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師匠は弟子のことが心配で心配でどうにもならない

 イシルビュートはロレンヌ王国の王城に転移魔術の陣を刻み込んであるのでいつでも行き来が可能だ。呼び出されればすぐに行くし、こちらから行く必要があると判断すればすぐさま向かう。王城という国の中枢に直接飛べるのは信頼の証であり、それに足るだけの功績をイシルビュートが積んで来た証でもあった。

 本日はその場所にハイドラを伴って転移する。さすがに場所はいきなり王族の居住区とか、謁見の間とかそういう重大な場所ではない。城の外壁沿いにある庭園の一角に転移した彼は、ハイドラとともに入城して王の執務室へと赴く。

 イシルビュートが誰かと城に来たことはないために衛兵はハイドラの存在にギョッとし、ハイドラの周囲から放たれる禍々しいオーラに警戒心を強めた。


「そちらのお方は……?」


「俺の連れだ、凶悪なオーラを持っていることは認めるが実害がないことを保証する」


「は、はぁ……」


 衛兵はイシルビュートとハイドラを交互に見つめ、しばし逡巡し、複数人で相談した後に入城を許可した。

 そのまま城の中を歩く。行き交う人から好奇心の目で見つめられ、近づくにつれて畏怖の眼差しを向けられてもハイドラは全く意に介した様子はなかった。さすがは千年生きる

竜の王、人間の眼差しなど取るに足らないというわけだ。


 この日、イシルビュートはいちいち衛兵に呼び止められるという煩わしさを感じつつも何とか王の執務室へとたどり着き、再びその前で一悶着を起こしやっとの事で入室した。

 そこで待っていたのは国の王、『賢王』ルードヴィヒ七世と第一王子のユリウス、そして第二王子のヘンリーだった。

 

「荒野の魔術師殿、いつも呼び立ててすまない」


 ルードヴィヒは執務室の椅子に座ったまま視線を入室して来たイシルビュートへと向け、着席するよう手で促す。それを受けてイシルビュートは手近なソファへ腰を下ろした。


「いや、問題ありません。本日はどんな用件でしょう」


「ああ、沼地の魔物の発生状況と、知らせが一つあってな。だが、その前に……」


 ちらりとその深い青の瞳がハイドラへと注がれた。


「その方に只者ではない連れがいるとの連絡は衛兵から受けていたが、お連れ殿は完全に人外だろう」


「よくぞ見破ったな。観察眼は確かと見た」


「やめろ、余計なことを話すな。こいつは沼地を守護し、瘴気を吸っていた毒竜ハイドラです」


「ああ。……ヘンリーから話は聞いていた。聞いたところでは、魔物の統制を取っていたとか」


「そうだ、感謝するがいい。余がいなければこの国も隣の国も、とうに魔物に飲み込まれていたわ」


「もう口を開くな、大人しくしててくれ!」


 一国の王相手に平等どころか上から目線で話し出すハイドラにイシルビュートは肝を冷やした。ハイドラにとっては相手が王だろうが平民だろうが何も違わず、ただの人間の一人として扱われる。ルードヴィヒは心得ているとばかりに鷹揚に笑い、そして目線でハイドラへの敬意を示した。


「一度は愚かな人の手によりその住処を奪われ、命を狙われたというのにこうして助力して頂くことを感謝しております」


「ほう、戦いの発端を知っているとは……なかなかどうして研鑽を積んでいるようだな」


「あまり文献が多くは残っておりませんが。理由くらいは明記されておりました。テオドライトの方ではその限りでもなさそうですが……荒野の魔術師殿?」


「あちらでは専らハイドラがいかに世界を破滅に導いたかと、魔術師ビュートがハイドラを封印したという事だけが強調されています」


「物事は一つの側面から見ただけでは全貌がわからぬものだ」


 ルードヴィヒは白い口ひげを揺らして息をつく。騎士の国の王として長らく国を治めているルードヴィヒは卓越した政治的手腕を持ち、決して驕らず、真摯に国と向き合っていた。

 それで、と言うと話を切り替える。

 

「魔物の発生状況はいかほどかね」


「今はまだ中級レベルが縄張りを争っている程度で済んでいます。この先もっと強い魔物がやってくれば、状況は変わるかと」


「あまりにも酷くなるようであれば、こちらからも騎士を派遣するが」


「必要になれば要請いたします」


「いつも申し訳がないな、そなた一人に魔物討伐を背負わせてしまうのはいささか気がひける」


 白髪が勝った眉尻を下げてルードヴィヒはそう謝罪を述べた。彼の地は先の大戦で不可侵地帯と決められており、勝手に侵入するのは条約違反とみなされる。別に監視の目があるわけではないが、余計な火種を作らないほうがいい、というのは皆の知るところだ。

 とはいえイシルビュートとしてはそういった事情を抜きにして、今の状況なら援助は必要ないと思っていた。むしろ人が多くなると先ほどのような大規模な魔術を使いづらくなるので、一人の方がいいとさえ思っている。


「空の監視は常時つけている。強力な魔物が飛来してくればすぐさま知らせよう」


「ありがとうございます。ところでテオドライトの動きについてなのですが、何か連絡はありましたか?」


「ああ、その件に関してはユリウスから」


 ルードヴィヒの目線の先にはあいも変わらず偉丈夫なユリウスがいた。四十一歳という年齢にふさわしい落ち着きと威厳を兼ね備えた彼は、すぐにでも即位できそうなほど貫禄を備えている。


