第八話 別れが気に入らないお嬢様
不安な気持ちを吐き出す事ができ、少し落ち着いた貴族令嬢フィリー。
そうなるとやってくる別れの時も辛くなるもので……。
どうぞお楽しみください。
「……じゃあ、またね」
馬車の窓から、フィリーは別邸の使用人達に声をかけます。
妹が無事生まれ、母親の体調も問題なく回復しつつあるとの事で、本宅に帰る事になったのでした。
「お嬢様、どうかお気をつけて」
「……ヴァレッタ。……いつも、可愛い髪型にしてくれて、ありがと……」
「……! ありがとうございます……!」
フィリーの言葉に涙ぐむヴァレッタ。
「本宅に戻られても、アカブシュの実は是非召し上がってくださいね」
「うん。……タステのお陰で苦手な食べ物が減ったわ。……ありがと」
「! 次にお越しになるまでに、料理の腕を磨いておきます!」
「楽しみにしてるわ」
両手を握りしめて気合いを込めるタステ。
そして、
「で、クラウ」
「はいお嬢様」
フィリーの目は狐目の若い執事に向けられました。
「クラウには色々意地悪されたり、バカにされたりしたから、あんまり言いたくないけど……」
「言いたくない事は無理に言わなくてもいいんじゃないですかー?」
「もう! クラウのそういうとこ嫌い! ……でも、そのお陰で、ヴァレッタやタステにちゃんと謝れたし、お父様から嬉しい手紙もらえたから……。ありがと」
「……」
絞り出すようなフィリーの感謝の言葉。
するとクラウは背中に回してあった傘をおもむろに差しました。
「え? 何で傘?」
「いやー、お嬢様がそんな素直な事を言うなんてー、雨でも降るんじゃないかとー」
「もう! クラウのバカ!」
精一杯のお礼を茶化されて、怒るフィリー。
クラウはその顔をにやにやと眺めた後、恭しく頭を下げます。
「来年の夏は、妹君様と一緒にお越しくださるのを楽しみにしております」
「……そうね。クラウが意地悪じゃなくなってたら、来てあげてもいいかも」
「何と! では十年ほどはお見えにならないという事ですねー。残念ですー」
「意地悪をやめろって言ってるの!」
「お嬢様が我儘でなくなったら、考えて差し上げましょう」
「何でそんなに偉そうなのよ! むー! いつかぎゃふんと言わせてやるんだからー!」
「はいはいぎゃふんぎゃふん」
「きー!」
そうこうしているうちに、迎えに来た本邸の使用人によって荷物の運び込みが完了しました。
「フィリーお嬢様、そろそろ……」
「……うん」
母親が臨月を迎えてから二ヶ月。
不安と寂しさと、行き場のない怒り。
それを受け止めてくれた別邸の使用人達。
別れを実感したフィリーの心の中に、言いようのない喪失感が生まれました。
「あれあれー? お嬢様、帰りたくないんですかー?」
「!」
その心を読んだかのように、クラウがフィリーの顔を覗き込みます。
「『意地悪は嫌だー』とか言っておいて、実はそういうのがお好きだったりしてー」
「ち、違うわよ! バカな事言わないで!」
「だってこの別邸にはまた来れますし、久しぶりに旦那様と奥様と、生まれたばかりの妹君に会えるって時に、そんな顔する理由がありませんからー」
「!」
その言葉で、フィリーの顔に元気が戻り、続けて不敵な笑みが浮かびました。
「……そうね! クラウの意地悪な顔なんかより、お父様とお母様と、可愛い妹の顔を見れる方が嬉しいもんねー!」
「ですよねー。僕も別邸が静かになって嬉しいなー」
「むー!」
意趣返しができたと思ったら全く動じないクラウに腹を立て、フィリーは更に言い募ります。
「見てなさい! 次に会うまでにいっぱい勉強して、お化粧とかお洒落とか覚えて、『帰らないでくださいお嬢様ー!』って言わせてやるんだから!」
「あははは。それは無」
「お嬢様ならきっとできますわ!」
「そうです! お嬢様が大きくなられたら、クラウなどイチコロです! はい!」
「よーし! クラウ! 首を洗って待ってなさい!」
クラウの口をふさいだヴァレッタとタステの機転で元気と笑顔を取り戻したフィリーを乗せて、馬車が動き出しました。
「またねー! ヴァレッタもタステも元気でねー! クラウはそんなに元気じゃなくていいからー!」
「お嬢様もお変わりなくー!」
「お待ちしてますよー!」
「意地でも元気でいますからねー」
晴れ渡る空の下。
元気な別れの挨拶は、お互いが見えなくなるまで続くのでした。
読了ありがとうございます。
ここで終わりでもよかったのですが、私を蝕む呪いが叫ぶのです……。
『……足りぬ……。甘々が足りぬ……。捧げよ! 甘々を捧げよー!』
というわけでラスト一話加えて完結となります。
蛇足かもしれませんが、お楽しみいただければ幸いです。