決戦前夜(3)
ロームズ教会で統治官の葬儀が行われていた同時刻、役場前広場には多くの住民が集まっていた。
町長と工場長が解放されたいう話は、あっという間に町中に広がり、仕事など放り出して駆け付けた住民の数は4,000人だった。住民の半数が集まっていたのだ。
町長が役場から出てくると、ワーッと大きな歓声が上がった。
「お帰りなさい町長」「お疲れ様でした」「ご無事で良かった」「町長さまー」と労いと喜びの声が飛び交う。泣いている者も多い。
町長は嬉しそうに笑顔を作り、右手を上げた。
「みな心配を掛けたが、こうして無事に戻ることができた。今日私は、このロームズに起こったことの真実を伝えるために、そして、これから共に戦って貰うために皆を集めた」
大きな声で町長は、住民を集めた目的を告げる。住民達は無事に解放された報告ではなく、ロームズに起こったことの真実を伝えると聞いて、何事だろうかと町長を見る。そして共に戦うと言った町長の言葉の意味を考える。
「今回のことの始まりは、ギラ新教という悪神教と、ハキ神国の第1王子オリの企みから始まった」
町長はゆっくりと丁寧に、今回のことの起こりから解放までの話を皆に伝え始める。
あの建物は領主屋敷などではなくオリ王子の別邸だったこと。オリ王子はギラ新教徒であり、教会での祈りを勝手に禁じた統治官代理を名乗っていたサイシスも、ギラ新教徒であったこと。
他国であるロームズに自分の屋敷を建て、住民を死ぬまで働かせたところで、ハキ神国の者を代わりに住まわせ、完全にロームズを乗っ取ることが奴等の企みだったことを説明する。
「またあの王子か!」「ギラ新教め!」「なんでロームズばかり」「死ねバカ王子」と様々な声が飛ぶ。
そして我々は、統治官様に見捨てられたのではなかった。統治官様は毒を盛られ動けなくなり監禁されていた。警備隊や軍も、隊長や上官を私や工場長と同じように人質にされ、誰も逆らうことが出来なかったのだ。
レガート王はロームズの住民の危機を知り、秘書官補佐様というとても偉い方をロームズに送ってくださった。私がこうして居られるのは、秘書官補佐様と共の方々の働きのお陰だ。
「秘書官補佐様?」「聞いたこと無いな?」「誰だそれ?」と住民達は首を捻る。
「秘書官補佐様は、2年前にもこのロームズを救ってくださった恩人だ。2年前に我らを救ってくださったのは、子供の神父様とレガート国の方々だった。フィリップ神父様こそが秘書官補佐様だったのだ!」
「「えええぇーっ!!」」っと、4,000人が同時に驚きの声を上げた。
その後町長は、フィリップ神父の正体を知って大騒ぎをする住民を静めて、次の大事な話に移った。
「秘書官補佐様の話によると、月末までにバカ王子が、屋敷とロームズを我が物にするため、必ず兵を連れて戦争を仕掛けて来るらしい。そこで秘書官補佐様は、我々でも扱える武器を用意してくださる。この前から来ていた大商団は、全てレガート軍の皆さんだ。既に国境には投石機が設置され、有り難いことに神が再びロームズに奇跡を起こされ、堀や壁も作ってくださった。神の奇跡と2年前のご恩に報いるためにも、我々は立ち上がらねばならない。死にかけていた私を懸命に看病してくださった神母様のためにも、自分達のロームズを自分達で守るのだ!ブルーノア様に愛されたロームズを、ギラ新教に渡してはならない!」
町長は力強く、ギラ新教とオリ王子と戦うのだと宣言する。
そうだ神に愛されたロームズを守らねばならない!そうでなければ神母様に申し訳ない!と皆は決意を決める。
「「オーッ!!」」
「「我らの手で町を守ろう!」」
皆は拳を強く握り締め右手を高く突き上げる。男も女も老人も子供も。住民達の叫びは、大きなうねりになって町中に響き渡っていく。
