終着
その男はゴミのように埋葬されていた。墓標もなく後で間違って掘り返さないように目印になる丸い石が置かれていた。
ここはそのような墓が数多くあった。集落から遠く離れた不毛の台地、石だらけの場所だ。そこに埋葬されるのは死者を敬うためでなく禍を生者に加えないために追放するためだ。そんな所に埋葬される死者は生きている間に家族もなく金もない孤独な存在であったものだ。誰も好き好んでくる場所ではない。
そんな墓を尋ねる者がいた。その目的はただの探求心だ。ある男の最期を確認するために遥か遠いこの地の果てにやってきた。
「この墓で間違いないだろうな」
「役所の記録が正しければですが。でも百年以上も前の墓を暴いてどうするのですか?」
「ただの探求心さ。もっともさるところから資金援助をしてもらっているが」
「資金援助ですか」
ここまで案内してきた男が抱いていた疑念が少し晴れた気がした。役所の墓の発掘許可だって簡単にもらえたし、こんな世界の果てにあるような極北に近い村のはずれに来るのは、なにかの使命があるといえた。
墓を暴くと中から永久凍土に閉じ込められた古い遺体が出てきた。その遺体は冷凍保存されたようになったが、すでにボロボロになっていた。着ているものは粗末で死ぬ前は貧乏だったとわかった。
その遺体をまさぐると一冊の手帳が出てきた。それには書類が残されていた。
「えーと、ヴィ、ヴィルヘルム・フラマン! よし、見つけた!」
そういって写真を何枚か撮影すると、さっきの手帳を袋に入れて再び埋葬した。その墓所に埋葬されていた者は婚約を破棄し国を滅亡させ地の果てに追放されたヴィルヘルムであった。
「で、なんでここに来たのですか?」
案内人はそう聞くと、その男・・・職業は歴史家ということだが、こういった。
「この男は愚かモノだった。でも死んだのが分からなかったので亡霊のようにやってきたんだ。詐欺師が語る名前として。そんな亡霊を滅ぼすためにきたんだ」
歴史家はそういったが、案内人には意味が分からなかった。
「亡霊ですか。でも、あそこに葬られているのは無価値とされたものですよ。多くは自分の国にいられなくなった追放者ですよ。そこを尋ねるなんて変わっておられます」
その案内人はヴィルヘルムという死者の事を知りたいとは思わなかった。酷い飢えと病気で死んだような男の死を悲しんだ者はいないと分かったからだ。ここでは見送ってくれる家族や友人がいれば、まずあそこに葬られることはないから。それだけで価値はわかった。
「それにしても、生まれた時はダメでも死ぬときは幸福の方がいいよな。生まれた時は王族でも死んだときは誰にも真面に葬られないなんて、悲しい人生だよな」
歴史家は少し涙を浮かべていた。人々の記憶から抹殺された廃嫡された王太子に対し。幸せになるための方法を誤ってしまった男に対して。
後にその歴史家が執筆した「女王キャサリン陛下の生涯」のなかでヴィルヘルムについてこう記述していたという。
『キャサリン陛下を捨てジェーン嬢に乗り換えようとしたのがヴィルヘルム最悪の失敗だった。二人の女性を弄んで国を滅ぼした男の運命はざまあみろと罵られて当然である。
チェスターが地の果てに彼を置き去りにしたのは運命に委ねた一種の裁判にかけたといえる。もし必要な人間であれば神が運を与えるだろうし、もしかするとそれまでの人生よりも輝いたものになることもあるだろうと。
チェスターによれば、真実の愛などという幻想で数多くの者を死に追いやり国を滅ぼした男は、無様に処刑されるか自決すべきだと考えていたいう。不必要な慈悲によって殺さず、また自裁する機会を選ばなかったので、代わりに死んでも構わないような場所に置き去りにした。それが極北のあの土地であった。
そのあとのヴィルヘルムの人生がどうなったかという詳細はわからないが、どうやらひどい飢えと病のなかで人生を終えたようだ。その人生で誰にも相手されなかったらしく、遺体はゴミでも埋めるようにして墓地に埋葬されていた。
その墓地を小生が訪問した時、彼の墓は瓦礫のような石に覆われていた。その地の案内人によれば罪人の悪霊を封じるためのものだという。追放され死ぬまでどのような人生であったかは、もはや探求する事はできないが、誰にも愛されなかったのは間違いなさそうである。あの墓地は家族や友人がいない者しか葬られないと言い伝えられているという。
ヴィルヘルムにとって追放されてからの人生は、緩慢な死刑であった。彼が追い求めていた真実の愛の真実とは儚く虚しかったものだといえる。自分だけが満足するのではなく、相手や周囲の者に対して愛することをしなかった哀れな男の末路である』
ー「王子の真実の愛の真実」 了 ー




