ギラ新教の活動(3)
少し長くなりました。
ルナ正教会に到着したフィリップたちは、ファリスのドーブル様に、至急の面会を申し出た。
対応したモーリスは、フィリップをよく覚えていた。
2年前に立ち寄った時、フィリップは神父としての基本的な教育を、ルナ正教会で受けていた。その時いろいろ指導してくれたのがドーブル様と、モーリスのカルロスだったのだ。
「こ、これはイツキ神父様!如何されたのです?直ぐにドーブル様を呼んで参ります。さあ中へお入りください」
カルロス神父は大変なことになったと血相を変えて、下位の神父にドーブル様を呼んでくるよう指示を出す。そしてイツキを医務室へ案内しようとする。
「カルロス神父、イツキ様は礼拝堂に運んだ方がいいと思います」
フィリップはそう告げたが、自分でも何故礼拝堂なのか分からない。しかし、どうしてもイツキには祈りが必要だと思ったのだ。
「・・・承知しました。礼拝堂の準備をいたします」
カルロス神父は何故礼拝堂?と疑問に思ったが、2年前にドーブル様から《イツキ様はリーバ様の命で動いておられる。如何なる場合でも一行の指示に従うように》と、厳しく言い聞かされていた。
カルロス神父はドーブル様の言葉を思い出し、急いで礼拝堂へと向かった。
時刻は午後8時を過ぎており、礼拝堂の明かりは既に落とされていたが、他の神父にも指示を出し、急いで明かりを灯し祈りの準備に取り掛かる。
駆け付けてきたのドーブル様は、ぐったりと気を失ったイツキの姿を見て、全身が凍りついた。
イツキの顔からは生気が抜け、禍々しい気配が体を包んでいたのだ。
ドーブル様は2年前、イツキ本人から自分は【予言の子】であり、リーバ様の命で動いていると聞かされていた。
このランドル大陸を救うと言われている【予言の子】を、このルナ正教会で、いや、何処であろうと死なす訳にはいかない・・・勿論、【予言の子】を傷付ける全てのものから、全力でお守りしなければならないのだ。
「フィリップ神父、いったいどうして……」
「説明は後でゆっくりいたしますので、早く祈りを……イツキ様の浄化をお願いします」
フィリップは抱えていたイツキを、祭壇前の長椅子にそっと寝かせて、説明を求めるドーブル様に頭を下げ、すがるように祈りをお願いする。
ただ事ではない事態にドーブル様は頷くと、聖杯の中に右手を入れて、手ですくった聖水をイツキの体に掛けてゆく。
そしてドーブル様は演台の上に立つと、出せる力の限りを尽くして《神に仕えし者の祈り》を捧げ始めた。
祈りは20分続けられ、祈りが終わる頃には、イツキの顔色は良くなり、冷たかった体も温もりが戻っていた。
イツキは医務室に運ばれ、今夜はハモンドとレクスが看病することになった。
フィリップとヤマギは、イツキの様子が安定したところで、ドーブル様の執務室でお茶を飲んでいた。
「それで、いったいどうして……あのような禍々しいものを?」
「禍々しい?ああ、それは、つい先程までイツキ様は、警備隊の地下牢にいらっしゃったからでしょう。そして、ギラ新教の手下の強盗犯と対峙され、恐らく死者の言葉を……犯人に伝えられたことが原因だと思います。声もイツキ様の声ではありませんでした」
「死者の言葉……なんと……禁忌の術……」
ドーブル様はそう言うと、口を噤んでしまわれた。
それからフィリップは、今回の旅の目的地がロームズであることを説明した。そして、今日警備隊で行われたイツキの取り調べの様子を、始めから倒れるまで、事細かにドーブル様とヤマギに語った。
「しかし、イツキ様の様子を見て、何故礼拝堂で祈りが必要だと判ったのかね?」
ドーブル様は、的確に【予言の子】を救う為の判断をしたフィリップに視線を向け、疑問だったことを尋ねた。
イツキ以外のメンバーが、本物の神父ではないと知っているドーブル様は、フィリップという人物に興味を持った。
