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泡沫の夢  作者: ウサギ
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何が何だか分からないうちに私は侯爵家の次男、ユーラック様と友人になった。というか、ユーラック様が友人と主張するようになった。


「友人になったのだから、僕の事はジュリーと呼んで。僕は君をアンリと呼んでいいかい?あと、敬語は無しね」


「えっ、それは恐れ多いです。私のことは何とでもお呼び下さい。それでは、ジュリアーニ様と呼ばせて頂いてもいいでしょうか」


「アンリ?ジュリーで良いって。本当に敬語はいらないよ。恐れ多いのは僕じゃなくて、僕の家にでしょ?今の僕はただのアンリの友人のジュリーなんですから」


敬語は要らないとか言いながら、自分も敬語を使っている自覚はあるのだろかと、一瞬冷静になった頭が考えた。でも、そんなこと指摘する勇気もなく。


「じゃあ、ジュリー様」


「様もいりません」


「ジュ、ジュリー……」


ユーラック様の勢いに気圧されて、ジュリーと呼んでしまった。すると、彼は嬉しそうにまた笑みを浮かべた。


「そう、それでいいよ。さあ、友人の僕と一緒にパーティーを楽しみましょう」


そう言って、私の手を引くとさっさと歩き始めてしまった。私の手を握る彼の手は、ずいぶんと大きくてそれだけで緊張してしまう。


「パーティーに来たのですから、美味しいご馳走を食べましょう」


「はい」


そんな私のことを振り返って彼はまた声を掛けてくれる。


「その後は私と、踊ってくれますか」


「ええ、喜んで」


たとえこれが侯爵家次男の一時の気まぐれだとしても、私にはこのパーティーは夢の様な時間だった。





しかし、そのパーティーの後、ユーラック様から連絡が来ることは無かった。もちろんお父様の部下だから、お父様が彼の話をしてくれることはある。でも、それだけだった。

この出来事は私の中の淡い初恋の思い出になった。




それから3年、私は15歳になった。今日もお父様は相変わらず仕事に埋もれている。


「アンリエットお嬢様。伯爵様がお呼びです」


侍女が私の事を呼びに来た。


「ええ、今参ります」


お父様が、私を呼びつける用件は大体分かってる。そろそろ適齢期なのだから結婚をとかでは無くて、仕事を手伝えだ。全くもって色気の無い話だが仕方ない。ある程度文字の読み書きが出来るようになった段階で、なぜか私はお父様の手伝いに駆り出されるようになったのだ。一度なぜ弟にはやらせないのかと、聞いたことがある。その時お父様は悲しそうに、あの子には勉学は向いてない。武を修めさせるしかないのだよ。と言った。それ以来すっかりその話題はタブーとなった。


「お父様、アンリエットです。お呼びですか?」


「おぉ、呼んだぞ、早く手伝ってくれ。明日までに終らせないといけない仕事が……」


お父様の指差した先には書類の山。触るだけで崩れそうなほどうず高く積まれている。が、私にとってこの光景は慣れっこになってしまった。大したことはない。


「あー、またですか。どの書類からやりますか?」


「どれでもいい。全部だ。完成したら俺の部下のジュリアーニ君に持っていってくれないか。たしか彼の顔は分かったよね。彼が最終的なチェックと提出先の仕分けをやってくれるから」


「はい、分かりました。って、なぜ私がユーラック様に書類をお持ちしないといけないんですか?」


ユーラック様とは3年前に一度会ったきりで、それ以来顔を合わせてない。いつもはこういう書類はお父様自身が持っていくからだ。まさか、私とユーラック様を会わせようと言うわけでもないだろうし、一体何を考えているのだろう。


「いや、アンリには悪いんだが、風邪を引いてしまって。流石に起きているのも辛いから、残りの書類も含めて全て頼んだ」


そう言って、お父様はフラフラ部屋を出ていった。前言撤回。さっきの光景は慣れっこでも、私一人でこの書類を片付けるとなると話は別だ。二人でやれば終わるけど、一人では無理だ。


「お、と、う、さ、まー!!!!」


仕事を溜め込んだお父様への怒りの声が屋敷に響き渡った。




翌日の夕方。私の睡眠時間を犠牲にしたお陰で、仕事はほぼ片付いた。あとは出しに行くだけだ。夕刻になると王宮の門は閉まってしまう。そうしたら、あとは塀を攀じ登って中に入るしかないのだが、できたらやりたくない。そんな事をしたら、ルーアン伯爵の令嬢は猿だったと噂があっという間に広がってしまう。


「王宮まで急ぎでお願い」


「畏まりました、アンリエットお嬢様」


必要最低限の身支度を整えて馬車に乗り込み、王宮へと向かう。


「ふぅ、これで私の仕事は終わり。あとは、ユーラック様に渡すだけ。ってユーラック様に!?」


あまりの忙しさに全てを忘れていたが、これから3年ぶりに初恋の人に会うわけだった。多少のお洒落ぐらいしてくれば良かったのに、本当に必要最低限の身支度だから、ほとんど目の下の隈をごまかす程度のナチュラルメイクで髪飾りすら着けていない。馬車の窓に映った自分の姿を見て思わず溜め息が出てしまう。


「あー、もう、お父様のばか!帰ったら許しません!!」


私の絶叫が再び馬車の中に響き渡った。






3年ぶりの王宮にやって来た。王宮は王宮だけあっていつ見ても絢爛豪華である。以前はパーティーだったので比較的入り口に近い広間に向かったが、今日は仕事でお父様の代理だ。文官たちの棲まう、奥の方へと足を踏み入れないといけない。


「道順はお父様に伺ったし大丈夫でしょう」


そうひとりごちて、私は足を進めていった。令嬢にあるまじき量の書類を抱えてふらふらしながら。分かれ道はあるが、整然と区画された通路で特に迷うことなく進んでいけた。ちょうど退勤時刻を過ぎた頃で歩いている人も少なく、誰かにぶつかって書類をぶちまけると言った事故も起こさずに済みそうだ。かなり奥まで歩いた頃手前の部屋から声が聞こえた。


「何回言ったら分かるんだ」


「す、すいません」


「私が求めているのは謝罪じゃない。完成した資料だ。きちんともとの資料を参照したのか」


「次から気をつけます。二度としません。お願いですから、クビにはしないで下さい。養わないといけない幼い兄弟がおりまして……」


「そんな事を言っている暇があったら、手を動かしたらどうだ?」


「はい!わかりました!」


どうやらミスをした部下を、上司が怒っているらしい。何というか怖そうな上司だ。声しか聞こえてこないけど。どんな人か興味があって、そっと部屋の中を覗き込んでしまった。


「あっ、……」


ばっちり目が合ってしまった。好奇心の赴くままに行動するとろくな事はない。だいたい、その怖そうな上司が扉の方を向いて座っているのだもの。いやでも目が合う。


「し、失礼しました!」


「ちょっと!」


全力で逃げようとしたが、呼び止められてしまった。


「はい、なんでしょう」


と、仕方なく振り向いて怖そうな上司を見た所で固まってしまった。だってどこからどう見てもユーラック様でしたから。以前よりさらに大人っぽくなり、顔立ちもキリリとしていますが、綺麗な蒼い瞳と銀髪は相変わらずでした。


「アンリ……、だよな?」


「はい、ユーラック様。お久しぶりでございます。本日はお父様の代理で書類を届けに参りました」



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