イツキ、条約を結ぶ
シリーズ5 ロームズの反乱は、番外編を含む全話完結しました。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。
次は、予言の紅星6 疾風の時 が始まります。
ハキ神国崩壊の原因は、ギラ新教だけではないだろうとイツキは思っていた。
イツキがラノス王子達に会った時、王は病に倒れ面会も出来ないと言っていた。だからと言って何も出来ない筈がないとイツキは思っている。
その要因の一端はここにあった。
「オリ王子の暴挙を止められず、王に面会出来ないことを言い訳に、貴殿方は何もしてこなかった。私の放つこれくらいの気でふらつくなど、レガート国の上層部では考えられません。・・・お前達は戦っていない。その怠慢が民を苦しめ、兵達を苦しめ、大切なラノスの命を脅かしているのだ。もしもラノスが亡くなったら、ハキ神国の民は希望を失い、流民となって他国に流れ込むだろう」
イツキの声は途中から少年の声とは違う、全く別人のような声に変わっていた。低過ぎはしないが明らかに年配者のような声である。2人はその声に聞き覚えがあった。そう、その声は、まるで先代ハキ神国王ユウノスの声にそっくりだったのだ。
「「ユウノス王・・・」」
2人は大きく目を見開く。先の王ユウノス様はお怒りになっている!それをシーリス様が教えてくださっているのだと思い、床に平伏し額が着くほど頭を下げた。
先王ユウノスは名君と言われ、民にも貴族達にも慕われていた。勿論自分達も尊敬し憧れ、少しでも認められるよう懸命に頑張っていた。なのに・・・いったい何時から、何時から頑張らなくなった?それなりに頑張っているつもりだったが、それは言い訳にしか過ぎなかったと2人は気付いた。
「申し訳ありませんユウノス王、そしてシーリス様。私が間違っておりました」
国務大臣は思い出した。15年前、自分がまだ35歳だった時、亡くなる直前のユウノス王から、孫のラノスを頼むと言われていたことを。
「私も間違っておりました。これからは逃げずに、絶対に逃げずに戦います」
総司令モックスは、妹であり王妃であるリナが、18年前にラノス王子を産んだ時のことを思い出した。「この子を王に。強く育てろ」とユウノス王に命じられた言葉を。
当然その言葉があったから、2人は今もラノス王子派として仕えているつもりだった。そう……つもりだったのだと気付いた。
「あれ?僕……今、何か言ったかな?……あれ?」とイツキは、目の前で平伏している2人を見て、ハキルの方を向き訊ねる。
「いいえ、さあ領主様、条約についての話し合いをいたしましょう」
ハキルは落ち着いた顔をしてそう言った。が、心の中では叫んでいた。『えーっ!先王ユウノス?イツキ君、いやリース様……その能力は恐過ぎます!』と。
ハキ神国の2人が落ち着いたところで、今度はロームズ辺境伯の顔をしてイツキが質問する。
「それで、ハキ神国は3つの条約案のどれを選ばれたのでしょう?」
「はい、議会では3案の賠償金2,000万エバーと10年間の不可侵条約を可決したのですが、側室クレシアス様が2案の賠償金3,000万エバーと5年間の不可侵条約にすると……それが王様の意思だと言われ、自分とオリ王子のお金を出されたので、従うしかありませんでした」
国務大臣はそう言いながら下を向く。財政難な上、また戦争を仕掛けたら国は破綻すると、多数の大臣達は心配していたので、10年間の不可侵条約を結びたかったのだ。
「どうやらギラ新教徒のクレシアス様は、大師イルドラに泣き付いたようですね。ギラ新教の持っている財力は、既にハキ神国を越えているでしょう。これでまたオリ王子親子は、ギラ新教に借りを作ってしまいました」
イツキはそう言うとフーッと大きく息を吐き、用意していた条約の同意書を取り出し、2人の前に置いて説明を始める。
「こちらはどの案でも構いません。ただし、講和条約に追記したいことがあるので、それを了承頂きたいのです。これからロームズ領はギラ新教徒の入国を拒否します。それは何処の国の者であっても同じです。ですから、ハキ神国の身分証を持つ者は、自分はギラ新教徒ではないと宣誓書の記入を義務付けます」
その旨を既に記載された条約書が2枚、テーブルの上に並べられている。
「それは……オリ王子派以外で困る者はいませんから大丈夫です。ですよね国務大臣?」
