7月3週目土曜日。東京メイン社長、京都に降り立ち博子と合流する。博子の同伴の日本酒そろっている居酒屋へ
京都駅の夕方。人の流れが絶えず、観光客も仕事帰りも入り混じる中で、
博子は少しだけ早めに着いていた。
ホームから上がってくる人の流れを見ながら、今日はちゃんと来てくれるかなと、
別に心配しているわけでもないのに、なんとなくそわそわしてしまう。
でも、そんなことを考える間もなく、東京メイン社長はすぐに見つかった。大きめの荷物を引きながら、少しだけきょろきょろしていて、目が合った瞬間に、ああ来たなという顔になる。
「博子ちゃん。」
「社長、また来てくれて嬉しいです。」
ヒロコは、自然と少し笑顔が深くなる。
本当にそう思っていた。
しかも今回は一人じゃない。二人連れてきてくれてる。あの二人がまだ完全には
ハマり切ってないのも、博子は重々わかっている。わかっているけど、それでも連れてきてくれるのは
ありがたい。
「しかも二人連れてきてくれて、マジで助かります。」
社長が少し笑う。
「いやいや。」
博子は、そこで少しだけ声のトーンを落として続けた。
「さきちゃんとアルカちゃんには申し訳ないけど、まだ二人がそんなに刺さってないっていうのは、
私も重々わかってますんで。まずは社長が楽しくいてくれるのが、私にとっては第一なんで。」
その言い方に、東京メイン社長はちょっとだけ安心したような顔をした。
そこを正面から言えるのが、博子の強さでもある。変に「みんな大丈夫です」みたいに
雑にまとめず、差があることを前提で扱ってくれる。その丁寧さが、社長にはやっぱり心地いい。
「ほな、早速行きましょうか。」
「はい。」
「タクシーで清水五条まで。」「清水寺見ないで、清水五条まで行くのもな、って思うんですけど。」
博子は、改札を抜けながら少しだけいたずらっぽく言う。
「そこに、めちゃめちゃいい、コスパ最高の日本酒たくさん揃えてくれてる店あるんで。」
社長は、それを聞いた瞬間に、もうわくわくした顔になる。
「いや、もう楽しみが止まらんのやけど。」
「でも今日メインは、あれですよ。」
博子は、タクシーに乗り込みながら釘を刺す。
「お店での解説までがメインなんで、ハマりすぎないようにしましょう。」
「ハマりすぎるなって何やねん。」
「ここ、本当に日本酒ウルトラ安いんで。」
「またそんなこと言う。」
「なんなら、ここハマったら全員で改めて来るとか、全然ありなんで。そこまで自信持てます。」
社長は、シートに深く座りながら笑った。
「めちゃめちゃハードル上げてくるやん。」
「酒めっちゃ揃ってますし、酒のアテのご飯もちょっと量多いし、しかも安い。
五千円ぐらいで、たらふく食えて、たらふく飲めるところなんで。」
「逆に怖いわ。」
「でも、さっきも言ったけど、メインのことがあるんで、ちょっと抑えめでお願いしますね。」
「その“抑えめ”が一番怖いんやって。」
二人とも笑う。
タクシーは京都駅を離れて、夕方の道をすべるように進んでいく。
観光地の近くへ向かうはずやのに、変に観光っぽくない。
でも、それがまた博子らしい。見せたいところを見せるんじゃなくて、今の相手に合う流れを選ぶ。
その感じが、社長にはもう面白かった。
「東京でちゃんとご飯食べてます?」
博子が何気なく聞く。
社長は、窓の外を見ながら肩をすくめた。
「いやいや、飲みには行くけども、やっぱ高かったり、量多かったら美味しくないとか、
なかなか難しいねん、こっちも。」
「わかります。」
「しかもさ、俺らだけで行くと、どうしても食べログで探すとか、それか帰りの電車面倒くさいから
近くで食べるとかになっちゃって。」
「うんうん。」
「なんか、そこまで店に対しての熱量が足らんわ。」
博子は、その言葉にすぐうなずく。
「いやいや、言うてくれたら私ちょっと調べて何かやるとかしますよ。」
社長がそこで笑う。
「またそうやってさらっと言う。」
「だって、そういうの好きなんで。」
「食べログで探すのと何が違うん?」
ヒロコは、少しだけ首を傾げる。
「食べログやと、数値に支配されるじゃないですか。」
「数値に支配。」
「うん。もちろん目安にはなるけど、それで高得点のとこだけ追いかけても、
面白くないんですよね。自分で探す楽しさっていうのが大事やし。」
タクシーは信号で少し止まる。窓の外に、夕方の京都の色が流れている。
博子はその景色を横目で見ながら、少しだけ声を弾ませた。
「しかも、この辺っていうか、京都は、点数低いのにうまい店とか、点数出ないのにうまい店、
結構あるんです。」
「へえ。」
「探しがい、めっちゃありますよ。だからそこも含めて、宝探しする楽しさは京都あります。」
社長は、その言い方がいかにも博子らしくて、また少し笑った。
ただ店を紹介するんじゃない。“宝探し”って言われると、急に自分もその遊びに参加してる感じになる。
その言葉の選び方が、やっぱりうまいなと、社長は思う。
「博子ちゃん、ほんまにそういうの好きなんやな。」
「好きです。」
「しかも、それを人にやるのが好きなんやろ。」
「そうですね。」
博子は、あっさりそう答えた。
「一人で見つけて満足するより、誰かに“これよかったでしょ”って言うて、“ほんまやな”って
なる方が好きです。」
タクシーはそのまま、清水五条の方へ滑り込んでいく。
観光客のざわつきが少し濃くなって、でもまだ夜になる前の柔らかい時間や。
やがて、ビルの前で車がゆっくり止まる。
「はい、着きました。」
博子がそう言ってドアが開くのを待つ。
東京メイン社長は、車を降りながら、改めて思う。
やっぱり、この子はただ「いい店知ってます」で終わらへん。
そこに行くまでの期待も、行った後の余韻も、全部込みで設計してくる。
それがたぶん、自分がこんなに何度も来てしまう理由なんやろうなと。
博子は、先に少し歩いて、振り返って笑った。
「ほな、今日は軽くでいきましょうね。」
「その“軽く”が信用できへんねん。」
「でも、ほんまに今日は軽くです。」
そう言いながら、二人は清水五条のその店へ入っていく。
夕方の京都の空気の中で、今日もまた、博子が用意した“最大火力の入り口”が静かに始まっていた。




