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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第4章「商店街の輪」

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パン屋と出会う

 朝の空気が、まだ少しだけ冷たい。


 ひだまり商店街の通りには、やわらかな光が差し始めていた。


 店のシャッターは、半分ほどが上がっている。


 静けさはあるけれど、眠っているわけではない。


 ゆっくりと、目を覚まし始めている。


 モチオは、その通りを歩いていた。


 足音は小さく、周りの空気に溶けていく。


 急ぐ理由はない。


 でも、自然と足は前に進んでいた。


 向かう先は、もう決まっている。


「ひだまり雑貨店」


 その名前を思い浮かべるだけで、少しだけ体の力が抜ける。


 いつもの道。


 いつもの距離。


 でも、今日はほんの少しだけ違う匂いが混ざっていた。


 モチオは、ふと足を止める。


 鼻先に、やわらかな香りが届く。


 あたたかい。


 少し甘くて、ほんのり香ばしい。


(……パン)


 すぐに、そう思う。


 その匂いは、遠くからふわりと流れてきていた。


 モチオは、ゆっくりと視線を上げる。


 通りの少し先。


 まだ開ききっていない店の奥から、白い湯気のようなものが揺れている。


 小さな看板。


 木の枠。


 そこから、香りが流れている。


 モチオは、少しだけ迷う。


 足は止まったまま。


 進むことも、戻ることもしていない。


 ただ、その場に立っている。


(……少しだけ)


 理由ははっきりしない。


 でも、気になっている。


 モチオは、ゆっくりと歩き出す。


 一歩ずつ、音を立てないように近づいていく。


 店の前に立つ。


 扉は、少しだけ開いている。


 中から、やわらかな熱と匂いが流れ出てくる。


 モチオは、その空気に触れる。


 少しだけ、あたたかい。


 雑貨店の空気とは違う。


 でも、どこか似ている。


 やさしく包まれるような感じ。


 中をのぞく。


 奥で、人が動いている。


 大きな台の前に立って、何かをこねている。


 腕の動きが、ゆっくりとしている。


 無駄がない。


 その動きに、少しだけ見覚えがある。


 モチオは、そのまま見ている。


 声はかけない。


 ただ、そこにあるものを、そのまま受け取る。


 そのとき――


「おはよう」


 低くて、やわらかな声がする。


 モチオは、少しだけ顔を上げる。


 奥にいた人が、こちらを見ている。


 年配の男性。


 白い服に、粉が少しついている。


 表情は穏やかで、どこかやさしい。


 モチオは、少しだけ間を置く。


 それから、小さく答える。


「……おはようございます」


 声は控えめ。


 でも、ちゃんと届く。


 男性は、小さくうなずく。


 それ以上は何も言わない。


 また手を動かし始める。


 その様子が、自然だった。


 無理に話を続けない。


 でも、拒む感じもない。


 モチオは、その空気を感じる。


 雑貨店と、少し似ている。


 でも、ここにはここだけのリズムがある。


 モチオは、扉のそばに立ったまま、中を見ている。


 パンの並んだ棚。


 まだ少し空いているところもある。


 これから並ぶのだろう。


 焼き上がる前の、静かな準備の時間。


 男性は、生地を丸めている。


 ひとつ、またひとつ。


 同じ大きさに整えていく。


 その動きは、一定で、落ち着いている。


 モチオは、それを見ている。


 見ているうちに、さっき感じたものが少しだけはっきりしてくる。


(……似てる)


 カリーナの動き。


 整えて、そろえて、

 最後にほんの少しだけ触れる。


 その流れと、どこか似ている。


 やっていることは違う。


 でも、空気が近い。


 モチオは、少しだけ息を吸う。


 ここにも、同じような“整える時間”がある。


 そう思う。


 男性が、ふと手を止める。


「まだ、焼けるまで少しかかるよ」


 振り向かないまま、そう言う。


 独り言のような調子。


 でも、ちゃんとモチオに向けられている。


 モチオは、少しだけ考える。


 待つ理由はない。


 でも、急ぐ理由もない。


「……少し、見ててもいいですか」


 自然に、言葉が出る。


 男性は、小さくうなずく。


「いいよ」


 それだけ。


 簡単な返事。


 でも、十分だった。


 モチオは、その場に立ったまま、静かに見る。


 動き。


 音。


 匂い。


 そのすべてが、やわらかく流れている。


 時間が、ゆっくりと進んでいく。


 外の光が、少しずつ強くなる。


 通りにも、少しだけ人の気配が増えてくる。


 でも、この店の中は、変わらない。


 同じリズムで、同じ空気が流れている。


 モチオは、その中に身を置く。


 何かをするわけではない。


 でも、ここにいる。


 そのことが、自然だった。


 やがて、男性がひとつのトレーを取り出す。


 焼きたてのパン。


 ほんのりとした湯気が立っている。


 香りが、さっきよりも強く広がる。


 男性は、そのうちのひとつを手に取る。


 少しだけ見てから、モチオのほうへ差し出す。


「ほら、最初のやつ」


 特別な言い方ではない。


 でも、どこかあたたかい。


 モチオは、少しだけ戸惑う。


 でも、そのまま受け取る。


 手のひらに、あたたかさが広がる。


 さっき感じた温もりよりも、はっきりとしたもの。


 モチオは、小さく頭を下げる。


「……ありがとうございます」


 男性は、軽くうなずくだけ。


 それ以上は何も言わない。


 モチオは、パンを見る。


 まだ少しだけ熱い。


 でも、そのまま一口かじる。


 やわらかい。


 そして、やさしい味が広がる。


 モチオは、少しだけ目を細める。


 何も言わない。


 でも、その表情だけで、十分だった。


 外の光が、通りを明るく照らし始める。


 商店街が、ゆっくりと動き出している。


 その中で――


 モチオは、新しいひとつの場所に、そっと触れていた。

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