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「僕と貴方は対等です」
彼は腰を落として私と目線を合わせ、そしてそう一言言い放った。これが私の恋の始まりだったように思う。一体全くもってこの言葉のどこに魅力を感じたのか自分でもよく分からない。でも、たしかに言えるのは、妙齢の令嬢になった今、他の人にどんなに素敵な求婚の言葉を貰ってもときめかないことだ。そんな言葉をくれる相手がどんなに美男子でもだ。
私はとある伯爵家の長女に産まれた。父は王宮で文官務めをしていて、優しい母と可愛い弟のいる平和な家族だ。
彼と初めて出会ったのは、王宮で行われた文官たちの懇親会だった。私は父に連れられてそこに行く予定だった。
「アンリエットお嬢様。伯爵様がお呼びです」
「はい、分かりました。今参ります」
パーティードレスに着替えて準備万端と鏡の前で待っていると、侍女に声を掛けられた。まだ屋敷を出る時間には早いような気もするが、そんな事はどうでも良かった。なんたって12歳にして初めての社交界デビュー。お父様は内輪のものだからね、と言っていたけれどパーティーであることには変わらない。楽しみでわくわくしてしまう。はやる気持ちを押さえて、お父様の書斎に向かう。
「お父様、お呼びですか。アンリエットでございます」
「お入り、アンリ」
扉を開けると書類に埋もれたお父様の姿が見えた。服装もいつものままで、これからパーティーだとは思えないボサボサの頭をしている。
「お父様!?これからパーティーなのではございませんか。まさか、その格好で行かれるのですか?」
私が驚いて声を上げると、お父様は苦笑した。
「流石に私もそこまで非常識な事はしないよ」
「でしたら、早く着替えてくださいませ!」
「その、パーティーの事なんだけどね……」
歯切れ悪く何か言おうとするお父様。
「なんでしょうか」
「見ての通り緊急に対処しないといけない仕事があってね。行けなくなってしまったんだ。私もアンリをエスコートするのを楽しみにしていたんだけどね。ごめんよ」
悲しそうに謝るお父様に、楽しみだったパーティーに行けないことを責める気持ちも無くなってしまった。お父様に悪気があるわけでもないのですし。
「いいですわ。また、次の機会に連れて行ってくださいな。では、着替えて参りますね」
せっかく侍女たちに綺麗な格好にしてもらったのに勿体無いが、このまま着ていて汚してしまってもいけない。そう思って一礼して、お父様の部屋から出ようとした。
「あぁ、アンリ。ちょっと待ってくれないか」
「はい、なんでしょう?」
「アンリはパーティーに行くんだから、着替えなくて良いよ」
「えっ?お父様は行かれないんですよね」
「そうだね」
「で、私は行くんですか?」
「そう。悪いけどアンリ一人で行ってくれないかい?」
「はい?」
「アンリ一人になってしまうけど、パーティーに行ってほしいんだ」
「はいー!?」
お父様の訳のわからない発言に、私は淑女にあるまじきボリュームで叫んでしまった。娘の初めての社交界デビューの場に、付き添いもなしにそのまま送り出そうというのだ。もちろん、パーティーの参加者に他に親しい人がいる訳でもない。見知らぬ人だらけのところに、単身娘を送り込もうとしているのだ。いくらお父様が時々常識外れな事をするとはいえ、これはひどい。無言で抗議の意味を込めてお父様をじっと見つめる。
「アンリ、私も無茶を言っている自覚はある。でもね、宰相様に娘を連れて行くって言ったら、是非ともと言われてね」
「あの、お父様に仕事を振ったのは誰ですか?」
「宰相様だ」
「……」
「宰相様によると私は居なくてもよいと。でも男ばかりのむさ苦しい場になるから、娘さんは是非行かせてほしいと。何かあったら身を呈しても守るし、危険な目にはあわせないから。居るだけでいいと頼まれてしまったんだ」
「なるほど、お父様は断れなかったのですね」
人が良いから困っている人を無視できなかったのだろう。
「アンリ、頼むよ」
「いいでしょう。分かりました。行きましょう」
そういう訳で私はパーティーに一人で行くことになってしまった。途中までは侍女が付いてきてくれたが、流石に会場の中までは入れなかった。
パーティーの会場には着飾った人々が集まって談笑している。知らない人ばかりで、どこかの話の輪に入ることなどできなかった。一度しかお会いしてないけどなんとか顔の分かる、事のすべての原因である宰相様を捕まえて、ずっとその後ろに隠れていようかと、会場を見回した。しかし、当然といえば当然だが、100人は優に超える人間の中から、たった一人の人を見つけるなど難しい。とはいえ特にやる事もないから、宰相様を探してきょろきょろしていた。
「ねぇ、お嬢さん」
