帰り道、おじいちゃんがお手当くれるも博子は困惑。おじいちゃんと弁護士先生はいいのよ。介護費用やと思ってと受け取る。
帰りのサンダーバードに乗り込んで、京都を離れてしばらくした頃やった。
おじいちゃんは、座席に深く腰を落として、「よっこいせ」とひと息つく。
伏見をゆっくり回って、酒蔵を見て、鳥せいで食べて、黄桜で締めて。
そのあと京都駅まで出て、なんだかんだ喋りながら戻ってきたから、さすがに今日は
満ち足りた顔をしていた。
博子も、窓の外を見ながら、今日はこれでよかったなという気持ちになっていた。
東京の社長たちを受ける時みたいな、バチバチした緊張感はない。
でも、その分だけ、ちゃんと満足してもらえた手応えがある。
こういう日も大事やなと思いながら、少し気を抜いていたところで、
おじいちゃんがごそごそと鞄を探り始めた。
「ん?」
ヒロコがそっちを見ると、おじいちゃんは封筒をひとつ取り出して、
そのまま博子の方へ差し出した。
「はい。」
「……またですか。」
博子が受け取る前に、ちょっと困ったように笑う。
中身を見なくても、もう雰囲気でわかる。
こういう時のおじいちゃんは、だいたい積んでくる。
「いまいど毎度、そんなんええて。」
博子がそう言っても、おじいちゃんは首を振る。
「いやいや。」
「いやいや、じゃないです。」
「これはあんまり、どうせじじいはあれやで。」
「何ですか、その前置き。」
「ほんまに、金なんか残してもしゃあないんやから。」
そう言って、おじいちゃんは妙にさっぱりした顔で続けた。
「これは介護費用やと思って受け取ってくれや。」
その言い方があまりにもおじいちゃんらしくて、博子は思わず吹き出した。
「介護費用って。」
「そうや。博子、忙しい中で来てくれてるし。多分、東京の社長さんたちからも最近、
積み上がり方えぐいやろうと。」
博子は、その言葉にちょっとだけ苦笑いする。
まあ、否定はできへん。
実際、最近の東京勢の熱量はかなり高い。
先週もそうやし、今週もまた変な動きになってきている。
「でな。」
おじいちゃんが、少し身を乗り出して言う。
「今日、行きの時に言うてた社長なんか、泣きついてきてるから。
多分、五十は固いんちゃうか?」
博子は、その雑な読み方に笑いながら返す。
「うん、まあ。」
「やろ?」
「前、ぶっちゃけ、女の子三人で受けた時は、一人五十でもろてるし。」
おじいちゃんが「ほら見ろ」という顔になる。
博子も、少しだけ肩をすくめながら続けた。
「その時は、京都の日本酒めちゃ揃ってる店を寄る同伴で使って、
次の日は、余裕があればやけど、朝ごはんでモーニング北山まで行って、
昼は烏丸御池で受けて、昼過ぎにセンチュリー行って、みたいなことやると。
前の東京の人も五十万ぐらい払ってくれてたから、多分それぐらいはもらうわ。」
おじいちゃんは、それを聞いて満足そうに頷いた。
「確かにな。やろ?」
「やろ、って。」
「だから、これぐらいはもうええやん。」
そして、少しだけ声を落として笑う。
「っていうか、今の話聞いて、むしろ積まなあかんと思ってしまったぐらいや。」
博子は、そこでちょっとだけ真顔になる。
封筒は、ずしっとしている。たぶん二十万。
開けんでもわかる。
「いや、いいねんって。」
「よくない。」
「おじいちゃんの場合はいいねん。そんな無理せんでも。
別に私は、お金が欲しいからやってるわけじゃないんよ。」
そこは、博子の本音やった。
東京の社長たちに対しては、もう仕事としての組み立てもあるし、
そこで大きい金額になるのもわかる。でも、おじいちゃんはちょっと違う。
この人に対してまで、全部を単価で見たくない気持ちがある。
「そんな、お金が欲しいだけやったら、ちょっと割に合わんわ。」
その一言に、おじいちゃんは声を上げて笑った。
「確かにな!」
「やろ。」
「東京でもそんなあれがあるんやったら、そっち受けた方がええしな。」
「そういうこと。」
でも、博子はそこで少しだけやわらかい声になる。
「けど、おじいちゃんは、おじいちゃんでええねん。」
「うん?」
「おじいちゃんと、弁護士先生はね、いいねん。」
おじいちゃんは、その言い方に少しだけ黙る。
博子は、窓の外を見ながら、でもちゃんと続けた。
「ほんまに拾ってくれたのも感謝してるし。
こうやって、いろいろ私の話、面白がって聞いてくれてるやんか。」
「そら聞くわ。」
「そう。だから、ええねん。」
その言葉に、おじいちゃんは、少しだけ照れたみたいに鼻を鳴らした。
「ほなあれやで。」
「うん。」
「値引きもせえへんし、これはこれでもろとく。」
博子は、結局そう言って、封筒を受け取った。
変に押し返しすぎるのも、相手の気持ちを雑にする。
それはわかっている。
だから、今日はもう素直にもらうことにした。
「で、またなんか面白い話仕入れてきたら、また喋ってくれな。」
おじいちゃんがそう言うと、博子も笑って頷く。
「それは任せてください。」
「任せた。」
大阪駅が近づいてくる。車内の空気も少しだけざわつき始める。
二人とも立ち上がる準備をしながら、でも最後まで、どこかゆるいままやった。
ホームに降りてから、改札の前でおじいちゃんはいつものように手を軽く上げる。
「ほなな。」
「はい。気をつけて帰ってくださいね。」
「おう。」
「また、なんか食べたいもん見つけといてください。」
「それはもう任せとけ。」
そう言って、おじいちゃんは笑いながら帰っていった。
博子は、その背中を見送りながら、封筒の重みを鞄の中に感じる。
東京の社長たちとはまた違う。
でも、こういう積み方も、やっぱりありがたい。
おじいちゃんと弁護士先生は、別枠でええ。
そう思いながら、博子もまた、自分の帰る方へゆっくりと歩き出した。