「私は、ラミル正教会の前のサイリスジューダ様から、神に選ばれてイツキ様を守る役目を与えられたと言われました。その日から出来る範囲でイツキ様をお守りしているのですが……こうして……イツキ様を……危険な目に遇わせてしまいます……」
フィリップは国王の側近と教会の一部の人間しか知らない重要事項を、声を詰まらせながら申し訳なさそうに、ドーブル様とヤマギに打ち明けた。
「そうなんだな……いやフィリップ君、神が選ばれた君だからこそ、的確な判断が出来たのだ。君は充分にイツキ様をお守りしている」
ドーブル様は、うんうんと頷きながらフィリップの肩をポンと叩いた。
「俺は……イツキ君、いやイツキ様は特別な神父様であり、【ギラ新教】と戦っているということしか知らないが、フィリップがイツキ様を守っている雰囲気は、何となく気付いていたよ」
ヤマギはそう言った言葉の後に、「でも、お前は秘書官補佐であり、王の目を率いている筈だが」と言いたかった。
しかし、よく考えるとレガート国で重要な責務を担っているのに、今回のロームズ行きにフィリップが入っている時点で、ギニ司令官や秘書官が、イツキ君を守ることを了承していることになる……
「ドーブル様、お願いがあります。我々は明日の早朝にはロームズへと旅立ちます。そこで、今日イツキ様がギラ新教の手先から聞き出そうとされていたことを、犯人が話したかどうか、その後の調査がどうなったのかを調べて、ロームズ教会まで知らせていただきたいのです」
フィリップは立ち上がり、頭を深く下げてドーブル様にお願いする。
「いやいやフィリップ君、明日の旅立ちはまだ無理だ!」
「そうだフィリップ、イツキ様はまだ動かせない!」
ドーブル様とヤマギは驚いて、無茶を言うフィリップを止めようとする。
「いいえドーブル様、イツキ様は1日でも早く、ロームズに到着されたいはずです。ロームズの町は今、【ギラ新教】に乗っ取られようとしています。住民はギラ新教徒であるレガート国の伯爵に、弾圧されている可能性があります。今回のロームズ行きは教会の仕事だと、イツキ様は仰いました」
「教会の仕事・・・分かりました。では次の教会があるビルドの町まで、私の馬車をお使いください。他に必要な物はありますか?」
ドーブル様は教会の仕事という言葉を聞いて、イツキ様の目的が【ギラ新教】との戦いであれば、我々ファリスは、何を置いても【予言の子】であるイツキ様を支えるのが務めであると考えた。
そして3人は幾つかの確認や、これからの協力体制について話し合い、明日の旅立ちの準備に取り掛かった。
1098年5月25日早朝、イツキたち5人とハヤマ(通信鳥)のミムは、予定していた行程通りルナ正教会を出発した。
イツキは目覚めないままだったが、出来るだけ体に負担が掛からないよう気を付けて、やや速度を落として移動することにした。
◇ ◇ ◇
イツキが倒れてルナ警備隊本部を去ってから、3人の隊長たちは動揺していた。
それは、イツキの取り調べ方が特殊だったこともあるが、5人の犯人全員が、別人のようになっていたからである。
リーダーの腹心の部下である【その4】は、顔は20歳くらい老けた上、髪の毛は茶色から白髪になり、少しの物音にもビクビクと脅えた。
自分の知っていることは全て話すと言い、質問していないことまで暴露し、仲間3人と同じ牢に入れられた。
早々に気を失い、隣の牢に投げ込まれていた【その1】【その2】【その3】も、深夜に目覚めて「誰か話を聞いてくれ、全てを話す」と言い出した。
取り調べは明日の朝再開すると警備隊の者が告げると、「暗闇が怖い」「明かりをくれ」と泣きついてきた。
リーダーのアボルドは、横たわったまま暫く涙を流し続けていたが、深夜になり仲間たちが目覚めてからは、1人で壁にもたれ掛かって座り、じっと何かを考えているようだった。
