金曜日。会計士先生との同伴前半戦。博子の近況を聞きながら面白がる会計士先生。キャバ嬢のアグレッシブ案だしと士業の保守的思想
会計士先生は、日頃からそういう「構造」の話になると、目の色が少し変わる人やった。
魚のかま焼きが来るまでの間、軽くお通しをつまみながら、もう興味津々という感じで
博子の方を見ている。
「博子さん、バツバツですけども。」
「何ですか、その言い方。」
博子が笑うと、会計士先生も笑いながら続けた。
「いや、結構忙しくしているんですよね、最近。ホットトピックないですか?」
「ホットトピックって。」
「なんか、また変なこと始めてるんちゃうかなって。」
博子は、その聞き方に少し肩をすくめた。
「いやいや、東京の社長さんなんかが結構来てくれて。座組の構造を解説してくれとか、
あるいは会社の福利厚生関係の話とかもコンサルさせてもらったりして。
結構充実はしてるけども、カロリー消費がえぐいですねって感じです。」
会計士先生は、そこを逃さない。
「福利厚生関係。」
「そう。」
「もう、博子さんキャバ嬢じゃないじゃないですか。」
博子は、そこで思わず吹き出す。
「そこまで言います?」
「言いますよ。」
会計士先生は、グラスを持ち直しながら、少し前のめりになる。
「だって、外で遊ぶ鉄板のコースがいくつかあるんですけど、そういうので刺さってきて、
刺さるのはいいんですけど、チームでやってるんで、他の女の子たちの刺さり具合に
差が出たりするから、そこを平たくするのが大変です、って。普通のキャバ嬢、
そんなこと言わないでしょ。」
「まあ、そうかもしれないですね。」
「しかも、キャバクラの外の話を、もう反応で、というか実務みたいに回してるわけでしょう。」
博子は、小さく息をついてから頷く。
「ま、社労士の領域というか、人事労務の領域なのかな。私も正直、どこまでが何なのか、
ようわからんのですけど。そういうホットトピックを上げながら、ChatGPTの有料版でガシガシ、
シミュレーションつけたりとか、効果見せたりとかしながらやってますけど。」
「そこなんですよね。」
会計士先生は、その言葉に強く反応した。
「その“ようわからんけど、やってることはちゃんと前に進んでる”っていうのが面白い。」
「面白いですか。」
「面白いです。普通、資格もない、肩書きもない、でもアイデアと会話力と、ちょっとした数値化で、
社長の意思決定まで持っていくって、なかなかないですから。」
博子は、そこまで言われると、ちょっとこそばゆい。でも、否定もしきれない。
実際、最近の自分は、夜の席でただ喋ってるだけじゃなくて、その先の「どう動かすか」まで
頭に入れている。それがしんどいけど、ハマると気持ちいい。その繰り返しやった。
「でも、先生は先生で、やっぱりあれですよ。」
博子が少し視線を戻して言う。
「士業で資格を持ってる人とか、羨ましいなと思いますよ。」
会計士先生が、そこで苦笑いする。
「羨ましいですか。」
「そら羨ましいですよ。仕事もあるやろうし、肩書きもあるし。
私なんか、結局“キャバ嬢がなんか言ってる”の域は出ないわけじゃないですか。」
先生は、そこで首を振る。
「でも、その“キャバ嬢がなんか言ってる”からこそ、入る話ってあると思いますよ。」
「それはあるかもしれんけど。」
「資格持ってる人って、なかなかアグレッシブに攻めるようなこと、できないんですよ。」
「そうなんですか。」
「そうです。」
会計士先生は、少し真面目な顔になる。
「資格を持ってるってことは、信用がある代わりに、変なこともできないんです。
言い方悪いですけど、“正しそうに見えること”しか表に出しにくい。」
「なるほどね。」
「しかも、一回でも変なこと言ったら、“会計士がそんなこと言うのか”“税理士がそれでいいのか”
“弁護士としてどうなんだ”って話になる。だから、仕事があるからええですけども、
そんなにアグレッシブに攻めるって、なかなかできないんですよ。」
博子は、その話を聞いて、少しだけ納得した顔になる。
「それこそ先生らって、守りも大事ですもんね。」
「そうなんです。守りながら、信用も落とさずに、しかも案件を回していく。だから、
どうしても保守的になる。」
「そっか。」
「その点、ヒロコさんは、もちろんリスクはあるにしても、“こういうの面白くないですか”って
先に投げられる。それって、資格持ちからすると結構羨ましい動き方なんですよ。」
博子は、そこで少し笑った。
「ないものねだりですね。」
「ほんまにそうです。」
会計士先生も笑う。
「博子さんは資格が羨ましい。こっちは、その動きの軽さと、発想の広さが羨ましい。」
「でも、先生らは後ろ盾になれるじゃないですか。」
「後ろ盾。」
「そう。私が適当に言ってるだけやと、ただの思いつきかもしれんけど。先生らが“それ、
論点としてはありです”とか、“その制度、こう整理できます”って言ってくれたら、
全然違うじゃないですか。」
会計士先生は、そこで少しだけ黙った。
そのあと、静かに頷く。
「その役割は、たしかにあるかもしれないですね。」
「でしょ。」
「ただ、博子さんみたいに前に出て、人の感情も一緒に動かしながら、ホットトピックを差し込む、
っていうのは、やっぱり難しい。」
「感情も一緒に。」
「そこが一番大きいんですよ。」
会計士先生は、博子をまっすぐ見て言った。
「制度の話をするだけなら、誰でもある程度はできます。でも、その制度の話を“面白い”とか
“やってみようかな”って思わせるところまで持っていけるのは、かなり特殊です。」
博子は、そこで少し照れたようにグラスを持ち直した。
「褒めすぎですよ。」
「褒めてます。」
「素直。」
「だって、ほんまにそう思ってるんで。」
店の中はいつも通りのざわつきがある。でも、この卓だけはちょっと別の温度やった。
ただ同伴して、飲んで、食べて終わりじゃない。
博子が最近回している“キャバ嬢の外側の自分”みたいなものを、会計士先生がちゃんと
面白がってくれている。
そのことが、博子には少し嬉しかった。
「まあ、でも。」
博子が小さく笑って言う。
「攻めるんもしんどいですよ。」
「でしょうね。」
「ずっと前のめりで考えてる感じになるんで。」
「でも、止まらないんでしょう。」
その問いに、博子は少しだけ考えてから、頷いた。
「ハマった時が気持ちいいんですよ。」
会計士先生は、その答えに満足そうに笑った。
「やっぱり、それですね。」
魚のかま焼きが運ばれてきて、天ぷらの香りがふわっと広がる。
会話はいったん途切れるけれど、途切れ方もどこか心地よかった。
仕事の話みたいで、でもただの仕事の話じゃない。
そんな夜が、静かに進んでいた。




