異世界編 第ニ話
そしてここは異世界、デコーヌ王国。
夜の林道を鬼将軍のまたがったスーパーカブがゆっくりと走っている。
私のランドクルーザーは、少し距離をおいて後ろをついて行っていた。
鬼将軍の抱える美人秘書は、出発前の私たちに言った。
現地ではスキルや魔法をお金で買えると。
しかしそんなモノが必要なのだろうか?
いや、常識人には必要だろう、なにしろデコーヌ王国はモンスターでイッパイなのだから。
しかし鬼将軍は非常識人である。
一応ライフルは背負わせているが、もしかしたら奴には必要ないかもしれない。
というかこの男、死ぬことがあるのだろうか?
イヤなことをいうならば、異世界という異なった世界軸。
この世界にも鬼将軍という男が当たり前のように存在していそうな気がしてならないのだ。
まさか魔王として君臨してなどいないだろうな?
……まったくイヤな想像をしてしまった。
この男なら、なまじ有りそうな話だからだ。
その鬼将軍が、時折クラクションを鳴らして走っている。
魔物よけに鳴らしているのだろう。
そんなもので魔除けになるのだから、現代文明からすればモンスターも可愛らしいものだ。
「フジオカ隊長、明かりが見えてきたぞ」
ヘルメットに仕込んだ無線機で、鬼将軍が語りかけてきた。
「了解、ここまで来て転倒は御免ですから、速度を落して慎重に走ってください、閣下」
こうした場合、鬼将軍は確実にツアーコンダクターである私のアドバイスを聞いてくれる。
彼もまた、冒険というものがどういったものなのかよく理解しているからだ。
鬼将軍は道を選んで慎重に走った。
そして無事に森を抜けて村に出る。
夜の時間帯だというのに、村人たちは総出で私たちを出迎えてくれた。
「ずいぶんと歓迎されてるようだね、フジオカ隊長」
「お気をつけください、閣下。こうした場合、大抵は異世界人に散々飲み食いさせた挙げ句、無理難題を吹っ掛けてくるものです」
しかし村長とおぼしき老人は、屈託のない笑顔で私たちを家に招いてくれた。
正直断りたいところだったのだが、不覚にも私と鬼将軍の腹が鳴った。
家の中から肉を焼くような、美味しい香りが漂ってきたからだ。
食卓に招かれた私たちは、まず赤ワインで乾杯。
そして鴨の丸焼きを出された。
「もう逃げ場は無いな、フジオカ隊長」
「そのようですな、閣下。……いただきますか!」
私たちは赤ワインと鴨肉を交互に口へ運んだ。
そしてほどよく腹が満たされたところで、村長が切り出してきた。
「実は、この国のお姫さまが魔王にさらわれてしまいましてな」
そら来た。
「伝説によりますと魔王を倒すことのできる勇者が、今宵この時刻、あの森から姿を現すことになっておりました。……そしてそれは、現実となったのです!」
テキトーなホラ吹いて厄介をこっちに押しつけるつもりじゃないだろうな、このジジイ。
そう思ったが、村人たちの顔を思い出すと、伝説に信憑性がでてきてしまった。
しかし鬼将軍の興味は、別なところにあるようだった。
「翁、その姫君というのは、年はどれくらいかね?」
「はぁ、今年十二。今はまだ十一のはずですじゃ」
「容姿はいかがなものかな?」
「ハニーブロンドに碧い瞳、見目麗しく華奢で可憐な花のようですじゃ」
鬼将軍は私に目を向けた。
私はコクリとうなずく。
可憐な姫君が魔王に捕らわれている。
そして我々が勇者だ。
そうなればこの男を止め立てするものはなにも無い。
「行こうじゃないか、フジオカ隊長!」
「そうですな、閣下」
下心丸出しの魔王討伐が決定した。
決定したのはいいのだが、魔王討伐に必要な道具など特別なものがあるのだろうか?
「勇者さま方は強力な銃をお持ちのようですが」
「うむ、四〇〇メートル離れていても大型のシカをたおすことが可能だ」
「……………………」
「四〇〇ヤード以上離れていても大型シカをたおすことが可能だ」
「おぉ、それならば魔王も一撃ですな」
よかった、本当によかった。
これから宝珠を三つ集めて賢者のもとへおもむき、伝説の剣と鎧と楯のうち一つしか与えられないとか言われたらどうしようかと思っていたところだ。
で?魔王はどこにすんでいるのか?
「勇者さま方が現れた森と反対側の森、そこをしばらく行くと湖のほとりに古城が建っていて、そこに棲んでおります」
「では早速出発しようか」
立ち上がる鬼将軍を私は留めた。
「閣下、飲酒運転です」
「……今夜は泊めてもらおうか」