「全責任を我等2人に押し付けて使者に任命したのだから、今更文句を言われる筋合いではない。これ以上の金を要求された訳ではないし、これから我等はギラ新教徒と戦わねばならない。この条約書に文句を言う者は、ギラ新教徒であると分かるから、戦う相手がはっきりしていい」
国務大臣はそう言うと、テーブルの上に置かれた2枚の【講和条約書】にサインしていく。続いて総司令モックスもサインし、最後にイツキがサインする。
「これにて、レガート国ロームズ領に対し、オリ王子の仕掛けた戦争における講和条約は締結いたしました」
立会人として、学長のハキルが条約締結を宣言した。
4人は固く握手をし、2度と戦争が起こらないよう、お互いに頑張りましょうと誓いあった。
「さて、話は変わりますが、ロームズに来年開校予定で医学大学を建設しています。全てが準備できるのは2年後くらいになるでしょうが、1期生としてラノス王子とクロダ君を留学させては如何でしょう?」
「「ええっ!王子を医者にするのですか?」」
イツキの突然の申し出に、国務大臣も総司令も驚きの声をあげる。国王になる者が何故医学大学に来る必要があるのだろうかと首を捻る。
「ラノス王子の身の安全を考えると、学校という特殊な場所に居た方がいいと思います。特にこのロームズは狭い町なので、おかしな余所者が居れば警戒されます。そして警備もしやすく住まいはこの屋敷でも構いません。今回ロームズ領と講和条約を結びましたので、友好の架け橋として……とかなんとか……まあそんな感じで」
「そんな感じ……ですか……?しかし、皇太子の座を争っている今、他国に行くのは……どうなんでしょうか?」
かなりの困り顔で総司令モックスは答える。いくらシーリス様の申し出だとしても、そうですねと簡単に決められるものではない。
「今だからですよ。今回オリ王子は大きな失敗をしました。皇太子になるのが難しくなったとしても、ラノス王子さえ死ねば、どんな失敗があろうと皇太子の座は手に入れられます。周りがぼやぼやしている間に、何が起こるか分かりません。王宮とは、王族や貴族とはそういう考え方をするものです」
「ハキル学長の言う通りです。今王子を戦わせて勝てますか?まだギラ新教徒の排除も出来ていない……国王の容態も把握出来ていない……オリ王子派が半数に近い状況で、戦って勝つ自信があるのですか?」
「「…………」」
国務大臣も総司令も、言い返す言葉が見付からない。それでも、それでも他国に留学など、王宮の方が安全ではないのか……と考えてしまう。
「お尋ねしますが、ロームズ辺境伯は、常にロームズにいらっしゃるのでしょうか?」
もしもの時、いったい誰が責任を取るというのだろう……シーリス様という立場は表に出せない。では、他国の領主が、一介の領主の身分で責任が取れるというのか?と、国務大臣は考える。
「領主様は学生でいらっしゃいます。日頃は私が領主代行をします」
ハキル学長はそう言いながら、国務大臣の言わんとすることを理解する。
「国務大臣、帰国されてラノス王子に尋ねられては如何でしょう?王子が断られたら、その時は何も言いません。これ以上は内政干渉に当たります。私は留守にしていることが多いでしょうが、この屋敷は本教会が、教会警備隊が守ります。それに、私ではなく、医学大学のハキル学長なら、身元引き受けとして申し分ないと思います」
イツキはハキル学長の方を向いて、にっこりと微笑んだ。
「申し訳ありません。今の名前はイントラ高学院に入学する為に使用していた名前でして、本当の名前はハキル・ジ・レガートと申します。一応王族の端くれです」
ハキルはこんな風に自分の名前が役立つことがあるのだと思うと、なんだか王族も悪くないと思えてくる。呪われた名前だと思っていたが、王族の役目を少しは果たせるだろうかと嬉しくなる。
「はっ!レガート?それでは先王の・・・」
「そうです総司令。私は偽王の息子ですが、レガート王家の人間であることに変わりありません」
そう言うハキルは、やはり王族として育った人間らしく、笑顔が貴賓に溢れていた。
そんなこんなで4者会談は終了し、ハキ神国の2人は、驚きと困惑の連続ですっかり疲れ果てていた。明日は午前中ロームズの町を見て回り、昼食後、捕虜と共にハキ神国に帰国すると決まった。
