少し困っている様子
朝の光が、通りをすっかり満たしていた。
ひだまり商店街は、ゆっくりと一日の動きを始めている。
行き交う人の数も、少しずつ増えてきた。
店先に並ぶ商品。
開いた扉。
交わされる挨拶。
そのすべてが、穏やかなリズムで続いている。
ひだまり雑貨店の前で、モチオは足を止める。
まだ、扉は閉まっている。
カリーナは、やっぱりまだ来ていない。
モチオは、少しだけ通りを見渡す。
朝の空気。
光。
人の流れ。
その中で――
ひとつだけ、気になる場所がある。
パン屋。
さっき立ち寄った店。
モチオは、自然とそちらを見る。
扉は開いたまま。
中の様子が、少しだけ見える。
モチオは、少しだけ距離を詰める。
近づきすぎない位置で、立ち止まる。
店の中。
パンは並んでいる。
きれいに整えられている。
でも――
人が少ない。
時間的には、もう少し客がいてもいい頃。
通りのほかの店には、人の出入りがある。
でも、この店の前だけ、流れが少し緩やかだ。
モチオは、その違いを感じる。
店主は、カウンターの奥にいる。
動いている。
パンを並べ直す。
少し位置を変える。
また戻す。
その繰り返し。
動きは丁寧だ。
雑ではない。
でも――
落ち着かない。
ほんのわずかに。
同じ場所を、何度も整えている。
必要以上に。
モチオは、その様子を見る。
静かに。
観察する。
通りを歩く人が、パン屋の前を通り過ぎる。
一瞬、店の中を見る。
でも、そのまま通り過ぎる。
足が止まらない。
モチオは、その流れを目で追う。
ひとり。
ふたり。
同じように、通り過ぎていく。
店主は、その様子を見ている。
視線だけで。
声はかけない。
ただ、見送る。
そのあとで、また棚を整える。
モチオは、少しだけ首をかしげる。
(……少ない)
はっきりとした理由はわからない。
でも、感覚としてわかる。
人の流れが、少しだけ外れている。
モチオは、そのまま店の前に立つ。
しばらく、動かない。
すると――
店主が、こちらに気づく。
「ああ、さっきの」
軽く声をかける。
モチオは、小さくうなずく。
「……はい」
店主は、少しだけ笑う。
「もう一個いく?」
冗談のように。
でも、その声の奥に、ほんのわずかな迷いがある。
モチオは、店の中を見る。
棚。
パン。
整っている。
でも、さっきと同じ。
変わっていない。
モチオは、小さく首を振る。
「……いえ」
それ以上は言わない。
店主も、無理には勧めない。
「そっか」
それだけ言って、また棚に向き直る。
モチオは、その様子を見る。
手が、少しだけ止まる。
それから、また動き出す。
でも、さっきよりも、ほんの少しだけ遅い。
モチオは、その変化を感じる。
ほんのわずか。
でも、確かに。
通りの向こうから、別の客が近づいてくる。
パン屋の前で、少しだけ足を緩める。
店の中を見る。
棚を見る。
そして――
そのまま、通り過ぎる。
モチオは、その流れを見る。
同じだ。
さっきと。
モチオは、ゆっくりと息を吸う。
(……何かが、ずれてる)
大きな問題ではない。
でも、小さなズレがある。
それが、少しずつ影響している。
モチオは、店の中を見る。
店主の背中。
動き。
整えられた棚。
そのすべてを、静かに観察する。
カリーナの声が、遠くから聞こえる。
「モチオー!」
明るい声。
雑貨店のほうから。
モチオは、少しだけ振り返る。
カリーナが、手を振っている。
モチオは、小さくうなずく。
それから、もう一度パン屋を見る。
変わらない光景。
でも――
その中に、確かにある違和感。
モチオは、それをそのまま受け取る。
まだ、何も言わない。
まだ、何もしない。
ただ、知る。
それだけでいい。
モチオは、歩き出す。
雑貨店のほうへ。
カリーナが、にっと笑う。
「朝からパン屋寄ってたでしょ」
楽しそうな声。
モチオは、少しだけ考える。
「……はい」
短く答える。
カリーナは、くすっと笑う。
「いい匂いするもん」
軽く言う。
モチオは、ほんの少しだけ袋を見る。
まだ残っている、あたたかさ。
でも――
その奥にある違和感も、消えていない。
モチオは、扉の前に立つ。
鍵を開ける。
ちりん、と音が鳴る。
いつもの一日の始まり。
変わらない流れ。
でも――
その中に、ひとつだけ新しいものがある。
パン屋の、小さな違和感。
まだ形にならない問題。
でも、確かに存在しているもの。
モチオは、それを抱えたまま、店の中へ入る。
朝の光が、やわらかく広がる。
新しい一日が、動き出していた。




