酒屋タキモトから五条の隠れ家イタリアンの解説。夜より昼ランチ、ランチが1度で4度おいしい設計。金持ちが金で殴らず優雅に食事する空間。オモロイっていう感覚
博子は、さっきの酒屋タキモトの話からひと呼吸だけ置いて、今度は指を二本立てた。
「で、次です。」
男三人も、女二人も、自然とそっちを見る。
さっきまで笑いも混じっていたけれど、このあたりからは、もう完全に“聞く空気”になっていた。
「次に、ランチで五条の隠れ家イタリアンに行くっていうところ。」
メイン社長が、すぐに頷く。
「はいはい。あそこな。」
「これも、普通じゃないっていうのを刺してはいるんですけど。東京でも使える手やと
思ってるんです。」
「東京でも?」
「はい。たとえば、東京でお昼ご飯を求めるキャバ嬢がいたら、多少は受けると思うんです。」
その一言に、他の二人の社長も少しだけ顔を上げる。
博子は、その反応を見ながら続けた。
「っていうのは、夜のディナータイムって、おそらく最低一人一万から二万、握る寿司で、
高いところやと五万とかするじゃないですか。でも私、“四千円ぐらいのランチでいいですから、
そこ行ってもらって、あと店前同伴にしましょう”っていう形にするだけでも、
印象って変わると思うんです。」
「なるほど。」
「だって、お客さんにとって夜に比べてお金かからないオーダーですから。」
その言い方に、社長たちが少し笑う。でも、その中身はみんなすぐに理解した。
単純に“安くあげる”のではない。“高い夜”を避けて、“ちょっといい昼”にずらすことで、
相手の期待値を裏切る。しかも、その裏切り方が気持ちいい。
そこがポイントや。
「確かに、それはそうかもしれんな。」
社長の一人が、ぽつりと言う。
博子は、そこでうなずいた。
「いや、地方ならそういう子は全然いいと思うんです。ただ。」
ここで少しだけ声を落とす。
「その引き出しの出し方とか、それで本当に戻ってくるかとか、その辺のところの座組まで
読めないと、その手は打てないんです。ただでご飯食べただけで終わる可能性もあるんで。」
さきちゃんとアルカちゃんが、そこにはかなり強く頷いていた。それは現場感のある話や。
“安いから受ける”ではなく、“信頼関係があるから、その安さが気持ちよく効く”。
逆にそこがないと、ただのタダ飯になる。
女二人は、そのリスクがよくわかる。
「信頼関係が置けない時には、結構リスキーです。」
「うん……。」
他の二人の社長も、そこは黙って聞いている。
単なる“お得なテクニック”の話やないと、だんだんわかってくる。
「で、そういうのと、もう一つ言うなら。」
博子は、また指を一本足した。
「“価格をずらす”っていうのが一つ。私の場合は、それに加えて、“京都のこんなところで、
こんな店があって、しかもこの価格で”っていう驚きも入れてます。」
「夜から昼に変えただけやなくて、お得感と、この立地でって驚きも入れたってことか。」
メイン社長が言うと、博子はすぐに頷く。
「そうです。さらに昼の内容が、お値段以上にリーズナブルだって感じさせる設計を、
店側もちゃんとしてるっていうのを、私は知ってた。だから、ここの店を最強プランに
入れてるんです。」
男三人は、そこで少し黙る。
“店のうまさ”や“雰囲気の良さ”だけじゃなくて、店側の価格設計まで見てる。そこまで言われると、
笑うより先に感心が来る。
「で、あの店。」
博子は、そこでちょっとだけ楽しそうに言った。
「パスタが二種類、ハーフハーフのリザーブができるんです。これだけでも、二度おいしい。」
「うん。」
「メインの肉、魚、これもハーフハーフのリザーブができる。だから、パスタ二回、肉魚二回。
つまり、二×二の四パターンを楽しめるわけですよね。」
そこで、男三人が一斉に顔を見合わせる。
その視線の動きだけで、ちゃんと伝わっているのがわかる。
「言うたら、まあ一回行っただけで、四度おいしいんです。」
「四度おいしい。」
「はい。この“お得感”がある。」
博子は、そこでさらに畳みかける。
「しかも、今は八千円ぐらいのコースがあるけど、昔コロナ渦では、もっと簡易なメニューで
三千円で回してたんですよ。その記録も私の調べである。空間も良い。で、一緒に飲んでる
周りの人たちがワイン開けて、“お金持ってる人もこうやって楽しむんや”っていう景色がある。
でも、値段だけで殴ってない。」
そこまで来ると、男三人は、もう口を挟まない。
紙も見てない。ただ博子の言葉だけを追っている。
「東京の人って、“お金かけていいところに行く”のが良いと思ってる節があるじゃないですか。」
「……ある。」
「でも、京都大阪は、そう思ってないんです。」
博子は、その言葉を少しはっきり言った。
「安くていいものを探すことに、価値を置いてる。で、“おもろい”を、めっちゃ大事にしてる。」
「おもろい。」
「はい。ファニーじゃなくて、インタレスティングの方です。“なんやこれ、おもろいな”っていう。
それを人生の中の大事な価値として持ってるんです。」
その一言で、アルカちゃんとさきちゃんは、ほとんど無意識みたいに頷いた。
男三人は、黙っていた。
たぶん、その言葉がかなり深いところに刺さったからや。
安い、高い、うまい、まずい、だけやなくて、
“その選び方そのものが面白いかどうか”。
大阪京都の遊び方の核心を、博子はそこに置いた。
「だから、ここのところを出せたら、引っかかるんじゃないかと思って、いろいろ考えてるんです。」
そこまで言って、博子はようやく言葉を止めた。
卓の上に、一瞬静かな間が落ちる。
男三人は、誰もすぐには口を開かなかった。
メイン社長は満足そうに黙っているし、他の二人も、もう“何それ”と笑う感じではない。
ちゃんと理解しようとして黙っている顔やった。
一方で、女性陣二人は、納得していた。
言葉になったことで、これまで感覚で見ていた博子のやり方が、一気に整理されたからや。
さきちゃんは、小さく息を吐いた。
アルカちゃんも、ちょっと目を細めて笑っている。
博子は、その空気を見て、次の話へ進む前に一回だけグラスを持ち上げた。
ここまでで、もう十分すぎるぐらい、場の解像度は上がっていた。