翌朝、3人の隊長は【その4】以外の4人を、1人ずつ聴取することにした。
ルナ正教会のモーリス様が、イツキ様の代理だと言って同席することになったので、犯人たちはビクビクと脅えながら、素直に知っていることを話した。
途中でモーリスのカルロス神父が「嘘をつくと神に罰せられますよ」と言うと、「許してください」と泣きながら、強盗、人拐い、殺人等の罪を認めた。
昼前になり、ようやく最後の1人リーダーのアボルドの番がやって来た。
折れたであろう足の指の痛みで、上手く歩くことが出来なかったが、アボルドは誰の手も借りずに歩いた。
その表情は、昨日までの凶悪犯の残忍さが失せ、穏やかと言うのとも違う……無表情に近かった。
「ギラ新教の誰の指示で動いていた?これからの活動予定はどうなっていた?」
大声で脅す必要は無さそうだと、国境警備隊隊長は静かに質した。
「俺はギラ新教のヤードンという男に指示されて動いていた。子供や若い女を拐い、貴族の奴隷として売った。売れなかった女や子供は、首都ヘサで体を売らせている。俺達は、500万エバーの金を差し出せば、ヘサの店を任せて貰えることになっていた。あと少しだった。今回の盗みで目標の金が貯まるところだったんだ」
アボルドは、感情もない抑揚もない淡々とした話し方で喋り始めた。
博打場で知り合ったヤードンは、借金取りに追われる俺に「女房のいい働き口がある。たった1日で1万エバーになる」と言って話し掛けてきた。
俺は何も深く考えず、女房を働きに行かせ、金を受け取った。翌日女房は帰ってきたが、俺は遊びに出掛けて留守だった。夕方帰った時、既に女房は死んでいた・・・お袋は、俺の借金や暴力を苦に死んだんだと責めた。
母親(女房)が居なくなった息子を心配して、お袋が里子に出そうと言い出した。そんな時、ヤードンがやって来て、小さな子でも働ける貴族の家があると教えてくれた。俺は少し考えると言って断ったが、次の日遊んで帰るとリュインは居なかった。
俺は何も深く考えず、リュインを勝手に里子に出したと思い、お袋を殴った……倒れた弾みで頭を打ち……お袋は死んだ。
ヤードンに渡せば金になったのに・・・と俺は思ったんだ。
困った俺はヤードンに相談した。ヤードンは【ギラ新教】の手伝いをすれば、全てを上手く処理してくれると言った。
だが、子供の神父はなんと言った・・・?
女房はヤードンに汚されて自殺した?・・・息子のリュインはギラ新教の手下に売られて、酷い目に遭って死んだ?・・・じゃあ・・・お袋はなんの為に死んだんだ?いや、殺したのは俺だ。女房もリュインも……俺が殺したんだ。
だが、ヤードン・・・全てはお前の、お前の仕組んだことだったんだな!
このままでは死ねない!ヤードンの奴を殺すまで、俺は死ねない!
せめての罪滅ぼしに、働かせている女と子供は助けてやりたい。どれ程憎まれても恨まれてもいい。
知っていることは全て話そう。そして、どうかヤードンを捕らえて処刑して欲しい。その為ならなんでもする。
一晩中自分の愚かさを悔いて泣いたアボルドは、それでも悪人らしく、ヤードンを憎む気持ちは捨てられなかった。
2週間後、周到な計画を立てた警備隊は、【ギラ新教】の資金源となる拠点2ヶ所に踏み込み、ヤードンと数人のギラ新教の手下を捕らえ、働かされていた者たちを保護した。
5人の強盗犯達は処刑される日まで、眠ろうとすると闇が怖くて眠れず、眠ると自分の犯した悪行を夢にみて、全員が憔悴しきっていたと、ドーブル様からイツキに報告が届くのは、1か月後のことだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
暗い話が続きましたが、次話から少し?明るくいきたいと思います。