そこに登場したのは、ヤマギ副隊長、ハモンド、フジヤ少佐だった。3人は本当の身分を告げ、教会に滞在していた者と商団は、全てロームズ奪還の為に本国から来た者達だと話した。
ハモンド神父までレガート軍の者だったのかと住民達は驚いたが、ハモンドが、我々は2年前からブルーノア教会と協力して活動してきたと言ったので、住民達は大いに納得したのだった。
それから6つの地区で自警団を結成し、400人の義勇兵が集まった。
明日から午前と午後に分けて、訓練を開始することになった。子供でも撃てるポム弾は、きっと人気が出るだろう。竹槍もそれで敵を突くのではなく、槍投げをするので接近戦ではない。
イツキは住民の安全を第一に考え、武器を用意させているのだった。
◇◇◇
午後4時、イツキは技術開発部の2人を連れて、東側のカルート国との国境沿いの林に入っていた。
統治官の葬儀の後、学長のハキルが突然王命書を取り出し、王命を受けよと言い出した時は、何事だろうと思いながらも、集会所で正式な礼をとった。
まさか王様とエントン秘書官がこう出てくるとは・・・
「受け取りの拒否はできません。正式な任命は15歳になってからです。それまでは私が支えます。どうぞ上級学校の休みにはお帰りください。ああ、もうすぐ夏休みですね」
ハキルは嬉しそうにそう言うと、有無を言わせず王命書をイツキに手渡した。
その場に居たフィリップ、シュノー、ドグ、レン中佐、事務官オールズ、事務官ソンシブ、そして教会のソデブ医師、シルビア、ファリスのシーバス様、教会警備隊のコウタの計10人は、驚きのあまり言葉が出なかった。もちろんイツキもである。
半分呆れて半分諦めたイツキは、任命書をフィリップに渡し「ポムベルトを作ってきます」と言って、その場から逃げた。
そう、イツキは現実逃避するため、技術開発部の2人に任せていたポックの木探しに、急遽合流したのである。
「イツキ君、他の仕事は大丈夫なの?あのポム弾は凄いね。俺は弓は苦手だけど、あれなら的に当てられるから、住民だって少しの練習で上手くなると思うよ」
技術課のコウヤ28歳は、すっかりポム弾が気に入り楽しそうに話し掛けた。
「ポム弾の特長は、殺傷能力は低いけど簡単に操作でき、何処にでもある小石を武器に出来るところですね」
イツキは実践したコウヤに褒められて、少し顔が明るくなる。
「ポム弾もレガート軍で使う予定なのかい?」
科学課のベルム28歳は、これまでの実験浸けの不健康な日々から、真逆の規則正しい生活に慣れ、すっかり日焼けした顔でイツキに訊ねる。
「そのつもりでしたが…………事情が変わったので、ポム弾は僕の個人所有とさせて貰います。はあ・・・」
ちょっと気分が上がっていたイツキだが、大きな溜め息をつき脱力する。
「「事情が変わった?」」
2人の研究員は仲良くハモリながら、いつもと違う様子が気になりイツキの顔に視線を向ける。自分の発明品に対して欲など全く無かったイツキが、初めて権利を主張したのだ。
「はぁ……僕って結構忙しいと思うんだけど、どうやら王様とエントン秘書官は、僕にまだ働かせたいようなんです」
「ええっ?でも王様も秘書官も、イツキ君には普通の学生になって欲しかったんじゃあ?うちの部長がそう言ってたと思うけど……」
「先程ハキル様が……僕に王命を下されたんです」
「お、王命?どんな、どんな王命だったんだ?」
ベルムは王命なんて、そんなとんでもないことが、今、この現状のロームズでイツキ君の身に起きるとは考え難かった。イツキ君は既に軍の指揮を執っている。そんなイツキ君に王命が下るとしたら、指揮官補佐から副指揮官に成るくらいしか考えられない。
「王様は、僕をロームズの領主にしたいようです」
「「はぁ?領主?」」