「先に潜入させていた暗部の者から連絡があった。無事、クレア殿と接触したと」


 それを聞いたイシルビュートは安堵の息をつく。隣にいたハイドラは訝しげな顔を向けた。


「他にも潜入させている者がいたのか」


「クレアだけだと心配だったから、ロレンヌの諜報部員を王城に派遣してもらった」


 イシルビュートはクレアの性格を熟知している。

 クレアは魔術に関して天才的な才能があり、探知や索敵魔術にも長けている自慢の弟子だが、情報収集という部分に関しては不安があった。加えてあの性格なので果たして大人しくメイドに従事するかどうか。

 ドジっ子設定にも不安が残る。クレアはおっちょこちょいではあるけれどドジではない。そんな役割を果たして全うできるのか、魔術書を見つけ出す前に正体がバレて投獄されるのでは……考え出すと心配で仕方がなくなったイシルビュートはロレンヌ側に相談を持ちかけ、そして一人助っ人を派遣してもらうことと相成った。


「同期として二人で仕事をしているそうだ。その者は長いことテオドライトに潜伏させていたのだが、どうもクレア殿は見たことのない魔術を使って城中をピカピカにしているらしい。一応、他の者には見られないよう気を使っているらしいが……あまりに有能なので一目置かれ始めていると」


「あいつ……!」


「ははは、さすが貴様が育てただけのことはある」


 実際にはその同期のミスをカバーするという善意で行った結果なのだが、そんなことを知らないイシルビュートは額に青筋を浮かべた。いや、潜伏するという意味ではクレアの行動は悪手だろう。二人でドジしまくってレイア付きになるのが正解ルートだ。


「どうだろうか、魔術師殿。もう間者であるとクレア殿に正体を明かしてもいいのでは?」


「いや、それは無事王女の専属になるまでは待っていてください。どこから情報が漏れるかわからないので」


「ふむ、そう言うのであれば今しばらくは伏せておくようにしよう」


 イシルビュートは思った。なるはやで専属にならねえかなあと。まだ第一段階にも届いていないのに心臓がもたない。沼地で魔物と戦っている方が余程気を揉まなくて済む。


「ヘンリーもレイア王女殿下のことを気にしているのだよ。なぁ」


「へっ、あ、ああ。うん」


 ユリウスが話を振ると、それまで聞いている一方だったヘンリーはびくりとしてから頷いた。


「魔術師殿の家にて、王女殿下と出会ったのだろう? そこからこいつも何か刺激を受けたのか、最近はまた剣を振るうようになったんだ。目にも生気が戻ってな。我々としては嬉しい限りだ」


 目を細めて向かいに座るヘンリーを見つめるユリウスの眼差しは、優しい。ヘンリーは一人才能が劣っていることから卑屈になっているが、ユリウスの方がヘンリーを疎ましく思ったことなど一度もない。事実、イシルビュートが城にきた時には何くれなしにヘンリーの話題を振ってくるし、相談に乗ってくれと頼まれる。

 レイアとの出会いで何か心が変わったのならば、いい傾向だ。


「いずれにせよ、目下の重要事項は沼地の瘴気だな……テオドライトの戦争好きにも困ったものだ」


「停戦条約を反故されるのが先か、沼地を浄化してあちらの黒幕を引きずり出すのが先か。時間との勝負となる」


 ルードヴィヒとユリウスの言葉にイシルビュートは頷いた。ソファに座り、肘をついたハイドラが心底不思議そうに問いかけてくる。


「この間から思っていたのだが、黒幕がいるのなら引きずり出して始末してしまえばよかろう。貴様の力をもってして勝てぬ者などそうはおるまい」


「そんな単純な話じゃないんだ。人間には身分や派閥、考え方が色々あって、意見がぶつかったから始末しましたじゃあ何も解決しない」


「面倒なものだな」


「俺もそう思う」


 力で解決する分、ハイドラの方が余程やりやすい。確かイシルビュートの師匠もかつて同じようなことを言っていた。その時にはわからなかったが同じ立場に立ってみるとなるほどと思う。


「沼地の瘴気に魔術書の入手……出来る事は我々も喜んで手を貸す。どんな些細なことでも構わない、遠慮なく申してくれ」


「ありがたく存じます」


 ルードヴィヒの申し入れにイシルビュートは頭を下げて謝辞を示す。

 両者の関係は、非常に対等に近い。イシルビュートはあくまでも外部の人間であり臣下ではない。だからこうべを垂れる事はあっても跪く事はないし、謁見の間でやり取りをするのではなく執務室に呼ばれて同じ目線で話をする。

 イシルビュートとクレアがこの国でしてきたことを考えれば当然の待遇で、そのあたりをしっかり理解しているルードヴィヒはイシルビュートを顎で使ったり都合のいいように命令したりはしない。テオドライトとは根本の扱いが異なっているので、イシルビュートとしては動きやすいことこの上なかった。


 さて、土台は整っている。あとは無事にクレア達が魔術書を持って帰るのを待つばかりだ。


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