歩いている私の前に一人の男性が立ちはだかり、声をかけた。
「私ですか?」
そう言って顔を上げると、綺麗な蒼い瞳と目が合った。私と目が合うと彼は微笑を浮かべた。肩まである少し長めの銀髪が光を反射して眩しい。
「そうだよ。一人?迷子になったの?親御さんのお名前は?」
どうやら迷子の子供に見えたらしい。12歳といえば準成人ぐらいで、早い子ならもう社交界デビューしているのだが。きっと私の身長が低いから、もっと幼く見えたのだろう。
「ご親切にありがとうございます。はじめまして、私アンリエット・ルーアンと申します。本日は父は所用で欠席いたしましたため、一人で参りました」
「これはこれは、失礼いたしました。ルーアン伯爵のお嬢様でしたか。私はジュリアーニ・ユーラックと申します。ルーアン伯爵にはいつもお世話になっております」
私の挨拶を聞くと彼は佇まいを正し、私を一人の淑女として扱ってくれた。
「ユーラック様ですか。父の事をご存知なのですね」
ユーラック家。どこかで聞いたことがあると記憶を辿る。お父様に大体の貴族の名前とその間の関係を聞いていたから、その名前にも聞き覚えはある。
「ええ、私の上司ですから」
そう言って、また微笑する彼の顔を見て私は思い出した。
「って、お父様が時々話してくださるあのユーラック様!?」
「あのって私は、一体何を言われているのでしょう。気になってしまいますね」
「いえ、侯爵家の次男にして自分の家柄に驕ることもなく、優秀な方だと」
相手は侯爵家の人だ。伯爵家のうちとでは家の格が違う。失礼があったら、向こうは私の家を潰すことなんて容易い。そう思うと、緊張で声が硬くなってしまった。お父様はあいつは怒らせたら怖い、決して怒らせてはいけない人間だとか言っていたが、間違えてもその話はしてはいけない。
「そうですか。悪く言われないようで何よりです。ところでアンリエット様、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。まるで取って食われそうな顔をしてます」
「お気遣いありがとうございます。ただ、初めてこういう場に出てきましたのと、知り合いがほとんどおりませんので緊張してしまいまして……」
まさか、貴方を警戒して等とは言えない。
「そうだね。心細いよね。君の父上も娘さんを一人で行かせるなんてねぇ。良ければ私と一緒に行動しませんか。私について、君の父上がなんて言っているのかもっと聞いてみたいですし」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
だから、一人にして。貴方といると失言しそうで怖いから。とは言えず、とりあえず俯き加減に首を振った。
「もしかして、私のこと怖がっています?正直に言ってくれていいよ」
「えっ?」
この人は私の心が読めるのだろうか。しかし、だからといって、はい、怖いですとは言えない。私は、間抜けな声をあげた後なんて答えるべきか迷って、そのまま固まってしまった。
「いやー、違っていたらごめんね。でも、私の家の位が無駄に高いから色んな人に怖がられて。それと表情の出にくい私の顔もそれに一役買っているようで」
「そうなのですか。でも、ユーラック様の笑顔は素敵ですよ」
まあ、笑顔と言っても微かな微笑みが顔に浮かんだだけだけど、そこら辺の胡散臭い笑いよりずっと好感が持てる。彼の一瞬浮かべた悲しそうな表情に、ついフォローの言葉を告げてしまった。
「そう、ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
また、彼は淡い微笑を顔に浮かべる。
「いえ、出過ぎたことを申してしまいすいません」
「謝らないで。それより私から一つ提案があるんだ」
「なんでしょう?」
「友達にならない?」
「私とですか?身分もユーラック様の方が上ですし、私のような子供と友達になんて申し訳ありません」
それに、あなたの様な素敵な方と友人になりたい人はたくさんいますよ。その一言は恥ずかしかったので、そっと胸に仕舞った。
きっと、彼の提案は今一人で心細そうにしている私を気遣ってくれたものだろう。彼の優しさが伝わってくる。でも、いくらなんでも私には彼の友人なんて身分、恐れ多い。
「そんなことないよ。貴方は私の笑顔を褒めてくれたはじめての人だ」
「でも、……」
そう言った私に、彼は腰を落として目線を合わせ、一言言い放った。
「僕と貴方は対等です」
「はい」
彼に見つめられ、私は催眠術に掛かったように思わず頷いてしまった。
「その上で、僕の事が嫌いで友人になりたく無いならはっきり断ってくれて構いません」
「いえ、そんな。友人にしていただけるなら幸いです」
私が辛うじて言えたのはそれだけだった。




