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店内でも弁護士先生との会話が盛り上がる博子。自分にないものを求める層は一定いる。お互いの言語化能力を誉めあう二人

お店に入ってからも、弁護士先生との話はそのまま自然に続いていた。

もうご飯の席で一巡してるから、今さら変にかしこまる必要もない。

博子が横に座って、先生がグラスを持ちながら少し考えるような顔をしたあと、ふっと言った。

「そういう意味ではね。」

「はい。」

「僕はまあ、ドMとまではいかないですけども。」

博子が、そこで思わず笑う。

「急に自己申告ですか。」

「いやいや、でも。」

先生も少し笑いながら続けた。

「結局、博子さんの話を聞いてて、価値観をずらすとか、場所をずらすとか、間を作るとか、

そういうことを“面白い”って感じるってことは、たぶんMの素養はあるんでしょうね。」

「先生がですか?」

「ええ、僕が。」

博子は、その言い方がちょっとおかしくて、肩を揺らして笑った。

でも先生は、わりと本気で考えている顔やった。

「いや、手前味噌ですけども。」

先生は、少しだけグラスを回しながら言う。

「弁護士までなって、金も持って。まあ、もともとモテてへんかったから、

恋愛観はひねくれてますけども。」

「そこ言うんですね。」

「言いますよ。」

「はいはい。」

「でも、世間的にはヒエラルキーは高い方じゃないですか。」

そこは、博子も素直に頷いた。弁護士という肩書きは、やっぱり強い。

金があるとかないとか以前に、「世間的に見て上の側」と見られやすい立場ではある。

「で、そういう人間が面白がるってことは。」

先生は、そこで少しだけ言葉を選ぶ。

「もちろん、弁護士同士で、もっとレベルの高い女の人がいて、そこで切磋琢磨する

みたいな世界もあるでしょう。でも、そうじゃなくて、ヒエラルキー以外の、

自分にないものを求める層っていうのは、やっぱりいると思うんです。」

博子は、その言葉を聞いて、ゆっくり頷いた。

「それ、ありますよね。」

「あると思います。」

先生は、そのまま続ける。

「だから別に、上から下とか、下から上とか、そういう直線的な話じゃないんですよ。畑違いとか。

自分の世界にはないロジックとか。そういうところに魅力を感じる、みたいなのはあると思うんです。」

「畑違いかあ。」

博子が、少しその言葉を反芻する。

たしかに、“上の男が下の女に何かを求める”という話だけで片づけると、少し雑になる。

でも、“自分の世界にはないものに惹かれる”という話なら、しっくりくる。

「それを言うたら、まあ、直線的にはSMの関係なのかもしれないですけど。」

先生がそこで少し笑う。

「畑違い。そういうところに魅力を感じる層っていうのは、まあ僕含めて、

いるのかなっていうのは思いますね。」

「うんうん。」

「みんな、それを言葉にしたり、鳥観図にしたりしないだけで。体感では、

そういう思考が出てくるんかなと思います。」

博子は、その説明を聞いて、ちょっと感心したように笑った。

「やっぱり先生、言語化能力高いっすね。」

「いやいや。」

「でも、たぶんそれやと思います。私も“ドM”っていう言い方すると、

ちょっと雑かなと思ってたんですけど。」

「でしょう?」

「でも、先生の言う“畑違い”っていうのは、めっちゃしっくり来ました。」

先生は、その反応に少し嬉しそうに笑う。で、すぐに今度は博子の方へ話を返してきた。

「いやでも、博子さんの方もやばいですけどね。」

「何がですか。」

「座組をね。わざわざ全部、丁寧に社長たちに話すっていう、その言語化能力。」

博子が、そこで少し照れたように笑う。

「いや、もうあれはだいぶ恥ずかしかったですけどね。」

「そらそうでしょう。」

「自分の手品の種を、全部見せるみたいな感じやったんで。」

「でも、あそこまで見せるから、余計に刺さるんやろうなとも思いましたよ。」

「それはあるかもしれないです。」

二人でまた少し笑う。

先生は、そこでふっと思い出したように言った。

「で、結局あれでしょ?」

「はい。」

「コンサルの話と、座組の解説のお代金も、別でもらってるんでしょ?」

博子は、一瞬だけ言葉を詰まらせてから、でもすぐに笑った。

「……別でもらってます。」

先生が、その返しに少しだけ目を細める。

「やっぱりな。」

「でも、その話は普通に引かれるから言えないです。」

「引かれるほどもらってるんですか?」

「そうではなくて、なんか夜の店の話やのに、途中から急に制度設計とか、

採用とか、数字とか出してたら、普通ちょっと“何それ”ってなるじゃないですか。」

「まあ、なるでしょうね。」

「だから、そんなあけすけには言えないです。」

先生は、その言い方に面白そうに笑った。

「でも、やってることは、たぶん社労士の領域にちょっと近いと思うんですけどね。」

「社労士ですか。」

「はい。人事労務関係ですわ。」

その一言に、先生が今度は本気で興味を持った顔になる。

「ほう。」

「だから、制度を一から作るとか、規程を詰めるとかは当然向こうの世界ですけど。

でも、なんかこう、若手採用どうするとか、福利厚生をどう見せるとか、その辺って、

まるっきり離れてるわけじゃないかなと。」

「たしかに。」

先生は、そこでグラスを置いて、少し前のめりになった。

「それはちょっと面白いですね。」

「面白いですか。」

「ええ。キャバクラで聞く話としては、かなり変ですけど。」

「変ですよね。」

「でも、変やから面白い。」

ヒロコは、その言葉にまた笑った。

月曜日の店の中で、弁護士先生とこういう話をしていること自体が、すでにちょっと変や。

でも、その変さが今は心地よかった。先生も、ただの観客ではなく、ちゃんとその構造に

興味を持ってくれている。それが、博子には少し嬉しかった。

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