ロームズ潜入(1)
神父様が入場してくるドアを見つめながら、1人の男がある疑問を口にした。
「なあ、女のファリス様なんて居たか?俺は聞いたことがないぞ」
「そう言やぁそうだ……そもそも女の神父様って居るのか?」
「ああ、それは居る。俺の妹の嫁ぎ先は神父ではなく神母様が教会に居たぞ」
「それより可笑しいのは、キア様だっけ?チラリと見たけど未だ少女だったぞ。あんな子供がモーリス様より格上なんて信じられんが……」
「確かに変だよな。ミリドさんは騙されてないか?」
集会所内は、益々混乱していく。その様子を見たミリドは、もっとハッキリと言わなければ、キア様に失礼なことを言い出しかねないと覚悟を決める。
「皆さんお静かに!大切なことを言っていませんでした。これから洗礼式を行ってくださるキア様には、どんな無礼も許されません。キア様はファリス様より格上です。そして、特例中の特例として祈りを捧げてくださるのです。お会いしたことさえ、決して口にしてはいけません。何故ならキア様は、どんな貴族が頼んでもお会いすることさえ叶わない御方なのです」
「そりゃまるで、シーリス様じゃないか!そんなバカな話があるものか」
「「「・・・?まさかな」」」
そう言いながら皆はミリドの方に視線を向け、そんな筈はないよな?と確認する。
集会場内の全員がミリドを注目する中、スーッとドアが開きブルーの神服を着たキアを先頭に、フィリップ、ハモンドが続いて集会所に入ってきた。
ミリドは慌てて平伏す。床に額が着きそうなくらいに畏まって、再びカタカタと震え始める。
集会所に居る全員が、突然平伏したミリドを見て固まった。
そして入場してきたキアは、ブルーの神服に施されている銀糸の刺繍よって、キラキラと顔を美しく浮かび上がらせ、あまりにも神々しい姿に、みな思わず息を呑んだ。
キアが入場してから室内の空気が浄化され、まるで教会に来ているような幻覚さえ見える気がする。
とりあえず平伏しはしないものの、ミリド以外は丁寧に礼をとった。
「皆さん、これよりシーバル、ライラ夫妻の長男ヨナルの洗礼式を行います。先ずは子を授けてくださった神に感謝の祈りを捧げ、ヨナルが将来進むべき道を神に伺い、名を授けます」
キアはにっこりと微笑むと、皆の前で感謝の祈りを捧げ始める。
フィリップとハモンドは、キアの後ろでひざまずき頭を下げ、格上の神母様だと分かるよう恭しく控えている。
キアの祈りは高いソプラノの声で始まった。きっとキアが男だと思う者など居ないだろう。
祈り始めて5分、部屋の中に居る半数が涙を流し始めた。
美しく清んだ声が心の中に直接響いてくるのだ。そんな祈りなど、誰も経験したことなどなかった。
祈り始めて7分頃には全員が浄化の涙を流していて、暖かい何かが胸の中を一杯にする。そして悲しみや辛さや妬みの感情さえも、涙が零れる度に消滅していく。
優しい気持ちになり、どの顔も穏やかで微笑みに包まれていく。
キアの神に捧げる感謝の祈りが終った時、「もう終わりなの?」「もっと聞いていたい」「これこそ神の声」「これは特別な神父(神母)様に違いない」と、参列者は思うようになっていた。
「それではヨナルを私の腕に・・・では特別にヨナルの進むべき道を、神様よりお告げいただきましょう」
父親から白い絹のおくるみに包まれ、スヤスヤと眠っているヨナルを預かり、キアは自分の腕に抱くと、左手の中指をそっとヨナルの額に当てた。誰にも見えてはいないが、七色の光が中指から出ていた。
いつの間にか参列者たちは、涙を流しながら両親以外全員が平伏していた。そしてシーリス様からのお言葉を待っていた。(本当はリースだけど)
「ヨナル、この子は将来医者になる。このカルート国の多くの者を救い、王の側に仕えることになるだろう。両親はヨナルに充分な教育を与える為、ヨナルをロームズの住民とし、レガート国の学校に通わせなさい。この子は民を救う使命を持って生まれてきた。次に産まれる男の子を跡取りにしなさい」
キアの声は先程の祈りの時とは違う、別人の声になっていた。それは男性の声でありイツキ本来の声とも違っていた。
人々は神様のお声を直接聞いたのだと分かり、一段と頭を下げて平伏す。
ミリドさんの話は本当だったと、皆は信じられるようになっていた。
それどころかシーリス様にお会いできるなんて……いや、シーリス様の祈りを聞き、神様のお声まで聞いてしまった……なんたる幸運!なんと名誉なことだろう。
「シーバルさんライラさん、ヨナルにナビムスという洗礼名を授けます。280年前、シーリスであられたナビムス様は、医師の資格を持ち多くのケガ人を救われました。カルート国出身で王の病も救ったと伝えられています。親としての務めを果たし、村人全員で知恵を出し、レガート国の中級学校、そして上級学校へ進学させれば、必ずや医師への道が開けるでしょう」
キアは威厳を持ってハッキリと両親と親族に告げた。
ヨナルの額に触れた時、イツキにはある光景が視えていた。それは大きくなったヨナルが、ビビド村の隣にあるロームズの、医学大学に通っていたのだ。
『ロームズに医学大学・・・これは僕に与えられた使命だろうか?』
イツキはロームズにとって、学校が出来ることは良いことだろうと思う。飛び地故に今回のような、王が見えないことを利用して悪事を働く者が出る。
医者不足はランドル大陸の人々の為に、早急に何とかしなければならない案件である。学校が出来れば注目も集まり、真面目な学生が集まり治安も安定する。
身分に関係なく優秀なら誰でも入学できる学校を作れば、医者は絶対に増える。