捕虜になっていたゲレント元総司令は、食べては何もせずゴロゴロし、おやつまで要求しひたすら食べていたので、捕虜とは思えない太りっぷりで、帰国後皆から嘲笑されることになる。
後に2人はこの時の会談を振り返り、シーリス様(本当はリース)の言葉がラノス王子の命を救い、ハキ神国を救ったのだと感謝する。
これからハキ神国は混迷する政局の中で、オリ王子の反乱という最終局面を迎える。そして真の敵の強大さに心が折れそうになるが、ロームズでの経験を生かしたラノス王子が、民を味方に付け勝利する。それは、もう少し先、六聖人が揃ってからの話である。
7月14日、領主屋敷の警備隊長であるコウタさん(教会警備隊)が、人質として捕らえられ、行方不明になっていた2人の遺体を、屋敷の裏の林で発見した。夕方遺体は墓地に移され、軍や警備隊の関係者だけを集め、イツキの祈りで送った。
7月15日、明日はいよいよラミルに帰ると決まったイツキは、朝から町中を歩き領民に向かって「留守を頼むねー」と笑顔で言って(頼んで)回る。
何処の領地に留守を頼まれる領民が居るのだろうかとフィリップは呆れるが、領民達は「任せてください領主様!」と言って喜んで手を振る。
なんだかなぁ・・・とハモンドもレクスも微妙な顔をするが、これが、この手が使えるのは19歳までですよとイツキに進言する。
「ええっ?僕は30歳になっても同じことを言うよ。だって僕の理想のロームズは、ランドル大陸一強い領民を持つ、難攻不落の要塞都市だから。それと、大陸一の学園都市と、あとは……」
「欲張り過ぎです。先ずは領民を1万人にして、狭い領地の有効活用も考えてください。大学の職員は領主様の担当ですよ。若くて過労死しない人間を10人集めてください。私は、大学の教師や教材、備品を揃えるので精一杯ですから」
何故か一緒に付いてきたハキル学長が、ピシャリとイツキに言う。側でその遣り取りを聞いていたフィリップは、2人の相性の良さに安心する。
昼前に教会に寄ったイツキ達5人は、すっかり改心したギルバート神父にも挨拶をして役場に向かう。
役場を覗くと、ドーレン男爵(元町長)が今日も忙しそうに働いていた。ハキ神国の捕虜だった兵の半分以上の25人が、ロームズの住民になりたいと申し出ていて、1ヶ月以内に転居してくる。その住居の確保や住民登録台帳の作成など、これまでに無かった仕事が増えたのだ。
領主様の登場に、役場の職員は笑顔で「行ってらっしゃい」とか「お帰りをお待ちしてます」と声を掛けてくれた。
屋敷に帰ると、現在はメイド頭をしている、元教会の手伝いをしていたソルさんが、父親である織物工場の工場長からのお土産だと言って、絹や綿の生地を沢山くれた。
「ああそうだ!ソルさん、もう直ぐ行方不明だったお兄さんが戻ってきますよ。さっき教会で祈りを捧げている時、少し足を引き摺ったお兄さんが、ロームズに向かう馬車に乗る姿が視えました。きっとケガをして動けなかったのでしょう」
イツキが嬉しそうに笑ってそう言ったので、ソルは嬉しさのあまり泣き出してしまった。領主様は、神父様は、兄のことを覚えていてくださったのだと。
7月16日早朝、すっかり領主様のファンになり、出発の準備を手伝っていた警備隊のセブルとエイコムは、馬車に乗り込む寸前の領主様に声を掛けられた。
「ご苦労様です。何事も気を付けていただけでは、何もしていないのと同じです。事件が起きる前に行動してこそ、警戒していたと言えるのですよ。警備隊憲章を忘れず、しっかり励んでくださいね」とキアの声で・・・
イツキ、フィリップ、ドグ、ガルロ、ハモンド、レクスの6人は、ハキル学長、家令のオールズ、グライス、ドーレン男爵、警備隊長コウタに見送られ、領主の馬車に乗り王都ラミルに向け旅立った。
「「えっ……?えぇっ……!ええぇーっ!!」」と馬車の後ろで、可哀想なセブルとエイコムの叫び声が、朝靄のロームズの町に響いた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
シリーズ6は、イツキが残りの上級学校生活を、疾風のように駆け抜けていくお話です。
学生と領主という2足の草鞋を履き、全力全開でやっちゃいます……
どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。




