気のせい?
午前の光が、店の中を静かに満たしている。
ひだまり雑貨店は、いつもと変わらない。
棚に並ぶ器。
やわらかな布。
静かに差し込む光。
そのすべてが、昨日と同じようにそこにある。
モチオは、作業台の前に立っている。
手は、動いている。
布を整え、器を並べ、距離を少しだけ調整する。
いつもの動き。
体に馴染んだ流れ。
でも――
ほんのわずかに、遅い。
迷っているわけではない。
でも、どこか一拍だけ間がある。
モチオは、その理由を考えない。
考えなくても、わかっている。
カウンターの奥。
ランプ。
そこに意識が残っている。
モチオは、手を止める。
ほんの少しだけ。
それから、また動かす。
意識を、手元に戻す。
整える。
触れる。
少し引く。
その繰り返し。
それで、落ち着く。
(……気のせいかもしれない)
ふと、そう思う。
昨日の違和感。
今朝の、小さな光。
どれも、はっきりしたものではない。
一瞬のこと。
見間違いかもしれない。
光の反射。
目の錯覚。
そう考えるほうが、自然だった。
モチオは、ゆっくりと息を吐く。
そう思えば、説明はつく。
この店は、静かで、光がやわらかい。
外の影も、ゆっくりと動く。
その中で、何かが揺れて見えても、おかしくない。
モチオは、もう一度、手を動かす。
意識を、そちらに向ける。
作業に集中する。
そうすれば、さっきのことは、少しずつ薄れていく。
カリーナの鼻歌が、やわらかく響く。
その音が、空気を整える。
いつもの空気。
変わらない流れ。
モチオは、その中に身を置く。
安心する。
この場所は、ずっと変わらない。
そう思える。
モチオは、ふと顔を上げる。
視線が、自然に奥へ向かう。
ランプ。
そこにある。
変わらない。
何も起きていない。
モチオは、少しだけ目を細める。
じっと見る。
何もない。
光もない。
揺れもない。
ただのガラス。
ただの形。
それだけ。
モチオは、小さくうなずく。
(……やっぱり)
そう思う。
気のせい。
そう考えるほうが、自然だ。
モチオは、作業台に視線を戻す。
手を動かす。
今度は、さっきよりも滑らかに。
迷いはない。
落ち着いている。
その流れに、身を任せる。
しばらくして、カリーナが声をかける。
「それ、こっちに置こうか」
モチオの手元を見ながら。
モチオは、小さくうなずく。
「……はい」
言われたとおりに、位置を変える。
それで、全体の流れが整う。
カリーナは、にっと笑う。
「いい感じ」
それだけ言って、また自分の作業に戻る。
そのやりとりが、自然に続く。
モチオは、その中にいる。
いつもの時間。
いつもの関係。
変わらない場所。
モチオは、ゆっくりと息を吸う。
心が、落ち着いている。
さっきまでの違和感は、ほとんど消えている。
ただの一瞬の出来事。
そう思える。
モチオは、ふと気づく。
(……大丈夫)
そう思う。
何も変わっていない。
この場所は、そのままだ。
安心できる場所。
モチオは、そのまま手を動かす。
整える。
触れる。
少し引く。
その繰り返し。
その中で、時間が流れていく。
そして――
ほんの一瞬。
視界の端で、何かが揺れる。
モチオは、ぴたりと手を止める。
顔は上げない。
でも、わかる。
奥のほう。
ランプのあたり。
ほんのわずかに。
光が、また揺れた。
さっきよりも、はっきりと。
でも、やっぱり一瞬。
モチオは、ゆっくりと顔を上げる。
ランプを見る。
何もない。
静かなまま。
変わらない。
でも――
今のは、見間違いではない。
そう思える。
モチオは、少しだけ息を止める。
さっき、自分で否定したばかりのこと。
気のせいだと、思おうとしたこと。
それが、もう一度現れる。
モチオは、ランプを見つめる。
何も起きない。
でも、何もなかったとも思えない。
モチオは、ゆっくりと視線を戻す。
手元へ。
また、作業を続ける。
動きは、変わらない。
でも、その奥に、ひとつだけ残っている。
(……気のせいじゃない)
はっきりとは言えない。
でも、そう思う。
完全には否定できない。
むしろ、少しずつ確かになっている。
モチオは、その感覚を、そのまま置いておく。
無理に理解しようとはしない。
説明もしない。
ただ、そこにあるものとして、受け取る。
店の中は、変わらず静かだった。
カリーナの鼻歌。
光のゆらぎ。
整えられた棚。
そのすべてが、やさしく続いている。
でも――
その中に、ひとつだけ、まだ名前のないものがある。
小さな光。
それは、まだ何も語らない。
でも、確かに、そこにいる。
モチオは、それを感じながら――
静かに、いつもの時間の中に立っていた。