レガート国の隣国ミリダには、ミリダ王立工業学院とミリダ王立先進学院がある。イントラ連合には、イントラ高学院(医学・薬学・経済学)がある。ダルーン王国には、チート国立芸術学校がある。
何故か大国であるレガートとハキ神国には、大学的な学校が無い。
「これにて洗礼式を終了します。皆さん、くれぐれも約束してください。私はビビド村には来なかった。そうですよね?」
キアはにっこりと笑い、先程までの神々しい雰囲気とは違い、優しい少女の顔でやんわりと脅す。
「もちろんです神母様!」
村長が代表で答えると、その場に居る全員もコクコクと何度も頷く。
「本来私は個人や村の為に、特別に祈ってはいけない立場なんです。よろしいですね」
だめ押しで脅し……いや、お願いすると、全員が平伏して「分かりました」と声を揃えて返事を返した。
イツキたち一行が村長所有の離れの家で寛いでいると、ロームズに先行して潜入していた【王の目】のドグがやって来た。
「やあみんな……あれ?イツキ君じゃなかった指揮官補佐は?あれ?こちらの娘さんは……えーっと……どうして女性が一緒なんだ?」
ドグはキョロキョロと部屋の中を見回し、イツキが来ていないのを不思議に思いながらも、若い娘さんに気を使い愛想笑いを向ける。
「やっぱりなあ・・・俺だって初めて見たら分からないと思うわ」(フィリップ)
「まあ仕方ないな。ここで直ぐにバレてるようじゃあダメだろう」(ヤマギ)
「ご無沙汰してますドグさん。今回もよろしくお願いします」(ハモンド)
「はじめましてドグさん。王宮警備隊のレクスと言います。どうぞよろしくお願いします。イツキ様なら一緒に来てますよ」(レクス)
フィリップとヤマギは、ニヤニヤと嬉しそうにドグに声を掛ける。ハモンドとレクスは、しっかりと頭を下げて挨拶をする。
同期生の2人に憐れみの視線を向けられているような気がするドグは、なんだか納得がいかない顔をしてヤマギを見る。
「ドグさんはじめまして。キアと申します。この村のミリドの姪です。明日から叔母に代わり私がロームズ教会に手伝いに行くことになりました。ご迷惑をお掛けすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
元気に明るくキアはドグに挨拶をする。ドグもこちらこそと言って、軽く頭を下げて挨拶を返した。
フィリップとヤマギは、ドグの様子を見て思わず吹き出し、ハモンドとレクスは視線を合わせないようにしながら、肩を震わせている。
「お前ら、何がおかしいんだ!……っとに、感じ悪いなあ……」
ドグはブツブツ文句を言いながら、現状報告をしようにも第3者のキアが居るので、大切な話が切り出せないでいた。かと言って、出ていってくれとも言えない。
「それではドグさん、ロームズの近況報告をお願いします。わたし、教会の神父様がお怪我をされたと聞き、とても心配なんです。それとドグさんは、今日からフィリップ神父の護衛として雇われることになります」
「はぁ?えーっと……君は、いやキアさんも仲間なんですか?」
「勿論ですわ!今回フィリップ様は、なんとモーリス様に昇進されました。ハモンド神父はフィリップ神父の従者です。ヤマギさんとレクスさんはフィリップ神父の護衛ですが、フィリップ様の今回の任務も魔獣調査ですから、護衛は多い方がいいのです。教会の雇った護衛は、領主や国王であっても排除することなど出来ませんから、堂々とロームズの町に入りましょう」
キアは真面目な顔をして、何故かこの場を仕切っている。それについて何も言わないフィリップに違和感を覚えるドグだが、キアが話す時はハモンドとレクスの行儀がよいので、娘の前でいい格好をしようと張り切っているかのようにも見え頭が混乱する。
「それで、イツキ君は何処に行ったんだ?」
「ここに居ますわドグさん!」
「はっ???」
混乱しているドグに、キアであるイツキが、いつもの如く黒く微笑んだ。その微笑みにドグは見覚えがあった……あったのだが……いや、そんな筈はないと、自分の考えを否定する。
「えーっと、キアさんに男の兄弟は居ますか?例えば黒い髪の弟とか?」
「あら、わたし確かに弟が居ますわ。でも残念ながら黒髪ではありません」
フィリップとヤマギとハモンドが堪えきれずに「ブフォッ」と吹き出し、腹を抱えて笑い出した。レクスは大先輩であるドグに敬意を払って、なんとか笑うのを持ち堪えているが、微妙に肩は震えている。
「だからお前ら何なんだよ!いい加減にしろ!」
可愛いキアの手前、怒りを抑えていたドグは我慢できずに叫んだ。
「さあ、そんなところで、本題に入ろう。ドグさんの手紙にあった内容に変化は無いですか?それからフィリップさんとヤマギさんに確認しますが、現在駐在しているレガート軍の国境警備隊員に、顔見知りの者は居ますか?」
イツキはいつもの自分の喋り方に戻して、確認事項を質問し始める。
「はいイツキ君、俺は地方に居ることが多かったので、そんなに顔は知られていないと思うが、恐らく2人くらいは知っている可能性がある」
ヤマギは事前に調べた駐在員の情報を元に、イツキの問いに答えていく。
「俺の場合は……顔は売れてないが情報は出回っているから、分かる奴には分かると思うよイツキ君」
フィリップは面倒臭そうに答える。外見があまりにも美しく、【王の目】のリーダーとして名を馳せているので、見たことがなくても有名人であることは間違いない。
「ええぇぇーっ!!イツキ君?」
「お疲れさまですドグさん。今回僕はキアと名乗り女装してロームズに乗り込みます」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。




