異世界編 第三話
翌朝、私たちはスーパーカブとランドクルーザーに乗車してエンジンに火を入れた。
それにしても現代文明というか異世界文明に接してまったく動じることのないファンタジー世界の住民というのも、なかなか嫌なものである。
まるで同じ装備をした者たちが次々と魔王に挑んで、誰ひとり帰って来なかった事実があるようであるから。
勇者が帰って来ないことに慣れてんじゃねーよ。
心の中でそのように毒づいていると、鬼将軍のスーパーカブが静々と動き出した。
静々というのは、道が悪いからだ。
私もランドクルーザーをもがくように運転してゆく。
すると鬼将軍がクラクションを鳴らした。
低級魔族よけだろうか?
そのくらいの音で逃げ出すモンスターというのもどうだろう?
いや、実はモンスターもクラクション程度の大きな音には慣れているかもしれない。
あれこれと推論は立つが、いちいち気にしていても始まらない。
私たちはゆっくりと森の中を進んだ。
しばらく行くと、悪の組織の戦闘員のようなギー! ギーッ! という声が聞こえてきた。
単体ではない。
集団の声だ。
定番を持ち出すならば、ゴブリンの群れであろう。
ザコ助ではあるが、実際に相対すればその数の多さに辟易すること受け合いだ。
私は運転をしながらサイドアームのリボルバー拳銃に空砲を挿し込む。
そこから射撃一発。
ゴブリンと思われる群れが藪を揺らして逃げていくのが分かった。
さらに車を進める。
するとまた、ゴブリンの威嚇の声がきこえてきた。
鬼将軍がスーパーカブを停める。
「フジオカ隊長、どうやら私たちはかこまれたようだぞ?」
「そのようですな、閣下。いかが致します?」
「そうだな闘うしかあるまい」
マントを着けたまま、鬼将軍はシリアスな顔で冷ややかな眼差しをゴブリンたちに向けた。
一応私は空砲を鳴らしてみる。
先程とは違い、今度はゴブリンたちは逃げ出さない。
私は空砲の空薬莢を捨てて、実弾を装填する。
鬼将軍もコルトの自動拳銃を抜き出すと、薬室に弾を送り込んだ。
「キレイごとを言うならば……」
鬼将軍は呟く。
「こんな無粋なものは使いたくないのだがな」
「同意です、閣下」
ここは西部開拓史の荒野ではない。
剣と魔法のファンタジー世界なのだ。
拳銃やライフルなど、無粋の極みでしかない。
というか、この状況において粋だのヤボだのを語っているこの男は、絶対に頭がおかしい。
まったくもってクレイジーだ。
しかしか弱い姫君を誘拐した魔王という存在には許し難い感情を抱いているのだろう。
現実世界でも現れる炎のエフェクトが、この男を包んでいる。
その炎が恐ろしいのであろう、ゴブリンたちは囲みこそすれ襲っては来ない。
ヤルのかい? ケガするぜ。鬼将軍は低級とはいえモンスターに威圧をかけているのだ。
いや、少し違うか。
鬼将軍は威圧を与えているつもりなど無かろう。
ゴブリンたちが勝手に威圧感を受けているだけに違いない。
この男には戦闘などよりも、純粋な下心の方が似合っている。
私の依頼主というのは、そういう男である。
ズシャリ、鬼将軍が一歩踏み出して、枯葉と小枝が鳴った。
「ギッ……」
ゴブリンたちがたじろいでいるのが分かる。
侵入者は許せない。
さりとてこの侵入者はおそろしい。
しかしどこの世界にも無謀と勇敢を履き違える者はいるらしい。
一匹のゴブリンが木の枝から飛び降りてきて、鬼将軍に攻撃を加えようとする。
そのゴブリンを鬼将軍が見た。
するとゴブリンは全身から力が抜けたようになり、グンニャリと鬼将軍の肩に当たって地面に肉の音を立てた。
瞳孔が開き切ったようなゴブリンの命中の辺りを蹴ってみる。
反応が無い。
ゴブリンは死んでいた。
睨み殺しである。
モンスター相手にこのような技を使えるとは、鬼将軍おそるべし、である。
その魔王の化身とも呼べそうな鬼将軍が周囲を睥睨した。
それだけでゴブリンは枝から落ち、藪を鳴らして斃れる。
もはや人間じゃねーな、鬼将軍。などと思わないように。
そんなことを思ったら私は「鬼将軍が人間だなどと、いつから勘違いしていた?」などと問いたださなくてはならないからだ。
バタバタとゴブリンが斃れ、その威圧感も相まって、ゴブリンたちは逃走を開始した。
貫禄勝ちというやつではあるが、雑魚モンスターに過ぎないゴブリン相手に、鬼将軍は少しばかりやり過ぎとも思えた。
「閣下、お疲れさまでした」
「いやなに、少し大人げがなかったかな?」
「いえ、これくらいシメておくのがよろしいかと」
「して、フジオカ隊長。次なるモンスターはどいつかな?」
「森の中ですから、オオカミ男辺りが現れるかと」
「我々は銀の銃弾も祝福されたアイテムも、まして信仰心すら無いぞ」
「そこは閣下、気合と根性と精神力で」
「なんだ、私には頼もしいアイテムが三つもあるじゃないか」
それだけでモンスターに立ち向かおうとする勇者は、お前くらいのものだ。
もちろん褒め言葉である。




