悪魔との戦いの中で
「貴様らの命は我々が救ってやったのに、我々に牙を向くとは何を考えている?」
2m以上ある巨体がガルートに襲い掛かってくる。
「俺達は力の使い方を悩んでいるだけだ。今はただ目の前で苦しんでいる人に手を差し伸べる事が、俺の出来る事だと思っている。」
敵はガルートへの攻撃の手を緩めようとはしない。
「それでは貴様のくだらない気の迷いで、我等の仲間が傷付いているという事か?」
「俺達は… いつだって弱い方の味方だ。」
ガルートは力強く立ち上がり反撃を開始した。
「くらえ!」
ガルートの一撃は敵を吹き飛ばす。
そしてフラフラと立ち上がりガルートへ衝撃の一言を告げた。
「…残念だったな。いくら足掻いても我々は、貴様の村を足掛かりに大きくこの世界に進行する計画を実行に移そうとしている。貴様と同じ様に我々の力を人間どもに移植し、村ごと我々の拠点にする計画がな。」
「村の人間を全て悪魔に変えようと言うことか?」
「貴様らの様に、人間でありながら常人を超える力を持った者は確実に暴走する。貴様らの様に我々が手を下さなくとも、人間達はその力で勝手に滅びるだろう。」
ガルートはその使命の重さ責任に押しつぶされそうになっていく。
「何を怖気づいているんだ? お前はこの旅に出たことで学んだはずだ。 自分の力の責任とその重さを。」
ユナムはガルートを叱責した。
「俺たちは自分の力を自分でしっかりと制御するしかないんだ!」
ユナムはガルートの迷いを晴らしていく、
「俺たち人間はきっと出来る。 正しい方向の力の使い方が出来るはずだ。」
内藤さんは腕を組んでずっと考えていた。そして一言、
「俺は戦争や国の保有する軍事に対するアンチテーゼとして、この作品を書きたかったんだ。人間は大きな力を持ってしまった時に、制御する事が出来なくなってしまうことがあるって事を… ただの大きな力には何の意味もないんだって言う事を。」
「つまりガルートやユナムはそうなってしまうって事ですか?」
「だからこの2人は共に旅して、生きとし生けるものに深く関わり合う事で、力の大きさとその力を制御する事に対する意味を学んでいく構成になってる。」
内藤さんは少し難しい顔をしながら、
「ガルートもユナムもイメージしていたのは『意思を持った爆弾』なんだ。 繊細な書き方をしないと存在自体が悪になってしまうからこそ、俺は慎重に2人を描きたかった。」
僕はその内藤さんの話を聞いているうちに、この推敲のスタートが冒頭の場面だったのは、そもそも内藤さんが『スレイプニルの谷』を頭から書き直したいのだと確信した。
物語は旅をやめて、仲間達と共に自分の村へ戻る決心をするシーンへと進行していく。
ガルートは仲間達に頭を下げた。
「俺の村を守る為に共に戻って欲しい。」
「それは違うな。」
ユナムはガルートの胸ぐらを掴み上げた。
「俺達は戻るんじゃない。行くんだよ。助ける為に。」
「ユナム…」
多少の沈黙の後、シャオウラは楽しそうに手を叩きながら切り出した。
「じゃあ行きますか? ガルートの生まれ故郷に!」
そして荷物を拾い上げガルートたちは来た道を引き返す。
ユナムの言うとおり彼らは帰るのではない。
人の未来への可能性を助けに行くのだ。
「少なくともユナムは俺の思っているユナムではないな。」
少し俯き、そう呟くと内藤さんは物陰の方へ歩き始めた。
「イメージと違ったんですか?」
「あぁ。 きっと次の場面は村へ向かう前にユナムが敵に襲われて命を落とすシーンだろう。」
僕達の会話など聞こえない御一行は足取りも速く村へ旅立って行った。
「さぁ… 俺たちも本格的に推敲を開始するとするか?」
内藤さんは内に秘めた怒りのような物を抑えながら僕に背を向けた。
「…そうですね。」
そしてページはペラペラと捲られていく、僕は知っている。
この次の旅の途中に出会った悪魔と戦いでユナムは命を落とす。