
まずドラル達3人はヴィルドの指示で即死攻撃を受けたら戦闘不能なふりをする。もちろん即死攻撃を無効化しているのでダメージは一切入っていない。その状態でヴィルドの【神の領域】を使用し、今回は上書きされた。おそらくこの場合の作戦なのだろう。
あえて魔王をドラルとの間に来るようにすることでドラルの武器に神聖魔法【神の光線】を命中させ、一時的に神聖属性を付与する。そしてヴィルドが支援魔法でドラルの存在を隠匿、ゲルグランサガの気を引いている間にドラルが背後から奇襲。神聖属性が付与された武器は霊体にも命中する。
これをしたことで魔王が結界外に追い出されてしまい、領域魔法も強制解除された。領域魔法はその効果の絶大さから1種につき1日に1度の使用制限がついている。
しかも魔王が結界外に出たことでペナルティが発生する。
「まさか、貴様ら即死魔法が聞いていなかったというのか!こんなだまし討ちを。それにこの結界についても知っていてこの作戦とは、勇者ならもう少し正面から戦うということを覚えたらどうだ!」
「あいにく人生経験を積んできたおじさんなもんでね。格上に正面から戦う気はないですよ。」
そうはいっているものの、少し焦っていそうだ。ぱっと見では魔王に与えられたペナルティが今のところ確認できていない。ステータス異常でもなさそうだし、何か動きに制限がかかっているわけでもなさそうだ。
それはこの世界の創造神と同等の存在、要はこの世界を観察できるものでないと知ることは出来ない。
「結界外に出たペナルティが確認できなくて困惑しているようだな。そんなもの貴様らとの戦いでは大した差ではないわ。今度こそ死ね。【大火】」
火属性魔法の最高火力の攻撃魔法!あれはおじさんたちは防がないとかな。万が一死ななかったとしても服や装備が焼け落ちてしまう。無防備になる上にエリスもいる。【大火】の炎は火や魔法に耐性のある装備でも使用者の実力によっては焼き尽くすことが可能だ。ヴィルドもそれをわかっているようだ。
「ピルドル!」
「わかってます」
ピルドルの持っている盾が魔力を散らせる効果があるらしく、それで何とか防ぎ切ったみたいだけど、ヴィルドの魔力が枯渇しているMPポーションを飲む時間が必要だ。もちろん一瞬ではあるが、強者との戦いではその一瞬が命取りとなる。お互いににらみ合って魔法を発動させようとしない。相手の魔法に対応する方が、圧倒的にコスパがいいからだ。そのにらみ合いの状態をキープしつつMPポーションを飲み終える。
完全に魔法戦の構図になってしまった。こうなってしまうと、エリス、ドラル、ピルドルの3人は出番がない。
「3人とも、結界範囲外に退避してください。一騎打ちをするしかないです。先に魔力切れを起こすか、死ぬかした方が負け。確実にあいつを倒し切ります。3人には攻撃が当たらないように私と魔王を結界で閉じ込めます。私の許可がないと解除できない結界なので3人に危険が及ぶことはない。私の勇者としての最後の戦い、魔王戦を見届けてください。絶対に生きて帰って見せます」
おじさんの言葉に3人は何か言いたそうな顔をしながらも、自分たちが役に立てないことをわかっているのか退避していった。
「【封鎖結界】」
「ほぅ。我と貴様の一騎打ちということか。お仲間との別れは済んだのか?」
「いや、済ませてないね。あと42年、100歳になるまでは生きてやるよ!」
「ここで生き残ると、それがかなわないのは貴様自身が一番よくわかっているのではないか?」
「どうかな?お前には物質を解した攻撃は効果がない。ただし、魔力を直接含むもの、例えばお前がさっき使った【大火】なんかは効果がある。そうだろ?」
「それがどうした。」
「いや、お前は大きなミスをしたってだけだよ。人間の魔法体系では実際の物質を創造する以上のことは出来ない。例えばお前がさっきやったような魔力自体に実体を持たせてその形を変えるなんてことはな。だが、一度見せてもらったんだからな。再現して見せるさ。」
「確かに貴様の魔法なら私を殺す威力はあるだろう。だが、人間ごときがそれを再現できるものか!【水生成】」
水属性の下級魔法?何をする気だ?