またまた仲よくハモリながら、大声でイツキの顔を覗き込む。
「しかも、今回の強制労働の件で、半年間は住民の納税を免除し、医学大学建設資金の半分はロームズ持ち、初級学校と中級学校を建て、防衛費の半分も負担し、学校の教員も自分で揃えろと・・・まあ、そんな感じの条件付きです」
イツキは再び大きく息を吐きながら、見付けたポックの木に切り込みを入れる。落ち込みながらも仕事はきちんとこなすイツキである。
「そ、それは大変そうだな……りょ、領主……」(ベルム)
「でもさぁ、ポムがあるから大丈夫じゃないか?これからイツキ君が発明する物を、イツキ君が売り出せば。ポム弾なんて冒険者が絶対買うぜ。それに、医者でもあるイツキ君に大学を任せたい……いや、他の貴族では、ロームズを学都にするという、イツキ君の理想を叶えられないと思う。そう考えたら、イツキ君以外に思い当たる貴族なんて居ないよ」
うんうんと頷きながら、コウヤは勝手に納得する。落ち込んでいるイツキの肩を叩き、「技術開発部は全員、ロームズの領主に協力するから安心しろ」と付け加える。
イツキがキアとして起こした奇跡と、ロームズは重要な場所だからギラ新教には渡せないと力説していた、ブルーノア教会のキアを思い出し、「そんな金持ちな貴族なんて、いや、学校建設費や防衛費まで負担しようと思う貴族なんて、絶対居ないと思う」とベルムも付け加えた。
イツキは何も答えず「う~ん」と言って、ビン一杯に溜まったポックの樹液を見て、ポックの木の切り口にペタリと紙を貼った。そしてビンに栓をして鞄に入れると、次の木を探して歩き始める。
それから1時間、3人は新しいポム弾を作る為、黙々と樹液採集に精を出した。
林の中を歩きながら、イツキは覚悟を決めた。
確かに税収もあまり見込めず、人口も今は8,000人しか居ない。しかも他国であるカルート国の中に在る飛び地のロームズなど、領主という地位だけを望む者以外、成りたがる貴族は居そうにない。
レガート国の中で、1番小さな領地の領主。男爵や準男爵でさえ、これ程狭い領地ではないだろう。
まあいいか……断れないなら、リースとして活動するのには便利な場所だしと考え、視点を変えて納得する。
しかし、イツキは気付いていなかった。
これまで自分に与えられた、キシ公爵領の子爵位と、ヤマノ侯爵領の伯爵位と領地(レガート大峡谷)とは、全く別物の領主であることを。
レガート国にあるラミル以外の8つの街を治める、8人の領主と同等の9番目の領地の領主になったのだと。キシ公爵やヤマノ侯爵、インカ先輩の父親であるカイの領主、ヨシノリ先輩の父親でるマサキの領主と、同等位の領主になったのだと気付いてなかった。
*** 任 命 書 ***
キシ公爵領のキアフ・ラビグ・イツキ子爵であり、ヤマノ侯爵領のキアフ・ヤエス・イツキ伯爵を、ロームズ領の領主に任命する。
領主として納税の義務を負い、住民を統治すること。また、建設中のレガート国立医学大学の運営を任せるものとする。
必要な人材に爵位を与え、統治の手伝いをさせることを許す。
【ルバ】の辺境伯位を与え、キアフ・ルバ・イツキ・ロームズ 又は、キアフ・ルバ・ロームズと名乗ることを認めるものなり。なお、レガート国において辺境伯は、領主の侯爵位と同等位である。
1098年6月3日 レガート国王 バルファー・レガート
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
最終話が近付いてきました。50話くらいで完結するはずだったのに、70話くらいになるなんて……
まだまだ実力不足だと反省しつつ、外伝にイツキ辺境伯誕生の、レガート城での騒動を書きたいと考えています。
6月の初旬を目標に頑張ります。




