店内4セット目。東京メイン社長がアルマンドをおろす。女性陣、黒服大喜び。六本木の苦いワンセット計30万と大阪との価格差やそれ以上に女性陣の努力に報いたい
「うん、とりあえず。」
ひとしきり話が終わって、少しだけ間が空いたところで、メイン社長がグラスを置いた。
顔つきが、さっきまでの“聞く側”から、今度は何かを決める側のそれに変わっている。
博子も、それに気づいて黙る。
こういう時は、変に先回りして喋らん方がいい。
「博子ちゃんの話もわかったし。ちょっと喉も渇いてきた。」
そこで、男二人もくすっと笑う。さっきまで資料や設計や費用対効果や、
そういう話をしてたのに、最後に“喉乾いた”で締めるあたりが、いかにもこの人らしい。
「で、もう一つ。」
メイン社長は、そこで女の子三人を順番に見た。
「店にも落としてほしい、っていうことは、ようわかった。」
博子が、少しだけ目を細める。
さっき、自分で言った言葉や。裏で受け取るばっかりやと、この場は成立せえへん。
ちゃんと店にも見える形を残さんと、関係は続かへん。そこを、ちゃんと拾ってくれた。
「裏で受け取ってばっかりやったら成立せえへんから。」
そこまで言って、メイン社長は少しだけ笑った。
「とりあえず、ここでアルマンド一本下ろそう。」
一瞬だけ、空気が止まった。
博子も、さきちゃんも、アルカちゃんも、すぐには反応できなかった。
黒服ですら、少し離れたところから「え?」という顔をしている。
まだ全卓が酒で回り切ってるわけでもない。
でも、この卓だけは、講義からの流れで妙に熱を持っていた。
「何本かコツコツ出してもいいけど。」
メイン社長は、そこで少しだけ照れたように笑う。
「とりあえず、今日、楽しかったし。ちょっと聞いてほしい話もあるから。アルマンド下ろそう。」
そこでようやく、女の子三人が揃って反応する。
「めっちゃありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます。ここは素直に頂戴します。」
博子も、変に遠慮せず、でも軽くなりすぎずに頭を下げた。
このタイミングのアルマンドは、ただの見栄でも勢いでもない。
話を聞いた上で、納得して落としてくれてる。
それがわかるから、女の子側も気持ちよく受け取れる。
黒服が飛んできて、明らかに嬉しそうな顔をしている。
「ありがとうございます!」
卓があったまってるのは見てた。
でも、まだ全然シャンパンの流れになる前に、アルマンドが入るとは思ってなかったんやろう。
それがまた場を少し華やかにする。
栓が抜けて、グラスが並んで、六人と黒服まで一瞬だけ同じ熱に包まれる。
「乾杯。」
「乾杯。」
いい音が鳴って、場の空気が一段明るくなる。
さっきまで資料や制度の話をしてた卓とは思えんぐらい、急にキャバクラらしい華やかさが戻る。
でも、土台にある熱は、さっきまでの講義の延長線上にある。
ひと口飲んでから、メイン社長が、ようやく“聞いてほしい話”を始めた。
「実はな。」
「はい。」
「博子ちゃんの話の裏付けっていうわけではないんやけど。あの大阪の日のあとに、
ちょこちょこ社内でやってんねん。」
「何をですか。」
「お菓子会みたいな感じで。部下と交流しながらその延長線上で色々部下に言うて、
“これ、ほんまに数字合うんか見てくれ”って。奨学金の肩代わりの話とか、就労不能の話とか。」
男二人が、その話を聞いて横で笑う。
「またやっとったんか。」
「やっとった。」
メイン社長は、少しだけ得意そうに続けた。
「で、部下に数字の見積もり取らしたところ、だいたい数千万浮くってこともわかってたんや。
だから、今日ヒロコちゃんのこの紙を見たら、余計に納得いくと。」
博子が、そこで少しだけ目を見開く。
社長はさらに続ける。
「っていうか、部下の方がざっくり見積もりやってん。こっちの方がしっかりしてる。
それにも俺、ちょっとビビってる。」
「いやいやいや。」
博子は思わず笑う。
でも、内心ちょっと嬉しい。夜の卓で作った紙が、会社のざっくり試算とぶつかって、
しかも勝ってる。それはさすがに効く。
「諸々の話は全部ウェルカムや。」
メイン社長は、そこで一回グラスを置いた。
「で、あと、シャンパン開けたついでに言うとな。」
「はい。」
「僕ら、先週、六本木飲みに行ったやん。」
横の二人が、そこで露骨に嫌そうな顔をする。
「その話するんか。」
「する。」
「同伴で焼肉行ってん。店での話もあんまり面白くなかった。最後は揉めて帰った。」
女の子三人が、すでにだいたい流れを察してる顔になる。
メイン社長は、ちょっとあきれたように続けた。
「“とりあえずシャンパン開けましょう”みたいなこと言われて。で、こっちが“いや、
今日はええわ”ってなったら、ちょっと言い合いになって。ワンタイムで帰るって言うたら、
めっちゃ不機嫌になって。」
もう一人の社長が、そこを継ぐ。
「“可愛い私たちといて、それに対して金払うのが当然だ”みたいな言い方やってん。」
「きついな。」
さきちゃんが、ぽろっと漏らす。
アルカちゃんも、顔をしかめる。
「で、俺ら三人でプリプリして帰ったと。」
メイン社長が、自分で言ってちょっと笑う。
「それがまさかの、同伴ワンセットだけで三十万かかった。」
「三十。」
博子が、わざと小さく繰り返す。
場にまた苦笑いが広がる。
「で、大阪で言うたら。」
メイン社長は、今度は女の子三人をちゃんと見ながら言った。
「往復の交通費、宿泊費、あとこの三セット四セット、全部回しても、
それよりちょっと足出るぐらいや。正直なところ、めちゃめちゃリーズナブルに遊ばせてもらってる。」
そこは、三人とも黙って聞いた。値段だけの話をしてるわけやないと、もうわかっている。
「でもな。」
メイン社長は、ちょっとだけ照れたように笑う。
「単純にリーズナブルに遊ぶだけやったら、ここまで楽しいものになってないんよ。
これだけ積み上げてくれた。設計してくれた。そこに対して、女の子たちには
何か報いたいなっていうのもあって。」
その一言で、場の空気が少しだけ静かになる。
派手なシャンパンの音のあとに、こういう真面目な言葉が来ると、余計に沁みる。
アルカちゃんが、小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。」
さきちゃんも続く。
「違い、わかって頂けて嬉しいです。」
そう言われて、メイン社長はちょっと照れる。
「まあな。」
「いや、めっちゃ大きいです、その一言。」
博子も、そこでようやく少しだけ柔らかく笑った。
今日の講義も。このアルマンドも。六本木銀座との違いも。
全部が一つにつながった瞬間やった。
卓は、シャンパンの泡よりも、もう少し深いところで、ちゃんと盛り上がっていた。