結界内に大量の水を発生させる。なるほど、ヴィルドは人間で魔王は霊体。結界内部を水で満たしてしまえばヴィルドは何もできなくなるはずだ。結界魔法は複雑だ、詠唱は不要な場合でも魔法の名前だけは必ず音として発する必要がある。
全体が水で満たされたとき、ヴィルドの口がわずかに動いた。
そして【封鎖結界】が消え去り、中に閉じ込められていた水は外に流れ、ヴィルドを窒息させるには至らない。
「なぜ魔法への指示を声に出さずにできた?」
「それはシンプルな興味っぽいな。教えてやるけど先にこっちだ。【封鎖結界】」
結界が再構築され、再び魔王とヴィルドの2人だけを閉じ込める。
「私は常に自身に【魔法阻害結界】を展開し、その結界と私自身の間に空気もため込んでいる。もちろん外気との入れ替えは常に行われているが、外気との接触がなくなったとしても呼吸ができ、魔法への指示を行うことができる。自分の耳に聞こえていれば魔法は動いてくれるからな。」
「そこまでの術者ということか。それだけ魔力の消費効率は悪そうだが、それでは私の攻撃は通らないということか。」
「そう。お前が勝つには俺の魔力切れまで耐えるしかない。」
もうヴィルドの口調がぐちゃぐちゃだな。それだけ戦いに集中してるってことなのか、普段の姿が取り繕ったものなのか。
「そうか。では全力でそうさせてもらう。貴様の魔力はそこまで残っていないだろう?」
「俺にはまだポーションが残っている。【魔法阻害結界】と【封鎖結界】は事前に魔力を支払うものである以上魔力切れでもしばらくは効果が持続する。次はこっちから行かせてもらうぞ。【物質阻害結界】【水生成】」
なぜ⁉さっき自分がやられたばっかりなのになんでわざわざ水を生み出す?しかも自身の周囲1.5メートルに物質の一切の出入りを禁止する結界を張った。これで空気も出入りできない。
「こちらは防御に専念させてもらうぞ。【多重魔法障壁】」
魔王は魔王で自身の周囲に魔法を防ぐ魔法障壁を多重展開する。これでお互いに用意は整ったのかな?ヴィルド側が何をしたいのかがわからない。
「それでは下準備と行きましょう。【火球】【火球】【火球】【火球】【火球】」
今度は中級魔法。それもなかなかに高威力。【封鎖結界】の魔力消費も大きいしそろそろ魔力切れだろう。それに私はヴィルドが何をしようとしているのかわかった。それにここまで使った魔法は見事に魔王のものを再現しており、魔力を直接物質に変換しているため、周囲にある水と火の両方が魔力をはらんでいる。
結界全体にひざ下までの水がためられており、結界の5か所、十字の位置とその中央に同時に火球が落とされる。もちろんそれでは不十分だが、ヴィルドはさらにMPポーション1本分の魔力を使い、結界内部の水の中に大量の【火球】を発生させた。いうまでもなく水は水蒸気として溜まっていっている。水蒸気以外の気体を少しずつ、【封鎖結界】から除外しつつ、結界全体が水蒸気でいっぱいになるようにする。そしてヴィルドの結界内の酸素が薄くなってきたころにようやく用意が完了した。
「さて、攻撃を受ける準備はできたか?俺の攻撃魔法とお前の防御魔法どっちが上か試そうじゃないか。神聖魔法【魔法無効結界】」
「【魔法無効結界】か我はアンデッドである以上それを使えない。だが、大量の結界を仕込ませてもらった。かかってくるがいい!」
魔王のその話の隙にヴィルドはMPポーションを使い、魔力を回復する。1本では全回復しないため、残りの2本を両方とも飲み干す。
「それでは行きましょう。極大【火】」
【火】。それは火属性最下位の魔法で一瞬炎を顕現させる魔法。ものをあぶったり燃えやすいものを燃やす区内にしか使い道がない。しかし、今回の場合は違う。
「ハッ。イキってた割にはその程度か勇者。極大とはいえど【火】で死ぬ我ではないぞ。」
火が顕現するまであと5秒ほどか。
「これで終わりにしてやる。複合魔力攻撃魔法【魔・水蒸気爆発】」




