商店街の静けさ
通りは、静かだった。
けれど、それは何もない静けさではなかった。
モチオは、ゆっくりと歩きながら、その違いをなんとなく感じていた。
足を踏み出すたび、石畳が小さく音を返す。
こつ、とも違う。
からん、とも違う。
やわらかくて、短い音。
鳴ったはずなのに、すぐにどこかへ消えていく。
あとに残らない音だった。
そのせいか、歩いていても、自分の存在が強く主張されない。
通りの中に、そっと混ざっていくような感覚。
モチオは、少しだけ歩く速さをゆるめる。
誰かに合わせたわけではない。
でも、この通りには、このくらいの速さが合っている気がした。
前のほうで、人の気配がする。
姿ははっきり見えない。
けれど、かすかな話し声が、風に乗って届いてくる。
言葉の内容まではわからない。
ただ、笑っているような気配だけが、やわらかく広がっていた。
それは、大きく響くこともなく、遠くまで届くこともない。
ちょうど、この通りの中だけに収まるような音だった。
モチオは、耳を澄ませる。
すると、いくつかの音が、少しずつ重なっていることに気づく。
どこかで、戸が開く音。
かすかに、何かを置く音。
布が揺れるような、やわらかい擦れ。
どれも小さい。
気にしなければ、すぐに通り過ぎてしまうような音。
けれど、こうして意識を向けると、それぞれがちゃんと存在している。
モチオは、もう一度足元を見る。
石畳は、少しだけすり減っている。
長く使われてきた跡。
その上を歩く自分の足音も、同じように、この通りに混ざっていく。
(……なんだろう)
この感じ。
にぎやかではない。
でも、静かすぎるわけでもない。
音はあるのに、うるさくない。
むしろ、聞いていると落ち着いてくる。
モチオは、少しだけ立ち止まる。
その場に、ただ立ってみる。
動かないでいると、さっきまで聞こえていなかった音が、少しだけ近くなる。
風が、軒先の布を揺らす。
かさ、と小さな音。
どこかで、水が流れるような気配。
それもまた、はっきりとは聞こえない。
けれど、確かにそこにある。
この通りでは、音が主張しない。
誰かに聞かせようとしているわけでもなく、
消そうとしているわけでもない。
ただ、そこにある。
モチオは、ゆっくりと息を吸う。
空気が、やわらかく胸に入ってくる。
その中に、ほんのわずかに音が混ざっている気がした。
音が、空気の一部になっている。
そんな感じだった。
(……落ち着く)
小さく、そう思う。
理由は、まだはっきりしない。
けれど、この静けさは、嫌いじゃない。
むしろ、少しだけ安心する。
モチオは、また歩き出す。
今度は、さっきよりも意識して、足音を聞いてみる。
やっぱり、同じだ。
小さく鳴って、すぐに消える。
残らない。
その軽さが、心地よかった。
通りの奥から、ふと笑い声が届く。
今度は、さっきより少しだけはっきりしていた。
でも、それも長くは続かない。
風に乗って、すぐにやわらかくほどけていく。
モチオは、その方向を少しだけ見る。
誰かがいるのだろう。
でも、無理に確かめようとは思わなかった。
見えなくても、そこにいることはわかる。
それで、十分だった。
この通りでは、全部をはっきりさせなくてもいいのかもしれない。
少しだけ曖昧なままでも、ちゃんと成り立っている。
モチオは、また前を向く。
足取りは、自然とゆるやかになっていた。
急ぐ理由は、やっぱり見つからない。
でも、進んでいくことは、少しも不安じゃなかった。
音がある。
気配がある。
誰かがいる。
それが、この通りの静けさだった。




