7月4週目金曜日。会計士先生との同伴。待ち合わせ時間前に東京イキリ社長の動きを女性陣に共有。
金曜日。博子は、会計士先生との同伴に向けて、魚のかま焼きと天ぷらのうまい店を予約していた。
こういう時、無理に奇をてらわなくていい。会計士先生は、ちゃんとしたもんを、
ちゃんと食べて、ちゃんと喋れる時間を喜んでくれる人や。
だから今日の店選びは、わりと素直やった。
派手さはないけど、外さない。それで十分やろうと思っていた。
ただ、それと同時に、やっとかなあかん連絡が一つあった。
土曜日、東京イキリ社長が一人で来る。
この話は、さきちゃんとアルカちゃんには先に共有しておかなあかん。
細かい話は、店の宅でまたゆっくりすればいい。
でも、流れだけは先に入れとくべきや。
博子は、待ち合わせまでの少し空いた時間に、二人へ短くメッセージを打つ。
――細かい話は卓で話すけども。
東京イキリ社長が水曜日に社長たち三人で銀座に飲みに行って、なんか雑に扱われてへこんできて、
電話かかってきてん。結論土曜一人で来ることになりました。
さすがに急やったから三人で受けるのは無理やし、私一人で受けるけども、
他の社長さんたちにも、ちょっと揺さぶりかけて優しくしてあげたら、また大阪きてくれるかも
しれへんから、その辺のフォローよろしく。
もし今回でまた熱量が上がって、東京三人社長みたいに熱量が大きくずれてきたら、講義入れて
温度感を多少整えることもできるかもけど、今はまだちょっと揺れてる状態。
とりあえず現状報告と、一言だけ送りたくて連絡しました。
送って少しすると、二人ともすぐに反応した。
「はやっ。」
まずアルカちゃんが、率直すぎる一言を返してくる。
続けてさきちゃんも、
「ペースはやって。」
と返してきて、博子は思わず苦笑いした。
ほんまにそうや。先々週や。
銀座でへこんで、もう今週土曜に来るって、あの社長もなかなかやることが早い。
でも、その後にちゃんと二人とも続けてくれる。
「わかった。とりあえず、ちょっと優しくやってみるね。」
「こっちも何か振れるとこあったら振っとくわ。」
その返しを見て、博子は少しほっとした。
こういう情報の共有が前よりずっとスムーズになっている。
前やったら、「なんでまた博子だけ」みたいな空気が出てもおかしくなかった。
でも今は、ちゃんと全体の流れとして見てくれてる。
そこは、この数週間で変わった大きいところやった。
「まあ、とりあえず卓でまた話せばいいか。」
博子はそう思って、スマホをしまう。
土曜のことは、まだ細かく詰めすぎんでいい。
まずは今日の会計士先生や。
待ち合わせ場所に行くと、会計士先生はもう来ていた。
博子の顔を見るなり、やわらかく笑う。
「この時間作ってくれて嬉しいです。」
その一言に、博子は少しだけ照れたように笑い返す。
「いやいや。」
「ほんまに。」
「そんな大げさな。」
「でも、最近埋まってる感じあったじゃないですか。」
そこを言われると、博子もごまかしきれへん。
たしかに、最近は東京の座組やら、税理士先生やら、おじいちゃんやらで、気づけば
同伴枠が埋まり気味やった。
だからこそ、今日こうして会計士先生に時間を差し上げられたこと自体、
ちゃんと意味のあることやと思ってる。
「まあ、ちょっと最近ごちゃごちゃしてましたね。」
「ですよね。」
「でも、今日は会計士先生の日なんで。」
その返しに、会計士先生はちょっと嬉しそうに笑った。
その顔を見ながら、博子は自分の中に、なんとも言えん複雑な気持ちがあるのを感じていた。
昔なら、同伴ひとつ決まるだけで大変やった。
ほんまに。一本取るだけで、こっちから気を遣って、タイミング見て、
断られへんように言葉を選んで。
それが今は、追いかけられる側になっている。
「枠空いてますか」と聞かれる。
「今週いけますか」と言われる。
もちろん嬉しい。
でも、嬉しいだけでもない。
なんか、自分でもまだ、その立場の変化に慣れてへん。
ありがたいけど、ちょっと不思議で、ちょっと怖くもある。
博子は、その気持ちをうまく言葉にできず、心の中でだけ苦笑いする。
「どうしました?」
会計士先生が、博子の少し遠くを見る顔に気づく。
「いや。」
博子はすぐに笑顔を戻す。
「普段っていうか、昔なら、同伴一つで大変やったのに。むしろ追いかけられる側になって、
ちょっと複雑やなって思って。」
会計士先生が、そこでふっと笑った。
「それは、いい意味で複雑ですね。」
「まあ、そうですね。」
「でも、それだけちゃんとやってきたってことでしょ。」
ヒロコは、その言葉に少しだけ肩の力を抜いた。
ちゃんとやってきた。
そう言われると、少し救われる。
追いかけられてること自体に酔うんやなくて、それでも結局、今日みたいに
一人ひとりちゃんと向き合わなあかん。
その感覚だけは忘れたらあかんと、自分でも思っていた。
「ほな、行きましょうか。」
博子がそう言うと、会計士先生も素直に頷く。
魚のかま焼きと天ぷらの店へ向かいながら、博子の頭の中には、明日のイキり社長のことも、
サキちゃんとアルカちゃんへの共有も、薄く残っていた。
でも今は、それを前面に出さない。
今日は今日で、この人との時間をちゃんと整える。
そういう積み重ねの上に、今の“追いかけられる側”があるんやろうなと、
博子は少しだけ思いながら、会計士先生の半歩前を歩いた。




