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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第3章「空気に馴染む」

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無言の時間

 昼の時間が、ゆっくりとほどけていく。


 食べ終えたあとの静けさが、店の中にやわらかく残っていた。


 作業台の上には、包み紙がきれいにたたまれている。


 その端に、午後の光がそっと触れていた。


 モチオは、手を止めたまま、その光を見ている。


 何かを考えているわけではない。


 ただ、そこにあるものを、そのまま見ている。


 隣では、カリーナも同じように静かに座っていた。


 背もたれに少しだけ寄りかかり、

 手は膝の上に置かれている。


 動きはない。


 でも、力が抜けているのがわかる。


 風が、窓の隙間からゆっくりと入ってくる。


 カーテンが、ほんの少しだけ揺れる。


 その揺れに合わせて、光もわずかに動く。


 それを、二人で同じように見ている。


 言葉はない。


 会話もない。


 でも、何かが途切れている感じはしなかった。


 むしろ、満ちている。


 そんな感覚が、静かに広がっている。


 モチオは、ゆっくりと息を吸う。


 空気がやわらかい。


 音も、ほとんどない。


 遠くで、かすかに何かが動く気配がある。


 それだけ。


 この場所は、そのすべてを少し遠ざけている。


 カリーナが、ほんの少しだけ姿勢を変える。


 椅子が、わずかに軋む。


 その音も、小さく消えていく。


 モチオは、その音に気づく。


 でも、視線は動かさない。


 ただ、そこにある変化として受け取る。


 また、静けさが戻る。


 その繰り返し。


 時間が流れている。


 でも、その流れは、とてもゆるやかだ。


 急ぐ必要も、何かをしなければならない理由もない。


 ただ、ここにいる。


 それだけで、十分だった。


 モチオは、ふと自分の手を見る。


 何も持っていない。


 何もしていない。


 それでも、不安はない。


 むしろ、落ち着いている。


 そのことに、少しだけ気づく。


(……何もしてなくても、いいんだ)


 はっきりとした言葉にはならない。


 でも、その感覚が、ゆっくりと広がる。


 今までは、何かをしていないと落ち着かなかった。


 手を動かす。


 考える。


 どこかに意識を向ける。


 そうしていないと、自分がそこにいる感じがしなかった。


 でも、今は違う。


 何もしていなくても、ここにいる。


 そのままで、大丈夫だと思える。


 モチオは、ゆっくりと息を吐く。


 胸の奥が、少しだけ軽くなる。


 隣で、カリーナが小さく息をつく。


 それは、疲れたようなものではなく、

 ただ自然に出た呼吸のようだった。


 モチオは、その音を聞く。


 それだけで、安心する。


 言葉は必要ない。


 何かを伝える必要もない。


 ただ、同じ空間にいる。


 そのことが、ちゃんと伝わっている。


 カリーナが、ふと窓のほうを見る。


 何かを探しているわけではない。


 ただ、目を向ける。


 その動きに、意味はない。


 でも、それでいい。


 モチオも、少しだけ視線を上げる。


 同じ方向を見る。


 外の光が、少しだけやわらいでいる。


 昼から午後へ。


 時間が、ゆっくりと移っていく。


 その変化を、ただ感じている。


 何も言わない。


 でも、同じものを見ている。


 そのことが、自然だった。


 しばらくして、カリーナが小さく言う。


「……静かだね」


 ぽつり、と落ちるような声。


 モチオは、少しだけ遅れてうなずく。


「……はい」


 それだけのやりとり。


 それ以上は続かない。


 でも、足りないとは思わなかった。


 言葉は、ほんの少しでいい。


 あとは、空気がつないでくれる。


 モチオは、ゆっくりと目を閉じる。


 ほんの一瞬だけ。


 すぐに開く。


 眠るわけではない。


 ただ、確かめるような動き。


 目を閉じても、この場所の空気は変わらない。


 そのことが、わかる。


 モチオは、もう一度だけ息を吸う。


 やわらかな空気が、胸に広がる。


 ここにいる時間が、少しずつ自分の中に積もっていく。


 何かが起きたわけではない。


 何かをしたわけでもない。


 でも、この時間は、確かに残る。


 その感覚が、静かに根を下ろしていく。


 カリーナは、何も言わない。


 でも、その沈黙は、やさしい。


 追い立てることも、埋めることもない。


 ただ、そのままにしてくれる。


 モチオは、その中に身を置く。


 ここにいていい。


 何もしていなくてもいい。


 そのことが、自然に思える。


 外の光が、さらに少しだけ傾く。


 影が、ゆっくりと形を変える。


 時間は進んでいる。


 でも、その流れは、変わらず穏やかだ。


 モチオは、静かに息を吐く。


 そして――


 何もせず、何も言わず、

 ただその時間の中に、そっと身を置いていた。

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